第22話 再会

「おはよう、テレンスくん」

「ヒャッ! お、おはようございます!」


 翌日、出勤してきたテレンスくんに挨拶をすると、彼は何故か飛び上がって顔を真っ赤にさせたのだった。一体どうしたのだろう。


 さて、早速だけど君には仕事を頼みたい。

 大丈夫、君の実力ならば一人で遂行できるだろう。


 そんな言葉と共に早速彼をクエストに送り出したのだった。

 早くお仕事を与えてお給料を上げないと、恨まれるかもしれないからね。

 うちに余計な人員を遊ばせている余裕はないことだし。

 それくらいうちに持ち込まれる依頼は多いのだ。


「ふう、これで一人だー」


 一通りギルド員をクエストに送り出し終わった後で一息ついた。

 今日はアルフィオも休日をあげたのでいない。


 ほんの少し休憩できるだけの間が空いたので自分でお茶でも淹れようかなと思っていたその時だった。


「すみません、失礼します」


 事務員の人が扉をノックして入ってきた。

 彼は事務作業の為に雇った人で、足を失くして冒険者を辞めることになった元冒険者の男性だ。主に受付とかをやってもらっている。


「どうした?」


 彼のように最近雇った人にはカリスマギルドマスターだと思われている為、彼を幻滅させないようにキリッとした顔を作る。


「マスターに会いたいという客人が」

「誰だ? 何と名乗っている?」


 今日はアポイントメントは特になかった筈だが。一体何処の誰だろう。


「それが名前を名乗らず、『スカーフをもらった山羊に用がある』と……」

「――――――――っ」


 *


 すぐにその人をこの部屋へと通すように言った。

 やがて客人が階段を上がってきて扉を開ける……


「エルフリート様……!」

「……!」


 俺がこの世界に転生した来た瞬間に俺の生命を助けてくれた、あの亜麻色の長髪の青年だった。


「っ!」


 歓喜のあまり、俺は我を忘れて彼に飛びついたのだった。

 その拍子に白い帽子が飛び、俺の頭の角が露わになる。


「な、ななッ!? エ、エルフリート様が、私に、抱擁など……」


 すると亜麻色の髪の青年は驚きに目を丸くしたかと思うと、顔を真っ赤にして気絶にしてしまったのだった。


「わーっ!? だ、大丈夫かー!?」


 それからクレリックをやっているギルドメンバーを慌てて呼んで彼を診てもらい、彼の気絶は疲労によるものだと判明し、ソファに寝かせた彼が目を覚ますまでずっと看病していたのだった。

 ちなみに彼に角を隠す必要はないので帽子は被っていない。


「う、ん……?」

「目が覚めたか?」


 彼が目を覚めた気配を感じ、慌てて彼に駆け寄る。


「本当に、エルフリート様だ……」


 彼が掠れかけた声で呟く。


「エルフリート様……」

「うん、なんだ?」


 水が欲しいのだろうか。体調は大丈夫だろうか。

 俺が尋ねるよりも彼が再び口を開く方が早かった。


「エルフリート様、何故ギルドマスターなんかになってるんですか……」


 ……言われてしまった。

 な、何故だろう。何故俺はギルドマスターになったんだろう。


「私はてっきり、この国に亡命した後は伝手を頼ってこの国の王族に助けを求めるものと思っていました。恐らくは特に懇意にしていたジャカール辺境伯に。しかし待てど暮らせど貴方様は現れず、その代わりに貴方様によく似たギルドマスターが率いるギルドが支持されていると風の噂で聞いて……」


 それで彼とすれ違っていたのか。何か悪いことをしてしまったな。


「もう一度尋ねます。何故一冒険者ギルドのギルドマスターを務めるなどという凡俗に堕ちるようなことを貴方様がなされているのですか?」


 え、ギルドマスターって凡俗なの? なかなかなれない職業だと思ってたんだけど。

 どうしよう、どうしてギルドマスターになったのかなんて自分でも上手く説明できない。ただ日々を生きようとしていたら何故かそうなってしまっていたのだ。

 ただ、一つ言えるとしたら……


「俺は、この世界で自由に生きたい。そう思っている」


 その願いが根底にあったと思う。俺が異世界転生してこの世界に来たことを知らない彼にとっては「何のこっちゃ」だと思うけれど。


「……!」


 彼は驚きに目を見開くと、何かに納得したようにふっと綻んだ。

 そしてゆっくりと起こすと、何とソファの上で俺に土下座をしたのだった。


「申し訳ありません、私は貴方様の心に秘められた願いというものをまったく理解しておりませんでした……」

「うわー!? い、いきなり何!? 頭を上げて!」


 彼の突然の行動に泡を喰う。


「貴方様はとっくの昔に……人間として生きたいと願っておられたのですね」

「う、うん? そういうこと」


 よく分からないけど俺の言ったことを理解してくれたみたいなので、それで良しとした。


「でも、それでも」


 彼が顔を上げる。


「貴方様が人として生きる道を選んだのだとしても、私はその傍にありたいと思います。どうか、その横に侍ることをご許可頂けませんか?」


 彼は真剣な顔で頼んだ。


「……えっと、ギルドメンバーとして此処で働くのならいいけれど」


 彼が難しい言葉を使ったので意味がよく掴めなかった。こういう返事でいいのだろうか。


「ありがたき幸せ!」


 彼が再び頭を下げた。

 どうやらこういうことで良かったようだ。


「ところで、一つ聞かなきゃいけないけれどすごーく聞きづらいことがあるんだけれど……」

「何なりとどうぞ。エルフリート様に隠し立てすることなどありません」


 ものすごく聞きづらい……けれどずっとこのままでいる訳にはいかない。

 俺は意を決して彼に尋ねた。


「あの――――君の名前、なんて言うの?」


 時が止まったかのように彼は硬直すると、やがてふらりと崩れ落ちた。


「そ、そうですよね……エルフリート様が私のような雑草を気にかけて下さっている筈がありませんよね……」

「ごめん! ほんとうにごめん!」


 誠心誠意謝ったが、彼は暫く放心したままだった。

 数十分ほど時間が経って、ようやく彼から名前を聞き出すことができた。


「では今更名乗るのも烏滸がましいのですが……」


 こくりと頷き、彼の言葉を促す。


「レオ、です。レオと言います」

「レオ、いい名前だな!」


 ずっと聞きたいと思っていた彼の名前が聞けた。

 それだけで嬉しくて彼の手を取ってしまった。


「わ……我が王が、私の名前を、お褒め下さった……?」

「わー! 気をしっかりしろ!」


 彼がまた気を失いかけたので、慌てて彼の身体を揺さぶったのだった。


(後でクレリックの人に気絶しそうな人の身体を揺さぶってはいけないと注意された)

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