第29話 謀略の依頼人
「すみません、マスター。よろしいでしょうか」
黒すけについてアルフィオとレオと三人で話していたら、扉の向こうからノックが響いた。受付係をやってくれている事務員の声だ。
アルフィオがそのことに気づいてさっとドアを開けてくれる。
「実は、『どうしてもギルドマスターに相手して欲しい』という依頼人の方が来ていまして……」
事務員は手短に話してくれた。
アルフィオらと顔を見合わせる。
俺に相手して欲しいとはどういうことだろう? オレの知り合いだろうか。
でもそんな知り合いに心当たりはない。
「それはどういう人なんだ? 名前は?」
「名は名乗りませんでしたが、裕福な身分の方だとは思います」
このギルドは貴族からの依頼が多い。
裕福ならしいというだけでは誰だかまったく分からない。
「分かった。ともかく会ってみるとしよう」
マントを翻して席を立つと、事務員はそのことを伝えに一足先に階下に降りた。
「お待ち下さい。私もご一緒します」
レオが申し出てくれる。
その申し出はありがたいが、わざわざ俺が良いと指名してくれた依頼人から話を聞くのに関係ない人間がいるのはどうなのだろう。
「……分かった。一緒に来てくれ」
悩んだ末に、レオにも来てもらうことにした。
*
「これはこれは、お初にお目にかかります」
俺に会いたいという依頼人は、知らないおっさんだった。
確かに裕福な商人か貴族のように仕立ての良い服を着ている。シルクハットを被って口髭を蓄えた姿は高貴というより一周回って胡散臭い。
「ドウェイン・サンシターと申します。噂のギルドマスターにお会いできるとは幸甚の至り!」
正直このおっさん誰だ、と思いながらも握手を求められたので手を握り返す。このおっさんも大事な客の一人には違いない。
「エルだ」
白手袋を付けた手にぐっと手を握られる。
「……っ?」
一瞬、くらっと立ち眩みのような感覚がした。
「おやおや、どうかしましたか?」
「いや……何でもない」
ふるふると首を横に振ると、互いに座って話を聞くことにした。
ちなみにレオはオレの座席の後ろに控えている。
依頼人は長椅子に腰かけると、きょろきょろと辺りを見回した。
「ところで、このギルドにはとても有能なギルド員がいるのだとか。名前は確か、テレンス……とか何とか」
おや、もうテレンスの評価が知れ渡っているようだ。
「それは確かにうちのギルドメンバーだ。今は残念ながら他の依頼でいないが」
「ああそうなんですか、それなら大丈夫です! 聞いただけですので!」
依頼人のドウェインは慌てたように手をばたばたと交差させた。
「?」
どうにもその様子が不審な気がした。
まあ、テレンスを呼び戻す必要がないのなら良かったが。
「それで、依頼の内容は?」
「ええ、それがですね…………」
……………………
…………
「……ギルドマスターに直々にという割には普通の依頼でしたね」
俺はいつの間にかレオと並んで廊下を歩いていた。
頭が痛い。酷い耳鳴りがする。
どんなことを話していたんだっけ。覚えていない。
直前の会話の内容すら覚えていないなんて、俺はそこまで愚図になってしまったんだろうか。
「あ、ああ」
頭を刺すような痛みに顔を顰めながら何とかレオの言葉に答える。
「どうかなさいましたか?」
案じるようなレオの声が聞こえた途端、その場に崩れ落ちた。
「エルフリート様!」
チカチカと目の前が点滅している。
眩暈に視界が揺れる中で、頭の中で何かが瞬く。
『しかし、寝ている相手のトリガーを外させて宿に放火させる目的とは何だろうな?』
『人心を操る類の代物か』
心を操る……そうか、心を操るならついでに魔術のトリガーとやらを外させることもできるかもしれない。
あくまでも放火が目的ではなかったのだとしたら。そしてもし特定の人間がその標的だったのだとしたら――――
「レオ……俺はどうやら、攻撃を受けたようだ」
思考が混濁しながらも、俺に肩を貸そうとするレオを見上げて訴える。
ただの頭痛で何を言っているのだと思われるかもしれないが……
「っ! 一体、何が!?」
レオはすんなりと信じてくれたようだ。良かった。
「分からない。とにかく、早く……俺を気絶させてくれ」
俺の推測が合っているなら、このままでは自分が何をしでかすか分からない。
「畏まりました。エルフリート様の仰ることに間違いはございませんから」
トンッ。
首に軽い衝撃が走る。それと同時に意識が素早く遠のいていく。
「さてはさっきの依頼人が何かしたのですね! すぐに捕縛して参ります」
後に続いたレオの言葉に『いや、それはそうとは限らないんじゃないか』と思ったものの、それを口にする前に意識が飛んだのだった。
*
「エル様、お加減は如何ですか」
「うーん……」
再び意識を取り戻した時。
「許して下さい……ほんの出来心だったんです……」
俺は正直自分の体調よりも、さっきの依頼人が縛られて目の前に転がされていることの方が気になった。
スーツに皺ができるほどキツく縄で結ばれている。
俺は何故こんなことになっているのか、俺が気絶している間に何があったのかレオに尋ねた。
「さきほどこの男を捕まえて拷……質問したところ、自分が先ほどエル様に危害を加えたことを白状しました」
ということはもう事件解決か。俺が気絶寸前に思いついたことをちょっと話しただけでスピード解決じゃないか。
さっきまで依頼人だったドウェイン・サンシタ―はレオにどんな質問のされ方をしたのか、顔を蒼白にして萎びている。少なくとも見えるところに外傷がある訳ではないようだが。
「おらッ、エル様に何をしたのかもう一度自分の口で説明しろッ!」
急にレオが粗暴な口調になってドウェインの身体を蹴り上げたので、俺の方がびくりと驚いてしまった。
レオ……そんなドスの利いた声を……!
「わ、わたしは……こちらのギルドマスターを狙ってつい先ほど精神を操る魔術をかけました……」
ドウェインは早口でペラペラと白状した。
精神を操る魔術! そんなものがあるのか。
「それだけじゃないだろう」
「ひっ」
レオに睨まれ、ドウェインは悲鳴を上げてさらなる罪を告白し始める。
本当にどんな拷問を受けたのだろう……。
「さ、さらに、つい先日、ギルドマスターの精神を操るために魔術をかけようとし、泊まっている部屋が分からないから宿全体に魔術をかけ、広範囲だったが為に魔術が薄まり失敗しました……!」
「それって、火事が出た晩のことか!」
夢の中の黒すけが虫みたいな怪物を退治してくれた時のことだ。
そういえば黒すけが『現実世界でもこういうのをけしけてくる輩がいるから気を付けるように』みたいなことを言ってた気がする。そうか、あの虫みたいのが失敗した精神操作魔術の残滓みたいな何かだったということか……?
宿全体に魔術をかけて中途半端に影響を及ぼしたから、悪夢を見て火事を出してしまった客がいたのかもしれない。
「今はその魔術の影響はございません。私が丁寧にお願いをして、魔術を解いて頂きました」
「あ、ああ……」
それはそれは。『実は解いてませんでした』ということがないと確信できるくらい痛めつけ……いや、丁重にお願いをしたのだろう。でも、レオも俺のことだからそんな必死になってるだけ、だよな……?
「何故そこまでして……? 俺によほどの恨みがあったのか?」
正直こんなおっさんの恨みを買った覚えなどないのだが、と首を傾げる。
「貴様にではない! テレンス・レコードに復讐したかったのだ!」
ドウェインが縛られた状態のままムキ―と暴れた。
何だって? テレンスに、復讐……?
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