第21話 チート俺TUEEEマン
「さーて次の奴はっと……なんだ男かぁ」
「はい? 何でしょうか、ラルフ試験官」
つまんねえなとばかりに溜息を吐くと、新米冒険者くんは首を傾げたのだった。
「いやいや、何でもねえぜ。テレンスだったか。ここではお前の力量を見せて貰うぜ」
慌てて取り繕ってにっこりと笑みを浮かべる。
あーあ、女の子相手じゃないとやる気が出ねえんだけどな。
新米冒険者くんの名前はテレンス・レコード。十八歳。
青少年らしい細さはあるものの、いかにも田舎で農作業に従事して来ましたって感じの筋肉と日焼け具合だ。
エルみたいなそそられるような肌の白さとは全くの無縁だ。ああ、つまらない。
「力量って……試合ですか?」
「ハハハ、それは最終試験の内容だな。今回はあの木偶に向かってお前の全力を見せて貰うだけだぜ」
と、中庭に立っている木偶を指し示す。
俺の仕事はあの木偶が受験者の攻撃によってどれだけダメージを受けたのか書類に記すだけの簡単な作業だ。やる気が出なくて欠伸が出る。
「わ、分かりました……!」
それだけの内容でも、新米冒険者くんには緊張するものらしく彼は唾をごくりと飲んだのだった。
「それで、お前さんの武器は腰に付けたそれか?」
彼の腰に提げられているウィップを顎でしゃくって示す。
「ああ、あの、これは……その、魔術の方が得意なんですけれど、そっちでもいいですか?」
「ん? ああ、そう見えて魔術師なのか。全然いいぜ」
ごく普通の田舎から出てきた村人にしか見えなかったが、魔術が使えるとは意外なものだ。
「じゃあ、行きます!」
新米くんが木偶に向かって両手を構える。
「はぁッ!」
その瞬間、いきなり季節が夏になったかのように熱風が顔を舐めた。
「へ……?」
傍に生えている木の背丈よりもなお高い、大きな大きな炎がぼうっと燃え上がり、木偶へと物凄い勢いでぶつかった。巨大な火の玉をぶつけられた木偶は哀れ黒焦げの炭となり果てた。
「な、なんだそれ……!? お前の魔術の威力、おかしくないか!?」
俺が驚きに叫んだにも関わらず。新米くんはイマイチ理解してないかのように首を傾げた。
「俺の魔術の威力がおかしいって……弱すぎるって意味ですか?」
彼の分かってなさに、嫌な予感がした。
「じゃあ、今度はもっと大きな奴行きます!」
「待っ」
ドゴンッ!
大きな爆発音が耳を劈いたかと思うと、キーンと何も音が聞こえなくなってしまった。
*
「何事だ!?」
アルフィオと共に、中庭へと大急ぎで駆け付けた。
するとそこには、尻餅を尽いて目を回しているラルフと怯えている新米冒険者くんがいた。
確か名前はテレンスと言ったか。
焦げた臭いが辺り一面に充満している。
火炎魔術の仕業だろうか。この一年で俺もアルフィオに色々と魔法の種類を教わったのだ。
アルフィオが跪いてラルフの様子を見ている。大丈夫かな。
「一体何が起こったんだ?」
「ひっ」
テレンスくんに事情を尋ねると、彼は飛び上がって震えた。
よほど怖い目に遭ったのだろうか?
そう思ったら、彼の口からこんな言葉が飛び出した。
「あ、あの……俺の魔術で、庭、ぶっ壊しちゃいました」
「は?」
俺は聞き間違いをしたのだろうかと、顔を顰めた。
この新米くんが魔術で庭を壊しただって?
「ひ、ヒイィ、今"直す"ので殺さないで下さいっ!」
「え……」
止める間もなく、テレンスくんが魔力を練り上げる。
その魔力の膨大さに、冗談みたいだけど間違いなく彼が魔術を行使していることが理解できた。
「な、な……ッ!?」
見ている間に中庭の土が蠢き、空いた大穴が塞がっていってしまった。
土魔術のなせる技だ。火炎魔術だけでなく土魔術も使えるのか?
彼の実力は間違いなく俺よりずっと上だ。俺は魔術なんて精々黒いもやもやを出すくらいしかできない。
驚きに目を見張っていたらビチッと泥が俺の頬に撥ねた。
「……」
ゆっくりと泥を手の甲で拭う。
「ひ、ひええ、すみませんすみません!」
俺は確信した。間違いない。
この展開は前世で見たことがある。
コイツは……チート俺TUEEEマンだ!
「一つ聞きたい。君は何処の村から来た?」
今度から提出書類には出身も書いてもらおう。
そう思いながら尋ねる。
「えっと、村に特に名前は無いんですけれど、森深樹の村って呼ばれてます……」
「なるほど、森深樹の近くの村か。あそこの村の住人は森深樹の影響で魔力に溢れていると聞くが……それにしたって規格外だろう」
同じくテレンスくんの魔術の凄まじさを目の当たりにしたアルフィオが解説する。
やっぱりコイツは俺TUEEEマンだ!
無自覚にチートじみた能力を発揮してこの世の全てを己の物にする主人公!
前世でそういう話をよく読んだ!
「テレンスと言ったか」
震えそうになる声を抑えて彼の名を呼ぶ。
緊張のあまり変な口調になってしまった。
「は、はい……っ!」
俺は彼のことを怖れている。
何故なら……チート俺TUEEEマンを舐めて逆らった人間は十中八九酷い目に遭うと相場が決まっているのだ!
彼の機嫌を損なって目を付けられないようにしなければならない……!
「――――合格だ」
「はい?」
「ギルド試験は合格だ。晴れて君は此処のギルドメンバーだ」
まずは望み通り彼をギルド員にしてあげなければ。
これだけの実力を見せられたのに拒否した日にはどんな復讐をされるか分かったものではない。
「へ? いいんすか?」
「い、いいと言っている」
な、何だよ変に疑り深い奴だな!
「いや、でも中庭壊しちゃいましたし……」
「そんなことは関係ない」
バシッと強い口調で断定する。
「君は俺に強さを示した。それで充分だ」
マントを翻し、踵を返した。
ちょっととりあえず部屋で一人にならないとボロが出かねない。
「つまり……強さが全てってことか! 噂通りの人だな……!」
テレンスくんは勝手に一人で納得してくれたらしい。
それにしても俺に関してどんな噂が飛び交っているっていうんだ?
「ほら、ラルフ。起きろ」
それから心配になって隅っこから中庭の様子を窺っていたけれど、ラルフはアルフィオに頬を軽く叩かれてすぐに目を覚ましていた。怪我をした訳ではないらしい、良かった良かった。
こうしてチート俺TUEEEマンのテレンス・レコードくんが『黒山羊のねぐら』の一員に加わったのだった。
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