第二章 カリスマギルドマスターに暇はない
第20話 噂のギルド
緊張のあまり、握った拳の中に汗が溜まっているのを感じる。
落ち着け、落ち着け俺……。
せっかく憧れの冒険者ギルド『黒山羊のねぐら』の入団テストを受けるんだ。
ここでしくじったら目も当てられないぞ……!
「次の方、どうぞー」
部屋の中から柔らかい男の声で呼ばれた。
俺は深呼吸をすると、立ち上がって部屋の中へ入った。
「ようこそ。君は……テレンスくんだね?」
そこにいたのは、群青色のマントに軍服風のスーツに帽子の男。
そして曇りの空よりも曖昧な
「俺はギルドマスターのエル。よろしくね」
その綺麗な男がにこりと俺に微笑んだ。
「なっ、ギルドマスター……!?」
予期していなかった
冒険者ギルド『黒山羊のねぐら』は俺の田舎でも有名だった。
『黒山羊のねぐら』は突如として頭角を現した新ギルドだ。
若きカリスマギルドマスターが率いる新ギルドで、何でも月光の幻花と呼ばれるとても貴重な素材をダンジョンから持ち帰ったこともあるらしい。『黒山羊のねぐら』はその話を否定しているらしいが、さる貴族に「それは本当の話だ」と彼らの持ち帰ってきた幻の花を秘密裏に見せてもらった人がいるらしい。噂は本当なのだ。ギルドがそれを否定しているのは何かこう、大人の事情があるからだろう。
田舎を飛び出して冒険者になることを考えた時、俺の頭の中にあったのはとりあえずこの憧れのギルドの入団テストを受けることだった。
『黒山羊のねぐら』のギルドマスター、エル。
怜悧にして俊敏。夜闇のような黒い刃を操る出自も出生もすべてが謎に包まれた男。彼に気に入られた依頼人だけが『黒山羊のねぐら』にて依頼を受けてもらえると言われるくらい、ギルドが依頼を受ける数は少ない。
その気性は冷酷にして激高した時は嵐よりも激しく荒れ狂う……と伝え聞いている。
何でも戦いのことしか頭にない男だったが、周りに説得されてギルドを新設したとか何とか。
その話を聞いた瞬間、俺は話の中だけで聞いたそのエルという人物に惚れてしまった。
だってだって滅茶苦茶カッコいい! だって黒い刃だぜ!? 出自も謎で、自分の気に入った相手だけを客にする……くう~痺れる! 俺も謎の男になりたい! 冒険者になったらいつか絶対に彼に会うと決めていたのだ!
それなのに……いきなり夢が叶ってしまった!
「それで君の経歴だけれど……」
「は、はいっ!」
ギルドマスターが事前に提出していた用紙に目を落とす。
憧れの人を目の前に、俺は思わず声が裏返ってしまった。
それにしてもこんなに綺麗な人は初めて見た……。
女の人じゃないのに指とか細い。特に胴回りとか、ピッタリと吸い付くようなスラックスのせいで身体のラインがくっきり浮き出てしまっている。
見てはいけないようなものを見てしまっている気がして、彼の下半身から目を逸らした。
今の俺の視線がバレたら、首を切り落とされるんじゃないだろうか。
「冒険者としての経験は無し。まったくの初めてってことで合ってるかな?」
「は、はい……」
う、素人はお断りってことだろうか。いかにもあり得そうだ。
『黒山羊のねぐら』は最近人気で入団希望者も依頼人も殺到しているらしいが、ごく僅かな人数しかギルドに入れないらしい。依頼も少ししか受け付けてないようだ。その代わり少数精鋭で確実に依頼をこなすらしい。『黒山羊のねぐら』の評価は年々上がっていっている。
まったくの素人がいきなり受けて相手にされるほど甘くは……
「ふふ、新米冒険者にも俺たちの名が知れ渡るようになってきたんだな」
しかしギルドマスターは、怒る代わりに嬉しそうにふんわりとした微笑みを浮かべたのだった。
「!?」
噂に伝え聞いた彼の性格とはまったく違う表情に、胸がドキンと鳴るのを感じた。
も、もしかして噂とは違って結構優しい人……!? そんなまさか!?
