第30話 やっぱりコミュ障

「貴様にではない! テレンス・レコードに復讐したかったのだ!」


 先ほどまで俺たちの依頼人だったドウェイン・サンシタ―は縛られた状態のままムキ―と暴れた。

 何だって? テレンスに復讐?

 そういえばドウェインはギルドに来た時にテレンスのことを気にしていた気がする。


「今、エル様のことを『貴様』と言ったか?」

「い、いえ、何でもございません……」


 レオに睨まれてドウェインは再び萎れた。


「それよりも、テレンスに復讐したかったってどういうことだ?」


 今大事なのはそちらの方だ。


「テレンスというあの坊主は商売の邪魔をしたんだ! 私が美しいガラスの装飾品をダイヤと称して売ろうとしたところにあの坊主がやってきて、『それ偽物ですよ』なんて一言で風評被害をもたらして去っていった!」


 いや、ガラスをダイヤと偽っていたのであればそれは普通に詐欺なのでは……?

 とりあえず突っ込まずに話の続きを促す。


「だからあの坊主に復讐したかった! なのに、あの坊主と来たら刺客を差し向けようが毒を盛ろうが何をしようが一向に効かないんだ!」


 まあテレンスは森深樹の村から来た無自覚俺TUEEEチートくんだからな。生半可な攻撃は通じないだろう。

 

「あの坊主は一見無防備なように見えて常に全方向に身を守るシールドのようなものを張っていて、その上自分に向けられた敵意を察知する能力みたいなものを持っているようなんだ」


 ドウェインはくどくどくどくどとテレンスが如何に鉄壁でチートな能力を保有しているのかについて説明し始めた。


「それらの守りを突破するには、坊主の知り合いを操って殺させるしかないと思った。だから私は禁断の黒魔術に手を染め、やっとの思いで精神操作魔術を習得したんだ!」


 うーん、その努力を他の方向に向けたらいいのに。

 まあ復讐心を抱いたことのある人間にしか復讐心は理解できないものなのかもしれない。前世の同僚がそう言ってた。


「そしてあのテレンスと一緒に貴様、あ、いや貴公が食事をしているのを目にし、貴公を操ればテレンスを殺めることができると思ったのだ……」


 それで宿ごと魔術をかけ、挙句の果てには自ら依頼人としてギルドに乗り込んで来たと。


「テレンスを直接害することができないから、俺を標的にして間接的に殺そうとしたということか」


 ドウェインの自供内容を一言で纏める。


「で、でも、今はまったくその気がありませんので! 貴公やテレンスにはもう二度と近づきません! 魔術もかけません! どうかご慈悲を!」


 自分の置かれた状況を思い出したのか、ドウェインは泣いて詫び出した。

 手が縛られていなければ、顔を覆ってしくしくと泣く真似をしただろう。


「……という内容でございました」


 レオの聞き出していた内容と話は一致したようだ。

 彼はそれ以上ドウェインを蹴り上げることはなかった。


「さて、いかが致しましょうか?」


 レオは俺に尋ねた。

 さらりと聞いたが、それはつまりこの男をどうするかという意味だろう。そんなことをオレに聞かれても困るぞ。

 でも俺としてもこの男をこのまま野放しにしておくことはできなかった。彼の言い分を鵜呑みにして、オレはともかくテレンスくんが再び襲われたりしたら嫌だからだ。


「そうだな。まずはコイツが二度と精神操作魔術を使えないようにしたい。できるか?」

「そう仰ると思い、あらかじめこれを取り上げておきました」


 そう言って、レオは何処からともなく黒い本を取り出した。

 何処に隠し持ってたんだよそれ! やっぱり何処かに異次元バッグあるだろ!


「それは?」

「この男が精神操作魔術を会得した魔術書と思われます」

「それを取り上げただけで解決になるのか?」


 会得した後ならもう魔術書にはもう用はないのではないのだろうかと疑問に思う。

 これまで魔術書を見ながら魔法を使う人とかいなかったし。


「私は魔術は専門ではないので詳しいことはサッコマーニさんに聞いた方が良いでしょうが、高度な魔術ほど呪文が長くなったり、魔法陣を必要としたりするといいます。ですから、それを省略する為に魔法陣を描いた本を持ち運ぶ魔術師もいると聞きました。私がこの本の内容を確認したところ、それらしき頁がありました」


