第31話 それはバイオな感じの洋館だった
「ったく、ダルい依頼だぜ」
「なんでですか先輩、廃墟探索なんてワクワクするじゃないっすか!」
ラルフとテレンスが会話をしている。
「廃墟じゃねえよ。人が住んでる筈なのに住んでる気配がないって話があっただけだ。ちゃんと依頼内容確認してきたのか?」
「あ、そうでした。つまり住人の突然の失踪ということですか?」
二人はどこか立派な屋敷の中を歩いている。
「ああ。おおかたどっか別荘にでも行ってるだけだと思うがな。軽く訪問だけするつもりだったのに、玄関の鍵が開いてるから……」
「中に入れるなら中も調べなきゃ怠慢ですもんね!」
俺は不思議なことにその二人を上から見下ろしている。
視点が高すぎる。これではまるで天井に張り付いているようだ。
「ん……?」
ラルフが視線に気づいたかのように振り返る。
「危ないッ!」
次の瞬間、"それ"が二人に襲い掛かった。
*
「……様、エルフリート様」
揺り動かされ、意識が覚醒した。
「あ、あれ……?」
顔を上げると俺がいるのは執務室だった。
「俺、ギルドで寝ちゃってたのか?」
「近頃特にお加減が良くないようですが……」
レオが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「う、ごめん……」
まさか仕事場で寝てしまうとは。
最近眠気が酷くてしょうがなかったのだが、ついに書類仕事の最中に寝落ちてしまったらしい。
「今日のところはもうお休みになった方がよろしいのではないでしょうか。顔色も優れないようです」
レオがそう言ってくれたが、そういう訳にもいかない。
「まだ仕事が山積みだし……それにラルフとテレンスくんのことが心配だ。二人は戻ってきたか?」
「いえ、まだです」
「そうか……」
ラルフとテレンスのコンビは依頼を任せればいつも早過ぎるくらいの速度でこなしてきてくれた。
それが今回ばかりは時間がかかっているようなのだ。
デバイスも数に限りがあるので彼らには渡さなかった。だから連絡が取れない。
「テレンスくんには無敵の戦闘力があるし、ラルフには冒険者としての経験がある。互いをカバーし合う二人の組み合わせは、たった二人ながらどのチームよりも成績が高い。だからよく分からない依頼が来た時も、とりあえず彼らに任せればいいと思ってしまった。けれど……」
彼らはまだ戻って来ていない。半日もしないで終わる簡単な依頼の筈だった。
「ラルフたちに何かあったら俺のせいだ」
がくりと項垂れた。
そんな心配事があるから居眠りなんてもっての外だというのに。本当に俺は駄目な奴だ。
「貴方様がそこまで気を揉む必要はありませんよ。彼らは冒険者なのですから。力不足で野垂れ死んでいたとしても自業自得です」
「の、野垂れ……!?」
レオの言葉に血の気が引いた。
道半ばで倒れて白骨化しているラルフとテレンスの姿を思わず想像してしまった。
「早く助けに行かないと!」
椅子から慌てて立ち上がると、レオがそれを手で制した。
「お待ち下さい。まずは二人に任せたのがどのような依頼だったのか詳しくお聞かせ願えませんか?」
「ああ、そうだな……」
レオの言葉に少し冷静さを取り戻す。
そして引き出しから書類を取り出して開いた。
「ラルフとテレンスを行かせたのはこの街にある一つの屋敷だ」
「街の中ですか? ダンジョンではなく?」
レオが不思議そうに眉根を寄せて聞き返す。
「ああ。かつては貴族街だったが今はうらびれて人気の少なくなった地区に一つの屋敷がある。その屋敷には人が住んでいるはずだったが少し前から人の気配がなくなり、なのに時折異音がするという。だからその屋敷を調査するよう依頼された」
依頼の概要を語る。
「なるほど。では依頼人は近辺の住人ですか」
「ああ、そうだ」
その通りだと頷いた。
「俺が二人を迎えに行く。きっと何か厄介ごとに巻き込まれてしまったんだ」
「いくら街中とはいえギルドマスターが自ら現場に出向くなど……」
「逆にこういうときぐらいしか俺が行く機会なんてないだろ? たまにはギルマスらしいこともしないとな」
レオはそれでも尚なにかを言い募ろうとしたが、逡巡した末に項垂れて俺の主張を認めた。