「志望動機は……」
「む、村にいた頃からこのギルドが憧れでした!」
正確にはこのギルドではなくて、ギルドマスターが憧れだったんだけど。
本人を目の前にして言うのは流石に気恥ずかしくなってしまった。
「そうか。冒険者の経験はないということだけれど、もし冒険者として依頼を受けるとしたら何が得意だと思う? 採集クエスト? モンスター討伐?」
「えっと……モンスター討伐、ですかね? 村に入ってきた魔物を狩ることは時々あったし、村では負けなしだったし」
井の中の蛙と言われればそれまでだけれど、それなりに強いと自負している。
「なるほど、それは頼もしいね!」
ギルドマスターはぱーっと太陽のように明るい笑顔を浮かべた。ま、眩しい!
その後もいくつか質問をされた。
その後、マスターさんは穏やかな声でこう言った。
「じゃあ、面接はこの辺でいいかな?」
「ああ、私としても問題はない」
ギルドマスターの隣に座っていた眼鏡の人がこくりと頷いた。
お、これはもしかしていい感触……?
「じゃあ次は実技だな。中庭に移動してくれ」
「はい!」
*
一人、二人、三人……。
眩暈のするような人数の面接を終え、やっと一休憩取れた。
「はあ~~~~」
深い深い溜息を吐いてソファに倒れ込む。
あの日、シャインナイト家のパーティに出席した日から俺たちのギルドがホーライフラワーを採って帰ったという噂は何度否定しても拡散され続け、意図もしてないのにギルドの評価はうなぎ上りになった。
それからというものの凄まじい勢いで貴族を中心に依頼人が来て、ギルドに入りたいという冒険者の人も殺到している。もちろんギルドメンバーには次から次へと依頼に行ってもらっているし、仕事をしたいと熱望していたアーサーくんでさえあまりの忙しさに音を上げているくらいだ。
もちろん入団試験に合格した人はどんどんギルドメンバーにしている。新しくギルドメンバーに加わってくれた人のことを把握するだけでも時間がないくらいだ。
忙しさにかまけている間に、いつの間にか季節が一巡りして一年が経ってしまった。それでもまだろくに休暇もとれないほどやることが詰まっていた。
「お疲れ様」
お茶のいい香りが鼻を擽る。
顔を上げると、アルフィオがお茶をテーブルの上に置いてくれたのが見えた。
彼の笑顔を目にした途端、じわりと込み上げてくるものがあった。
「アルフィオ~、俺もう無理だよ~!」
「うわっ!?」
目に涙を溜めながら彼に抱き着いた。
いきなりで驚いたのか、彼が目を見開いて赤面する。
「こんなに沢山の人が来て、俺にはギルドマスターなんて出来ないよー!」
「え、エルっ!? その、あの……っ!」
アルフィオはわたわたとしながら俺をそっと引き剥がす。
「ええと、確かにこの所君の負担が大きくなり過ぎていると思う。だから受ける依頼はごく少数に絞って来たし、依頼を遂行するパーティを考える担当もエルだけでなく何人かに振り分けた。入団希望者も全員面接するのは止めて、書類選考で何割かは落とすようにした。それでもまだ駄目か……?」
彼やギルドメンバーが俺の為にしてくれた方策の数々を聞いて、急に彼に泣きついたことが恥ずかしくなってしまった。
「う……ごめん、ちょっと取り乱した」
しゅんと項垂れて彼に謝る。
「いや、今の言葉を取り消すことはない。実際君の心は現状で悲鳴上げているのだろう。もっと君の負担を軽くする方法を考えねばならない」
「ごめん、俺だけじゃなく皆だって大変な筈なのに」
思えばアルフィオの眉間の皺も一年前より深くなった気がする。
俺ばかりが苦労をしている訳ではない。
「いや、大丈夫だ。私はそんなに大変ではない。人には向き不向きがあるし、君は元々こういうことには向いていないだろう?」
や、優しい……! こんなに優しい男が存在していいのだろうか?
彼の為にも泣き言を言っている場合ではない。
「君の負担を少なくしていって、いずれはサブマスターのように君にも自由にしてもらえればいいのだがな」
「いや、メルランさんはちょっと自由過ぎると思う……」
我らがサブマスターメルランは仕事をまったくしないどころか、あちらこちらと好き勝手に飛び回り外国にいることは珍しくないし、たまにこの街にいると思ったら酒を飲んだくれて酔っ払っている。
それでもこのギルドの土地と建物はメルランさんの名義だし、隣国の要人に偶然俺の正体がバレそうになった時にメルランさんに何とかしてもらったりとか色々あってメルランさんには頭が上がらないのだった。
そんな話をしていたその時だった。
ドゴンッと爆発のような大きな音がギルドの建物を揺らした。
「何事だっ!?」
「中庭の方から聞こえたぞっ!」
中庭と言えばラルフが実技試験を行っていた筈だ。
彼に何かあったのか……っ!?
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