 魔法陣を描いた魔術書か、なるほど。


「わ、私が全財産をはたいて買った黒魔術書……」


 ドウェインがガクリと項垂れた。そんなに後悔するくらいならやっぱり復讐に身を捧げたりしなければ良かったんじゃないだろうか、この人。


「それだけでは足りない」


 俺は言い募る。俺のその言葉にドウェインは小さく悲鳴を上げ、レオは瞳を瞬かせた。

 魔術書を取り上げるだけでは、黒魔術とやらを使えなくさせるだけだ。

 それだけではいつの日か逆恨みの末自爆とかするかもしれない。


「警察、いや、国に突き出そう。なんかこう黒魔術の使用を禁止する法律とかあるだろう」


 この世界の法律はまったく勉強してないけど、言ってみた。


「ひっ、それだけはどうか……!」


 男は恐怖に縮こまる。どうやらそういう法があるだろうという予想は合っていたらしい。

 まあそうじゃなきゃ黒魔術だなんて呼ばれてないよな。


「貴方様にしては随分とお優しい処分ですね。何か理由でもあるのですか?」

「え、理由? 特にないけど」


 罪人は警察なり国に突き出すものじゃないだろうか。

 そのことを深く考えたことはないので、聞かれても困ってしまう。……この場で男を切り捨てるとでも思われていたのだろうか。


「……」


 レオが不気味な沈黙を醸し出す。なんだろう、この決定が気に食わないのだろうか。


「レオ、どうした?」

「いえ。なんでもございません」


 レオはぱっと顔を上げてにこりと微笑む。良かった、俺の杞憂だったようだ。


「ではこの男は私が連れて行きます」


 レオが申し出る。


「悪いな」

「いえ、当然のことです」


 レオがドウェインを縛った状態のままずるずると外へと引きずって行った。

 ドウェインは「どうかご慈悲をー!」とか何とか泣き喚いていたが、レオはまったく聞き入れる様子がなかった。


「ふう、とんだ騒ぎだったな」


 とにもかくにもレオのおかげで、オレにかけられた黒魔術とやらは解け、テレンスくんに害を負わせることもなく事態を収束させることができたようだ。今度レオにはお礼をしなければ。


「黒すけも、夢の中で忠告してくれてたのに気が付かなくてごめんな」


 腰に下げた黒すけに謝ると、黒すけが微かに揺れたように感じた。

 これからは黒すけが夢の中で言ったことにもちゃんと耳を傾けてあげなければ。


 *


「ただいま戻りました!」


 業務をこなし、日も暮れた頃。

 テレンスとラルフの二人が戻ってきた。


「流石だな。依頼は首尾よくこなしたか?」

「おう!」

「はい、ラルフ先輩のおかげで!」


 二人はにこにこと答えた。どうやら上手くいったらしい。


「では、これが今回の報酬だ」

「ありがとな!」


 ラルフは報酬の入った袋を受け取るなり、意気揚々と部屋を出ていった。

 彼はいつもそうなのだ。きっとこの後女の子たちと飲みに行くのだろう。


「テレンス、ちょっといいか」


 部屋に一人残った彼を手招きする。


「は、はい! 何でしょうか!」


 テレンスくんはビクリと身体を竦ませる。

 彼と仲良くなってきたと思ったのだが、何だか最初に逆戻りしてしまったかのようだ。

 うーん、なかなか難しいものだ。誤解が解けるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「いやその、最近変わったことがなかったかと思って」

「変わったこと……?」


 テレンスくんは首を傾げた。


「何かこう、誰かに襲われたりとか……」

「襲われたり!? そんなこと起こってません!」


 あの男が白状したこと以外に何か悪だくみをしてないかと心配したのだが、どうやら何事もなかったようだ。


「それなら良かった。話はそれだけだ」

「へ……?」


 テレンスくんは拍子抜けしたかのように目を丸くした。


「うん? 帰らないのか?」

「あ、いえ、帰ります!」


 オレの言葉に、テレンスくんは身を翻して部屋を出て行った。


「ううん……今の言い方は冷たかったかな」


 もしかしてオレに妙な噂がいつまでも付き纏っているのはオレがコミュ障だからだろうか。

 もっとにこやかに沢山お喋りできたら今頃「冷酷なギルドマスター」なんて印象は消えてるだろう。

 テレンスくんが去った後の部屋でオレは頭を抱えて一人反省会をしたのだった。

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