第28話 気難しく冷酷なギルドマスター

「今日はよろしくお願いします!」


 今日からパートナーとなる先輩――――ラルフさんに頭を下げて挨拶した。


「ふん、礼儀は分かってるようだなテレンス」


 ラルフ先輩はギザギザの歯を剥き出して笑った。


「今回の依頼の内容はちゃんと頭に入れてきたんだろうな?」

「はい!」


 勢いよく返事をすると、先輩は満足げに頷いた。

 初めて会った時はオークの討伐数を勘違いして滅茶苦茶に怒られてしまったので少し苦手意識があったが、もしかしてこの人結構チョロいのではないだろうか。


「よし、なら内容をお前の言葉で説明してみせろ」

「えっと、今回の依頼は主にダンジョンの浅層に出現するジャガーラビットの素材の収集です。依頼人は毛皮商で、ジャガーラビットの毛皮を用いたハンドバックが流行の兆しを見せているから大量に欲しい、とのことです」


 穴の空くほど見つめて暗記した依頼書の内容を頭の中で思い返しながら口に出す。


「そうだ。要求されてる毛皮の数は?」

「五十。百体分までは追加報酬有り、です」

「よし、今回はちゃんと覚えてたな」


 間違いないとは思っていたが、無事合っていた。

 小さくガッツポーズをする。

 五十だ。討伐すること自体は簡単でも五十体以上もの同種の魔物を見つけることは難しいと今では理解している。その難易度を考えると確かに報酬に見合うように思えた。


「マスターが教えてくれたので」


 ギルドマスターに教えてもらったことを活かせた、と俺はウキウキだった。


「ふうん……そうか。エルになあ」


 その瞬間、ラルフ先輩の笑顔の質が変わったような気がした。

 あれ、気のせいかな?


「ええ、マスターって凄い優しい人なんですね」

「そうかそうか、お前にはそう見えたんだな」


 意味深な一言と共に、何故だか周りの温度が一度下がったように感じられた。

 もしかして先輩、不機嫌になってらっしゃる? でもその心当たりがない。

 今回は何も間違えてないと思うんだけれど……。


「えっと、マスター実は優しい人じゃないってことですか……?」


 俺の話もとても穏やかに聞いてくれて、噂とは違って親切な人なんだなと思ってたのに。まさか!?


「ああ――――エルは穏やかな時は穏やかだが、キレた時はそれはそれは怖いんだぜ」

「ええっ!?」


 あんなに柔らかく微笑んでくれた人が!?

 でも言われてみれば酒場の悪党どもを一睨みした時の視線はちょっと怖かったかもしれない……。


「エルは気難しいから何が逆鱗に触れるか分かったもんじゃない。分かったら気安くギルドマスターに話しかけるなよ」

「は、はい!」


 うわぁ~、やっぱりギルドマスターは噂通りの人なんだ。そんな風には全然見えなかったのにな。

 でもせっかく入れたこのギルドを追い出されたら堪ったものじゃない。ラルフ先輩の忠告を深く胸に刻むことにしたのだった。


 *


「くっしゅん!」


 不意にくしゃみが出た。


「エル、風邪でも引いたのか?」


 たまたま近くにいたアルフィオが俺を案じてくれる。


「いや、違うと思う。それにしても……」

「うん?」

「何故だか俺がキレやすいみたいな噂が絶えないんだよなぁ」


 別にギルドメンバーに怒ったことなんてないのに、新入りのギルメンはいつも俺に恐る恐る接してるような気がする。どうにも俺が『カリスマだが気難しく冷酷なギルドマスター』だという噂が立っているみたいだが、どうにも噂の出所が分からないのだ。


