第32話 不穏な違和感

「では参りましょうか」

「ああ」


 俺とレオとアーサーくんの三人は洋館の探索を開始することにした。

 もちろん手分けして捜索したりはしない。

 単独行動は死亡フラグだからな。


「まずは一階を探索しよう」

「ええ」「はい」


 玄関ホールには正面に上階へと続く階段、そして右手と左手とに二つの扉がある。

 さて右と左、どっちの扉を選ぼうか。


「右に行こう」


 右手の法則だ。

 実を言うと右手の法則というのが何なのか曖昧なんだけど、とにかく右に行くといいらしい。


 ドアノブに手をかけ、扉を開く。

 その先には廊下が続いていた。

 細い通路を進んでいくと、アーサーくんの光魔法に照らされて三人の影が奇妙に浮かび上がる。

 やがて廊下の先、真っ直ぐ行った先と右手に扉が現れた。


「またもや分かれ道ですね」

「こういう時は横の部屋の方が狭いと決まっているから。こっち見てみよう」


 と、右にある扉を開いた。


「うわ」


 途端にバタンと扉を閉めることになった。


「な、なにかあったんですか?」


 アーサーくんが怖々と尋ねる。

 俺が部屋を見るなりそっ閉じすることになったのも無理はない。

 この先にあるのは……


「書斎だ」


 壁が本棚で埋め尽くされた小さな書斎だった。


「?」


 レオとアーサーくんは俺の言葉にぽかんとした顔をする。

 どうやら二人は書斎の怖さを分かっていないようだ。

 書斎といったら何か色々と不気味な本があって犠牲者の遺した日記とかがある場所じゃないか、ホラーゲームでは!


「誰かいる訳じゃないのでしょう、とにかく入ってみましょう」


 レオがさっさと扉を開けて書斎の中に入っていってしまった。

 アーサーくんも後に続く。


「あ、ああ……」


 仕方がないので俺も恐る恐るついていった。


 後ろ手に扉を閉じると、籠った空気の埃っぽさと古い紙の匂いが鼻をついた。

 狭い部屋の壁を覆い尽くすような本棚にはギッチリと本が詰まっていた。

 中には本棚に入りきらなくて雑然と床に積まれた本もある。

 本のタイトルは読めるものもあれば読めないものもある。どうやら魔法に関する専門書ばかりのようだが、俺は魔法使いではないので詳しいことは分からない。

 ここの屋敷の主人は魔術師なんだろうか。


「普通の書斎みたいですけど……?」

「書物の扱いがなっていませんね」


 レオが床に積まれた本の一つを手に取って埃を払う。

 『祭祀書の解釈とその解読』という題名が露わになった。


「とにかく、軽くここを調べてみよう。ラルフたちの手がかりがあるかもしれない」


 俺は二人に声をかけた。

 ホラーっぽい屋敷に怯えてばかりもいられない。

 俺たちはラルフとテレンスのことを探しに来たのだから。


「随分と古い本もありますね」


 アーサーくんは本棚に差し込まれた本の背表紙たちを眺めて呟く。

 その内の一つを手に取ろうとしたが、本はキッチリ詰まっていてなかなか取れないようだ。

 ぐっと力を入れたら本がミシリと音を立てて千切れそうな雰囲気を醸し出したので、慌てて手を引っ込めている。


「ここには何が入っているのかな」


 書斎の中央に鎮座している文机がある。

 その引き出しに何が入っているのか知りたくて俺は手をかけたが、引き出しはガタガタと音を立てて開いてくれない。


「どうやら鍵が掛かっているようですね」


 レオがその様子を見て声をかける。


「貴方様が望むのであれば」


 と言ってレオはスッと何処からともなく針金を取り出し、引き出しの鍵穴に差し込んでガチャガチャとさせ始めた。

 まさか開けれるのか!?


