第19話 凄腕の冒険者
緑の芝生に、青い空。
真っ白のテーブルクロスが敷かれた何台もの丸テーブル。
まさに絵に描いたような王侯貴族のガーデンパーティだった。
「ジュリーちゃん、誕生日おめでとう!」
誕生日を祝われている艶やかな黒髪の令嬢こそがこのパーティの主役だった。
その名もジュリー・シャインナイト。
その令嬢に桃髪の青年が近寄る。
「ロシェ!」
令嬢は彼の顔を見て、ぱっと顔を輝かせた。
「愛しいハニー、二十歳の誕生日おめでとう」
ロシェと呼ばれた青年は前髪をファサリと掻き上げる。
そして後ろ手に背中に隠した物をジュリーへと差し出したのだった。
「そしてこれが僕からの誕生日プレゼントだ」
それは、色とりどりの宝玉が実った金の枝だった。
実を中心に硝子のような虹色の花弁が美しく咲いている。
「こ、これは……もしかして?」
その美しい枝の正体に思い当たり、ジュリーの声が震えた。
「そうだよ。ホーライフラワーさ。欲しいと言っていたろう?」
「で、でも、どうやって!?」
若き令嬢の問いは「どうやって手に入れたのか」という意味だ。
ホーライフラワーは王族でさえおいそれと手に入れられる物ではないと、彼女は知っている。
「ふふ、そこはほら、僕の伝手を使って君の為に、ね」
爽やかに言ったロシェの言葉にジュリーはいたく感激した。
彼は何でもないことのように言ってのけたが、きっと自分の為に相当な苦労をしてくれたに違いない。彼の自分の為にしてくれた苦労を想像し、ジュリーの胸中には愛しさが溢れた。
「ロシェ……」
「ジュリー、今日は君に伝えたいことがある」
ロシェはその場に跪いてジュリーの手を優しく取る。
彼の行動は衆目を集め、周囲の若い令嬢たちは羨望と感嘆の溜息を吐いた。
「ジュリー、僕は……」
その一言を口にしようとした瞬間、ロシェは固まった。
そのまま一言も言葉を発することが出来なくなる。
もしかしたら顔を上げた瞬間、ジュリーの後方にいる俺たちの姿が視界に入ったからかもしれない。
「ご、ごめん、その……挨拶しなきゃいけない人を思い出した! また後で!」
ロシェは顔を青ざめさせると、慌てて立ち上がってその場から立ち去ったのだった。
「ちょ、ちょっと! 何なのよ、もう!」
*
「は、ははは。こんな所で奇遇だな」
パーティの隅っこの人目に付かない場所に俺たちを引っ張って来たロシェは、ぎこちなく笑った。
パーティ会場なのだから、偶然も何もないだろうに。
俺、そしてラルフとアルフィオが並んで桃髪の青年と対峙する。
「ホーライフラワーを加工した業者にも話を聞いたんだが……」
「うわーっ!!! こんなところで『加工』とか言わないでくれ!」
俺が早速本題を口にしようとすると、ロシェは慌ててその口を塞いだのだった。
「もしかして……あれが偽物だということを彼女に話してないのか?」
青年の手を引き剥がすと、彼に尋ねた。
「う……」
ロシェの顔色はたちどころに蒼白となった。
どうやら図星なようだ。
「ともかく、君が頼んだ業者にも話を聞いたどうやら彼らに"も"金を払っていないようだな」
ホーライフラワーの素材であるゴールデントレントの枝と魔石を受け取り、それに七色のガラスの花びらを付けた業者を探し出し、話を聞いた。するとやはりと言うべきか、カーブリング家の次男に依頼され、そして同じように代金を支払うのをそっちのけにされているとのことだった。
「わ、分かった、金なら払う! 金なら払うからアレが偽物だってことは彼女に言わないでくれ!」
「ん?」
こちらは元よりそんなことをバラすつもりなどなかったのだが、変な条件を出された。
「分かっ……」
「駄目だな」
それで頷こうとしたら、ラルフが横から口を出した。
何を言ってるんだ、ラルフ!?
