第25話 キレる部下を諫めたら何か注目された

「俺のマスターに汚い手で触るな」


 テレンスくんの顔が自分の掌に出した炎に照らされ、悪鬼のような影を作り出していた。


「な……ッ!?」


 手の甲を火傷した山猫団とやらの一員が手を庇いながら後退る。


「今度は全身を燃やすぞ」


 テレンスくんは怒りに囚われているのか、掌の炎をさらに大きくさせて男に詰め寄る。


「なんだアイツ、あり得ない……ッ!」


 山猫団の中でも比較的インテリっぽいヒョロい男が叫んだ。


「あの炎、単なる属性魔力の表出ではない……ッ! キチンと成立した術式を手の上で循環させてやがる!」

「お、オイオイ、詠唱も無しにそんな芸当が人間に可能なのか!?」

「???」


 よく分からないが山猫団の人たちが驚いている。

 なんかこう魔術師の人には驚くべきことっぽいが、俺には何のことやらさっぱり分からない。

 でも俺は炎を出したりとか出来ないから、多分テレンスくんがやってることは凄いことなんだと思う。


「魔力そのものならば留めるという行為も手順を踏めば可能だが、魔術とは流れを持った指向性のある一過性の、言わば風のようなものだ。好きな場所で風を起こすことが出来る、それが魔術行為の原初であり根本的意味であるとも言える! それを魔法陣がある訳でもないのに掌の上という限定な場所で瞬時に循環させるなんて、川を切り取って繋げて、勢いそのままに流れを止めないで何周もさせるようなものだぞ! 術理の凋落法則は一体どうなってやがる!」


 彼らが何に驚いているのか一向に理解することはできなかった。

 俺がただ一つ分かるのは、どうやら彼らはテレンスの一挙手一投足に本当に恐れ戦いているらしいということだけだった。


「テレンス、その辺にしておけ」


 彼の肩を掴むと、彼はハッとしたように俺を顔だけで振り返った。


「だ、だけど……!」

「いいから」


 首を横に振った。

 軽い火傷を負わせたのだから、脅しとしてはもう十分だろう。


「あ……」


 やっと冷静になったかのように、彼は手を下ろした。


「奴が従っている!? アイツ、何者だ!?」

「あの白服野郎もまさか同等かそれ以上の実力の持ち主……!?」


 今度は俺に視線が集まって来た気がする。

 う、また胃が痛くなってきた。


 俺はゆっくり立ち上がると、ヤンキー達を睥睨し、ヤンキー達は静まり返って固まった。


「……次はない」


 何かこういい感じのお説教をした方がいいのかと思ったが、セリフが思い浮かばず、だいぶ言葉足らずになってしまった。


「ひぃィ、す、すいやせんでしたァッ!!!」


 それでも俺の思いが通じたのか、山猫団の面々は酒場から逃げるように出て行った。

 しっかりと反省してくれたのならいいのだが。


「あの、俺……」


 テレンスくんがおずおずと俺に声をかける。


 そういえば怒ったテレンスくん、俺を助ける為とはいえ結構怖かったな……。思わず怒られたのが俺じゃなくて良かったと思ってしまった。やっぱり彼を怒らせると物語の中の悪役のようにひどい目に遭ってしまう……のかもしれない。