「レオは何でも出来るんだな」

「これくらい貴方様に仕える者としては嗜みです」

「それって泥棒なんじゃ……」


 アーサーくんが止めるべきかオロオロとしている。

 そういえばすっかりゲーム脳になってナチュラルに引き出し開けようとしたけど、ここの住人が失踪していると決まった訳じゃないんだった。


「これは任務達成の為に必要な事です。もし後からここの住人から苦情があれば弁償すればよいことです」

「そうかなぁ……」


 レオが自信満々に答えるのでアーサーくんはそうなのかもと思い始めている。

 後押ししなければ!


「そうだ、これは必要なことだ」

「そうですよね、分かりました」


 キリッとした表情で言ったらアーサーくんは納得してくれた。

 よし、危ない危ない。


「開きました」


 レオの華麗な技術によって引き出しは音もなく開いた。

 そしてそこに見えたものに俺は一瞬仰け反った。

 それが血の染みのように見えたからだ。


「手記のようですね」


 レオがそれを手に取った。

 それは薄汚れた小さな手帳だった。

 手垢が付き何度も捲られて折れた跡の付いた革表紙が、血痕の薄暗いそれに一瞬見えてしまったのだ。

 レオが躊躇いなくその表紙を開く。


「あ」


 それを読んではいけない、と思った。


「……どうやら暗号か何かで書かれているようですね」


 だが手帳を開いたレオに何か異変が起こることはなかった。

 ただ不快そうに顔を顰めただけだった。


「本当だ。読めないですね」


 アーサーくんも背伸びして手帳を覗き込むが、彼にも読めない文字で書かれているようだった。


「エル様、どうぞ」


 手帳を閉じるとレオはそれを恭しく俺に手渡した。

 俺はそれをつい受け取ってしまった。


「今解読しようとしても時間がかかりすぎる。これは持ち出して後で解読しよう」


 なんだか読む気が起きなくて、俺はその手記を懐に仕舞いながら言った。


「そうですね、今はこの屋敷の調査を優先すべきです。流石は冷静な判断です」

「じゃあ別の部屋も見てみましょう」


 レオとアーサーくんが頷く。

 反対されなくて良かった。


「さっきの廊下に戻ってもう一つの扉に行ってみよう」


 俺たちはさっきの扉に戻ると、もう一つあったドアを開けてみた。

 ドアの向こうは広い部屋になっていて、ビリヤード台や丸テーブルなどがあった。


「これは遊戯室のようですね。住人はここでトランプなどをしていたのでしょう」

「けど……」


 アーサーくんが眉を顰めて室内を見回した。

 無理もない。室内は何かが暴れ回ったかのように滅茶苦茶になっていたからだ。


「ここで一体何があったんだ?」


 ここで戦闘があったのか? もしかしてラルフとテレンスが?

 バクバクと不安に心臓が打つ。


「相当な衝撃があったようですね」


 レオが壁を撫でながら呟く。

 そこには凹みがあった。

 まるで何かがそこに物凄い勢いでぶつかったようだ。


「ここで何かがあったとして、どうしてここに来るまでの廊下などで荒れた様子が見られなかったんでしょう? まるでこの部屋だけ嵐に襲われたみたいだ」


 アーサーくんがぽつりと呟く。

 その言葉に、屋敷の外観を思い出してぞっとした。

 不思議なくらいに綺麗に整った洋館。何らかの力が働いているのだろうか。


 それから少しその部屋を調べてみたが、それ以上のことは分からなかった。


 部屋を出て玄関ホールへと戻る。

 ホールを横切り、今度は左の扉の先へと向かった。

 さっきと同じように扉の向こうには廊下が続いていた。

 ……だがその先にはリビングやキッチンなどがあるだけで、目ぼしい物は見つからなかった。


「では次は上階を探索しましょうか」

「ああ……」


 レオの言葉に返事をしながらも、俺は何となく違和感を覚えていた。なんだかこのフロアは何かがおかしい気がする。だが具体的に何がおかしいのかは分からない。

 結局この違和感を口に出すことは出来ず、レオとアーサーくんの後に続いて上階へと向かう階段へと向かったのだった。

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