第24話 テレンスくん帰還
数時間後、レオが黒すけのことを調べに何処かへ行ってから暫く経ってからのことだ。
テレンスくんがしょんぼりした顔でラルフと共に戻ってきた。
「やっぱりコイツ、依頼の数勘違いしてたぜ」
「依頼書のオーク討伐の数がやたら少ないので……てっきりゼロを一個書き忘れたのかと……」
テレンスくんは完全に委縮しながら告白した。
まさか本当にそんな勘違いをしていたとは。
オークを百以上倒したことは凄いが、彼に無駄な苦労をさせてしまった。
「ううん……次からは何か疑問に思ったことがあれば、一度戻ってきてもいいから誰かに尋ねるように」
「はい……」
彼はがっくりと首を項垂れた。
どうやら道中で既にラルフにたっぷり絞られたようだ。
あまり厳しく言うのは可哀想だろう。
「俺も悪かった。いくら実力があっても新人を一人で行かせるのは不味かったな」
「そんな、常識が無かった俺が悪いんです! と、というか実力なんて無いですから!」
テレンスは激しく首を横に振る。
どうやら酷く落ち込んで自己肯定感を失ってしまってるらしい。
「これからは君が依頼に赴く時には誰か一人パートナーを付けよう」
「まあコイツを一人で放っておくと何をしでかすか分からないからな」
ラルフがうんうんと頷く。
「ということでラルフ、頼む」
「お、俺様かよっ!?」
ラルフは大袈裟に驚いた。
テレンスくんはチート俺TUEEE者だ……半端な実力の者にパートナーを任せることはできない。
何か間違いがあってもテレンスくんに吹っ飛ばされない人選にしなければ。
「ラルフも忙しいとは思うが、君しか頼れる人はいないんだ。頼めるか?」
「……分かったよ。しょうがねえな」
渋々と言った様子だが、彼は承服してくれた。よかった。
「じゃあ早速次の依頼をこなして来ます!」
「いやいや、流石に疲れているだろう。次の依頼は数日後にする」
「そ、そんな……!」
幾日かは休日だと言い渡すと、彼はショックを受けているようだった。
そんなに沢山依頼をこなしたかったのかな? お金に余裕がないのだろうか?
「俺様は一足先に帰らせてもらうぜ」
「じゃあ俺も……」
「君は待ちなさい」
ラルフと一緒に部屋から去ろうとしたテレンスくんを引き留める。
「は、はいっ!」
テレンスくんはその場でビシリと気を付けをした。
完全に説教の続きがあると思っているようだった。
「今回の依頼の報酬だ」
報酬の入った革袋をデスクの上に置く。
チャラリと貨幣のぶつかる音が響いた。
「い、いいんですか!?」
「やり過ぎてしまっただけで依頼はしっかりとこなしたからな」
彼が恐る恐る革袋に手を伸ばすのを微笑ましく見守った。
「残念ながら大量のオークを討伐してもらったのにも関わらず追加報酬はないが……」
「いえ、それはいいんです」
「依頼人によっては超過分に追加報酬を出してくれることもある。そこら辺は毎回依頼書をよく確認してくれ」
「はい!」
彼は元気よく返事をした。
「ところで聞きたいことがあるんだが」
俺の前置きに彼はビクリと身体を竦ませた。
あれ、俺ってそんなに怖く見えるのかな。
いや、まさか。俺よりずっと強いテレンスくんが俺を怖がるなんてそんな訳ないだろう。
「君の出身だという森深樹の村についてだが」
故郷についての話だと分かったからか、あからさまに彼の肩からほっと力が抜けた。
「君の故郷ではオークを二百体倒したりとかいうことが普通なのか?」
まさかそんな筈はないだろう、と思いながら尋ねる。
これから彼に依頼を任せるに当たり、彼にとっての常識がどの辺に位置するのかは把握しておかなければならない。
「流石に二百体はないですけれど、森深樹を狙って襲ってくる魔物が結構いるので、他の町や村よりは多いみたいです」
「具体的にはどのくらい? まさか毎日魔物が襲ってくるのか?」
「え? 魔物って毎日襲ってくるものじゃないんですか? 襲ってこない日があるんですか?」
きょとんとした彼の表情に、彼の故郷がどれほどの魔境なのかおよそ理解したのだった。
うん、道理で二十体では少なすぎると思ったなんて言い出す訳だ。
ダンジョンが近くに出現してしまったこの街でもそんなにしょっちゅう魔物が現れたりはしない。毎日なんて魔物が現れていたら今頃きっとこの街は壊滅している筈だ。
「毎日魔物が来るような所は珍しいと思う」
と答えておいた。いや、俺もこの世界に詳しくないからよく分からないけれど。
「そ、そうだったのか……!」
テレンスくんはこの事実に衝撃を受けていた。
「そもそも普通の魔物は人里に近づきたがらないものなんだ」
と、アルフィオから受け売りの知識を披露した。
「なるほど……!」
彼はこくこくと頷いて聞いている。
さて、他にも彼について沢山知らねば。
他にどんなカルチャーショックが潜んでいるか分かったものではない。
「良ければこの後一緒に夕食でもどうだ?」
いつまでも立ち話をしているのもなんだと思って、彼を食事に誘った。
「うぇ、うぇえっ!?」
彼が目を見開いて大袈裟な声を出した。何か問題でもあっただろうか?