「俺たちだけじゃなく、ツケを支払ってない全ての相手にちゃんとした代金を支払うべきだ。未来の嫁さんに金にだらしない奴とは思われたくないだろ?」
ラルフは凄みのある笑顔で詰め寄った。
なるほど、ラルフは手厳しいな。
「くっ、分かった……! すべて君らの言う通りにする!」
おお、ロシェくんが今までの行いを反省した!
説得してみるものだね。
「ロシェ、どうしたの? その方たちはどなた?」
その時、ロシェくんの婚約者が姿を現した。
不味い! いや、俺たちは見られて不味いことなんてないけれど、ロシェくんは恥ずかしいんじゃないかな。
「ジェ、ジェリー! この人たちは、その……」
思った通り、彼は言葉に詰まっている。
「?」
「いや……この人たちは、ホーライフラワーを採ってきてくれた冒険者ギルドの人なんだ」
お、正直に話すことにしたようだ。
「え、そうなの!? じゃあこの人たち凄腕なのね!?」
ジュリーが俺たちを見て目を輝かせる。
採ってきたと言っても偽物なんだけどな。
「いや……」
「しーっ!!」
彼女の勘違いを訂正しようとした途端、ロシェが物凄い顔で睨んできた。
「金を払いさえすればあれが偽物だということは言わないという約束だったろう!」
と小声で囁いてくる。
あれ、そういうニュアンスの話だったっけ?
とはいえあえて彼の恋人にそれ偽物だよってバラすのも意地悪だと思うので、口を噤んでいることにする。
「ロシェ?」
ジュリーがロシェの様子を疑問に思ったのか首を傾げる。
「ああ、この人たちもジュリーの誕生日を祝いに来てくれたんだ。な、そうだろう?」
ロシェにこっそりと肘で突かれる。
口裏を合わせろということらしい。
同時に手の中に何かを握らされた。数枚の金貨だった。
確かにこれだけあれば今回の依頼の報酬に足りるが、こんなにすんなりと払えるなら最初から払えばいいものを。
「……冒険者ギルド『黒山羊のねぐら』のギルドマスター、エルだ。こっちは同じくギルドメンバーのラルフとアルフィオ」
ジュリー嬢には自己紹介だけしてさっと頭を下げた。
「まあ、ご丁寧にありがとうございます」
彼女はドレスの両端を手で摘まむと、恭しく礼をした。
「それでは、俺たちはこれで……」
お金も払ってもらったし、もう用はない。
面倒なことになる前にパーティ会場を後にしようと踵を返す。
「待って下さい!」
その俺たちの腕を掴んで引き留めたのはジュリー嬢本人だった。
「な、何か……?」
何かバレて咎められるのだろうかと冷や汗が額を伝う。
いや、何も悪いことはしてない筈なんだけど。
「冒険者なら、是非お父様とお話をしていってくれませんこと!?」
「!?」
一体何故!?
狼狽えていると、ジュリー嬢が説明をする。
「お父様は冒険者の話を聞くのがそれはそれは好きなのです。特にホーライフラワーを採ってきたほどの皆さまならば、父は喜んでお相手するでしょう」
ラルフやアルフィオと顔を見合わせる。
「そういうことなら仕方があるまい」
「美味いメシも食えるだろうしな」
ラルフたちが肩を竦めるのを見て、俺も観念して彼女の父親に会うことにしたのだった。
そして……
「ねえお父様、こちらの方々がこのホーライフラワーを持って来て下さった冒険者さんなんです!」
「なんと、それはそれは!」
「へえ、それじゃあ凄腕なのね。今度何かあったら私もお仕事を依頼しようかしら」
あれよあれよという間に貴族たちの間で話題になってしまったのだ。
(依頼人が可哀想だし、今さら『偽物なんです』なんて言えない……)
俺はその中でだらだらと冷や汗を流していた。
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