「そうだな。エルは心優しい人間なのにな」


 アルフィオも不思議そうに首を傾げた。どうやら彼も噂の出所には皆目見当が付かないようだ。


「エル様、失礼します」


 扉をノックしてレオが入ってきた。

 亜麻色の長髪をポニーテールにして纏めている。


 そういえばレオはオレの中身を未だに隣国の暴君だと思っている。

 噂の中の『冷酷なギルドマスター』というのは話に聞いた暴君の性格と少し似ている気がする。

 もしかしたら噂を撒いたのは彼では……と思いかけて、そんな訳がないかと首を横に振った。

 時期が噛み合わない。噂があったのはギルド設立当初からの事だったように思う。


「エル様。黒刃の剣について調査した結果、判明したことが少々ありました」


 アルフィオが部屋にいるから、俺のことを『エルフリート』とは呼ばないでいてくれるようだ。


「へえ、黒すけについて?」


 チラリと腰に帯びた愛刀を見下ろした。黒すけが微かに震えて話に反応したような気がした。


「はい。故国に伝わる伝説のことを思い出しまして」

「故国に、というと」


 レオの故国だから、オレの身体暴君が王様をやってた隣国のことだな。


「豊穣と夜を司る女神の伝説についてです」

「そうか、君はリンドバジーレの出身なのか」


 俺がカタカナの名前を覚えられなくて『隣にある国』としか認識してなかった隣国の名前をアルフィオが正確に口にした。

 豊穣と夜を司る女神と言ったら、暴君の祖先だという神様のことだろう。夜闇を司る女神の子孫だから代々闇魔法が使えるんだっけか。ということはリンドバジーレの国民はみんなこの女神様のことを崇拝してるのかな。国教というやつか。レオも当然その宗教を信じてるのだろう。


「そういえば女神が伝説に語られる古の大戦の折に黒き刃を用いていたという伝承があったな、と」


 女神が黒い剣を? 俺はもちろんその女神の伝承に何一つ知らない。

 でも俺はリンドバジ何とかの王様だったのだから、ここは知ってるフリをしとかないとレオに不審がられるだろうか。


「豊穣と夜の女神が武器を使っていた? 聞いたことがない話だな」


 アルフィオも首を捻っている。


「ええ、何分メジャーな伝承ではないと思いますので」


 そうなのか、知ったかぶらなくて良かったー。


「私もうろ覚えだったのですが、図書館で何冊も文献に当たってようやくその伝承について書かれた本を見つけたので、借りてきました」


 言うなり、レオは何処からともなく一冊の古本を取り出した。


「!?」


 一体何処にそんなものを持っていたのだろう。さては身体の何処かに異次元バッグに仕込んでるなと彼を睨んだものの、ちょっと見つめた程度では隠し持っている場所を見破れなかった。


「サッコマーニさんは魔術師だということだから伝承などについて詳しいかもしれませんが、まずは我が国の女神の伝説について概要を説明しておきましょうか」

「ありがたい」


 レオはパラパラと古本のページを開いて言った。古い紙の匂いが鼻を擽る。

 そしてレオは本に目を落としながらその内容を読み上げ始めた。


 "豊穣と夜闇を司る偉大なる女神は一人の男を愛した為に人の姿をとってこの世に降り立った。女神はその豊穣の権能で不毛の大地を実り豊かな土地に変え、男はそこに出来た国の王となった。そして男の子孫が代々王としてその国を治めてきた。これがリンドバジーレである。"


「ここまでが良く知られた女神の伝説です」

「ああ、私も知っている」


 俺は知らなかった。へー、そういう話があったんだ。


「そしてここからが該当の箇所です」


 女神が黒い剣を使ったという伝承が記されたその箇所をレオは指でなぞる。


 "リンドバジーレに蛮族が攻め込んできたその時、女神は愛する男の為にこれを殲滅することに決めた。女神はたった一人で蛮族と対峙すると、その場で千の仔を産んだ。木のような形をした女神の仔は姿を変えると、千の黒い刃へと変貌し、敵を討ち滅ぼした。"


「……ということです」


 レオは顔を上げ、ぱたりと本を閉じた。


「千の仔を産んだ、とは中々強烈な伝承だな」

「その時の千の刃がどうなったのかは伝承からは判然としません。しかし、もしかしたらエル様の持つ剣と関係があるのではないかと……」


 そうなのか、黒すけは女神に関係があるのか?


「ということはつまり、俺、じゃない、隣国の王族とその黒い刃たちは遠い遠い親戚関係ということか?」

「いえ、その刃は豊穣の権能を利用して生み出した存在なので、子孫というよりは道具というか、眷属というか……」


 レオが何と言い表すべきか表現に困っている。


「奉仕種族、かな?」


 アルフィオが助け船を出した。


「ああ、それです!」


 奉仕種族……何だか大層な奴なんだなと腰の黒すけを見下ろしたのだった。

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