「……?」
「いや、そそそそんな恐れ多い、です!」
彼は手と首を横に振って、すすすと後退った。
どうやら俺はあまり好かれてないようだった。
「分かった……。急に誘ってすまなかった」
しゅん、と眉を下げた。まあ仕方ないだろう。
「う……! や、やっぱり行きます!」
「本当か!」
気が変わったのか、やっぱり食事に行ってくれるらしい。
俺はその返事にパッと顔を輝かせた。彼がチート級の力を持っているという事実はちょっと怖いけれど、やっぱり新人くんと仲良くできるのは嬉しい。
というか彼の機嫌を損ねるようなことをしたら異世界転生ものの敵キャラみたいに吹っ飛ばされるなんていう想像はちょっと漫画の読み過ぎだったかもしれない。
「……!」
彼の頬がぽっと赤くなったように見えた。
彼のそんな顔が若者というよりも大きい子供のように見えて愛らしかった。
*
カチャカチャと微かに食器のぶつかる音が響いている。
蝋燭が照らす薄暗い店内にほっと一息つくのを覚えた。
今日は客層が比較的穏やかなようだ。
前にラルフに連れられて来た酒場へと来ていた。
あれからもちょくちょくとこの店には足を運んでいた。
前世ではあまり酒を飲まなかったが、此処に来て甘い味付けの果実酒などは実に美味しいことに気が付いた。もしかしたら身体が変わったからアルコールも平気になったのかもしれない。
ただの大衆酒場だが、俺が知っている何件かの料理店の中でならこの店が一番酒が美味いと思う。ということでテレンスくんを連れて来ていた。
「何でも頼むといい。奢ろう」
新米冒険者は何かと入り用で金に困っているだろう。
そう思って奢りを申し出た。
「い、いえ、そんな悪いです!」
テレンスくんはわたわたと手を振って遠慮した。
俺は最近ギルド経営が軌道に乗ってきたから奢ることくらい何ともないのに。
「いやいやそう言わずに」
そんな風に奢りの押し付け合い(?)をしていたその時だった。
「おらおら、邪魔なんだよどけッ!」
突如怒号が酒場に響いた。
「うわ……」
随分とガラの悪い集団が酒場に入って来たようだ。
ファミレスで食事をしていたらヤンキー集団が入店してきた時の事を思い出す。
今の俺ならば不必要に恐れる必要はないとは言え、声の大きい輩というだけで苦手だった。
こういうのさえ無ければこの酒場は完璧なのだが。
「今からこの店は我ら『山猫団』の貸し切りだ! どけどけぇ!」
「お客さん、困ります……!」
『山猫団』というのはパーティ名だろうか。
どうやらあんな盗賊紛いの冒険者も中にはいるらしい。うちのギルドには間違っても採用したくない。
店員さんが困ってるから貸し切りというのも前もって予約した訳ではなさそうだ。
「ほら、そこのお前もどけ!」
「え、いや……」
ヤンキー……いや、山猫団の一人に指差され、狼狽えてしまう。
「なんだ、文句あんのか!?」
固まっていたら、ソイツがズカズカと近寄ってきて胸倉を掴まれてしまった。
「ひゅ……っ」
突然のことで何もできなかった。
こんな程度の奴倒そうと思えば倒せる筈なのだが、前世で培ってきた『生きた人間は怖い』という経験則に身体が竦んでしまった。
「おい、何か言……ぎゃあァっ!?」
不意に俺の胸倉を掴んでいた男の手の甲が発火し、男は手を離した。
「クソ野郎。俺のマスターに汚い手で触るな」
そこには掌から炎を揺らめかせる、鬼のような形相をしたテレンスがいた。
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