「ああ。テレンス、さっきはありがとう」


 さっき悪漢から助けてくれた礼を口にする。


「いや、なんか俺、頭にかっと血が上って酒場の中で堂々と魔術を使ったりとんでもないことをしちゃったような……」


 良かった。どうやら公共の場で炎を振りかざしたりしたら危ないことは分かっていたようだ。流石にそのくらいの常識は彼にもあったようだ。


「……そ、そんなに気にすることはないんじゃないか? 自分の術をコントロールすることを身に付ければいいだけだ。そうだろう?」


 彼の機嫌を損ねないように、やんわりと注意した。


「……はい! 俺、自分を抑える術を習得します!」


 うむ、いい返事だ。


「さて、遅くなったが夕食にするとしよう」

「あ、そういえばまだでしたね」


 やっと店内が平和になったということで、俺たちは落ち着いて席に着くことができたのだった。


「ふむ……あれがそうか」

「ん?」


 ふと気配を感じたような気がして、振り向く。


「どうしたんですか?」

「いや……何でもない。気のせいだ」


 山猫団のメンバーがまだ残っていたのかと思ったが、どうやらそういうことでもないようだった。多分、気のせいだろう。


 *


 さわさわと何かの擦れる音が五月蠅かった。


「……」


 見回すと、自分は森の中にいた。

 周りの木は普通の木よりもずっと背が高く、その高さはまるでビル群のようだった。


「……黒すけ?」


 此処は夢の中なのだと判断して、彼の名前を呼んだ。

 いつも夢を見る時は人間の姿になった彼が傍にいてくれるはずなのに。


 見上げる木々の葉は日光を遮って闇のように黒い。

 だが不思議と不吉な感じはしなかった。

 周囲の木々は何だか黒すけと似たような気配がするような気がした。

 そう思うと五月蠅かった筈の葉の擦れる音も、彼が心配してかけてくれる声のようにも聞こえた。まるで黒すけが沢山いるかのようだ。


 不意にガサガサ、と茂みから音がした。


「黒すけか!?」


 彼が現れたのだと思った俺は、パッと顔を輝かせた。

 だが――――


「ギ ギ ィ ギ ギ」

「――――っ」


 それは蠍のような、蜂のような。

 そこには人間大の虫のような怪物がいた。

 複数の節から成る足を蠢かして俺の方へと近づいてくる。

 ぞわりと肌が粟立つ。


「く、来るな!」


 腰の黒すけを抜こうとする。

 しかし、自分の腰に黒すけが無いことに気が付いた。

 そうだ、夢の中だと彼は人間だから剣の黒すけは無いんだ。


 不味い、襲われる……っ!


「――――人心を操る類の代物か」


 とんっ、と太い腕が俺の腰を抱き寄せる。

 それと同時に風が一閃した。


 ザンッ――――。


 目の前の怪物が真っ二つに斬られた。

 振り返ると黒い長い髪を大樹の根のように伸ばした彼の顔がそこにあった。


「黒すけ、何処に行ってたんだ!」


 俺の身体を抱き留めたのは黒すけだと分かり、喜びに彼を抱き締めた。

 彼も俺のことを抱き締め返してくれた。


「すまない。主の世界が拡がっていたから……少し、迷ってしまった」

「そうか、それなら仕方ないな」


 俺も方向音痴だから人のことは言えない。

 俺を探してこの森を探し回ってくれてたなんて、むしろ感謝しなければ。


「それよりも。うつつの世界にはあのような蟲螻むしけらを主に差し向ける不届き者がいるようだ」

「お、おう……?」


 彼が何のこと言っているのか分からず目を瞬かせる。

 見上げると、彼の紅い瞳と目が合った。愛おしそうに目が細められてる。

 何やら分からないが、彼が俺を案じてくれているのは確かなようだった。


「どうか、気を付けてくれ……」


 彼の大きな手が、毀れ物に触れるかのような繊細な手つきで俺の髪を撫でる。

 俺は心地よさに目を閉じたのだった。


 *


 焦げ臭さに意識が覚醒する。

 それに、何だか騒がしい。宿の部屋の外の廊下をバタバタと何人もの人が走っているかのようだった。


「んん、何なんだ一体……」


 テレンスと共にした夕食の席で飲んだ酒のせいか、寝る前の記憶が曖昧だったが、俺はちゃんと宿に帰り着いてベッドに入って眠っていたらしい。

 それにしても誰かが手酷く料理に失敗したかのような煙臭さが辺りに漂っている。これではまるで火事のようだ。

 むにゃむにゃと身体を起こし、騒がしさの原因は何なのかと寝間着姿のまま部屋から顔を出して廊下の様子を窺う。


「おいあんた、避難するか火消しを手伝えっ!」


 そして今まさに水を汲んだバケツを持って駆けつけてきた宿の人たちと、もうもうと上がる火柱が目に飛び込んで来たのであった。


「うわーっ!? 火事だーーっ!?!?」

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