「……分かりました。エルフリート様がそう仰るのであれば。ただし、私も同行させていただきます」
「分かった。心強いよ」
レオが付いてきてくれるなんてありがたい。
そう思った時だった。
「話は聞かせてもらいました!」
バン、と扉を開けて入って来たのはアーサーくんだった。
「マスター、僕も行かせて下さい!」
「アーサーくん!?」
いきなりの彼の登場に目を丸くする。
「おや、盗み聞きですか。行儀が悪いですね」
レオがにこやかに微笑んで言った。
咎めるような言葉ではあるが口調は柔らかい。レオはいつも優しいけど、子供には殊更に優しい気がする。
「あ、いや、それは……たまたま書類を届けにきたら聞こえちゃって……」
確かにアーサーくんの手には書類が握られていた。
「そういうことにしておきましょう」
レオが鷹揚に頷いた。
「それでアーサーくん、付いてきてくれるんだって?」
「ええ。たったの二人でなんて危険です。僕も参ります!」
アーサーくんは真剣だ。
「そういうことならアーサーくんも付いてきてくれ。頼もしいよ」
「……! はい、頑張ります!」
アーサーくんは張り切って頷いた。
*
貴族たちの屋敷が集まる貴族街の中でも端っこの、うらびれた地区に向かう。
かつてその土地の貴族が次々と没落していって治安が悪くなり、残った貴族もこぞって他の綺麗な地区に引っ越したことでまともな貴族はいなくなってしまったのだという。
目的の屋敷へと近づくごとに自然と人気が少なくなっていくように思われた。まるで魔法にかけられたように少しずつ人通りが無くなっていく。
「貴族たちが次々と没落していった原因はあるんですか?」
道中アーサーくんが尋ねる。
「さあ。なんでもとある貴族の当主が変死したのをきっかけに転がるように一家が没落し、他の家もドミノ倒しのように巻き込まれていったらしいが」
この依頼を引き受けるにあたってこの地域のことについて軽く調べてみたのだが、詳しいことはあまり分からなかったのだ。
その内に目的の館が見えてきた。
「ここ、か……」
その洋館はうらびれた地区の中でも一層際立っていた。
「存外に立派な屋敷ですね」
まるでその洋館だけが時の劣化から逃れたように綺麗な外観を保っていた。
だが不思議と暖かみは感じない。どちらかというと薄ら寒さのようなものを感じさせた。
「ここにラルフさんとテレンスさんが?」
アーサーくんが俺を見上げる。
「ああ、きっとそうだ」
こくりと頷く。
「ラルフさんはともかく、テレンスさんの強さで障害になるようなものがあるとは思えないのですが……」
レオが疑問を呈した。
「それでも何かあったのかもしれない。とにかく調べてみないと」
「かしこまりました」
洋館の扉に手を触れる。
途端に腰に帯びた黒すけがカタカタ、と揺れた。
「黒すけ……?」
ただそれだけで、呼び掛けてもすんとも反応しなかった。
変に思いながらも、重い扉に半ば体重をかけるようにして押し開く。
扉はギィ……と軋みながら開いた。
「
アーサーくんが灯り用の光魔法を灯す。
するとそこには赤い絨毯の敷かれた玄関ホールが広がっていた。
ゾンビの出そうな洋館だ、と思って思わず唾を飲んだ。
「もし、この館の主人はおられませんか?」
レオの張り上げた声が館に響いた。
シン、として答えは返ってこない。
「やっぱり無人なんですね」
アーサーくんが怖々と周囲を見回した。
最近館に住んでいる人を見かけないという近辺の住人の話は正しいようだ。
「では手分けをして二人を探しましょう」
「て、手分け!?」
レオの言葉に慌てた。
だってこんな怪しい洋館で単独行動なんかしたら犠牲になるのがホラー映画のお約束だ。
フラグというやつだ。
「駄目だ、みんなで探索しよう!」
「え? あ、はい、貴方様がそう仰るならそのように」
「……大丈夫ですよマスター、お化けが出てきても僕が守ってあげるから」
血相を変えたオレの顔を見て、アーサーくんは優しい微笑みを浮かべた。
彼は何か勘違いをしてしまったようだ。違う、お化けが怖いワケじゃないんだ……。
いやちょっと怖い。
ともかく、そんな経緯でオレたち三人の洋館探索が幕を開けたのであった。
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