第18話 アルフィオは頼りになる男

 依頼人に逃げられた。


 レアモンスターであるゴールデントレントの素材をたっぷり持ち帰れたから赤字になってないとはいえ、これは問題だ。

 全部アルフィオの言う通りにすべきだったんだ。

 前払い金をきちんと貰うべきだったし、依頼の品を渡すのは代金を貰ってからにすべきだった。


 アルフィオに謝らなければ。

 俺は彼のいる事務室へと向かった。


「……だから、お前の本心を教えてくれよ……」


 部屋の中から密やかな声が聞こえてきて、ピタリと立ち止まる。


「……だが、これは……いけないことだ……」

「お前だって同じ気持ちだろ……」


 これはラルフとアルフィオの声だ。

 部屋の扉が少し開いていたので、そっと中を覗いてみる。


「……なあ、好きなんだろ?」


 中では、ラルフとアルフィオが今にもキスをしそうなくらいに顔を寄せ合っていた。

 アルフィオの顔が真っ赤になっている。


「ッ!?!?」


 慌てて戸の隙間から身体を離し、廊下の壁にピタリと背を付ける。


 見てはいけないものを見てしまったような気分だった。

 普段喧嘩ばっかりしている筈の二人が、あ、あんなにぴったり……。

 ただならぬ雰囲気だったけれど、もしかして、二人って、"そういう"……!?


「あれ、そんなとこに蹲ってどーしたんだエル?」

「うわっ!?」


 いつの間にかラルフが部屋から出てきて、目の前にいた。


「もしかして具合が悪いとか……?」


 彼は心配そうに眉を顰める。

 どうやら盗み聞きしていたことは彼にはバレていないようだ。


「な、なんでもない!」


 慌てて立ち上がって平気だということを示した。


「そうか。それならいいけど。アルフィオなら中にいるぜ」


 ラルフが見ているので、ここで事務室を通り過ぎて自室へ戻ることもできない。

 俺は仕方が無くアルフィオの待つ事務室へと足を踏み入れた。


「エ、エルっ!?」


 アルフィオは俺の顔を見るなり大仰に声を上げた。

 心なしか顔も赤い。さっきまでラルフと変な雰囲気になっていたからだろうか。

 彼の表情を見て、俺まで顔が熱くなってきてしまった。


 そういえば普段犬猿の仲であるほどそういう関係になりやすいとか、前世でBLのなんか、そういう説を見たことがあるような気がする。やっぱり二人はそういうアレなのかな。

 この世界ではもしかして男同士でっていうのは普通のことなのかな。だとしたら羨ましいな。


 ……? 俺は今、何を羨ましいと思ったのだろう?


「ごほんっ。それで、何の用なんだエル?」


 アルフィオは咳払いをして居住まいを正すと、俺に向き直った。

 まだ彼の顔は少し赤いが、彼としては平静と取り戻せているつもりらしい。


「あ、えっとあの、この間の依頼人がまだ来ない件について……」


 そうだ、元々彼に謝る為にここに来たんだった。

 あまりの衝撃に用事が頭から吹っ飛んでた。


「ああ、何かこちらから催促すべきか、ということか」

「そうなんだけど、それだけじゃなくて……」

「ん?」


 アルフィオは何のことやら分かっていないようだ。


「その、この間はすまなかった。すべて君の言う通りだった。君の言う通りにすべきだったんだ。それなのに『堅物』だなんて言ったりして、本当に申し訳なかった」


 俺の言葉にアルフィオは目を瞬かせた。


「ああ、そのことか。そうか……君はずっと気にしていたんだな」


 彼は柔らかく顔を綻ばせた。


「その時も言ったと思うが、私は気にしていない」


 そんな馬鹿な、あの時は確かにショックを受けているように見えたぞ。

 と思って彼の顔を見たが、本当に何も気にしてないかのようににこやかに笑みを浮かべていた。

 何日か経ってあの時のショックを忘れたのかもしれない。大人だ……。

 俺だったらずっと引き摺ってしまうのに。


「でも君が今回のことを悔いているなら、これからは他人の言葉にもっと耳を傾けるといい。私は何も君が冒険者に関することなら何でも知っていて自分で判断が下せる人間だと思ったから、君をギルドマスターにしたいと思った訳ではない。君自身が知識に欠けていても他人の言葉に素直に耳を傾けて、その上で何をすべきか考えられる人間だと思ったからだ」


 彼は優しく穏やかに言葉をかけてくれた。

 そんな深いことを考えていたなんて。

 てっきりノリで俺がギルマスでも良いって決めたのかと思ってた。


「とはいえ、君が皆の言いなりになることも望んではいない。考えた上で私の意見が間違っていると思ったのなら、遠慮なくそうしてくれて構わない」


 やっぱりアルフィオは俺よりずっと大人だ。彼より頼りになる人はいない。

 そんな彼をガッカリさせないように、頑張らなければ。

 俺は決意を新たにした。


「それで現実的な話に戻ろう。依頼人が報酬を支払いに来ないのであれば、こちらから催促に行くしかあるまい」


 アルフィオが話題を元に戻した。


「確かカーブリング家だったか。こちらから訪ねていって……」

「いや。それじゃ不十分だ。俺に案がある」


 俺から口を開いた。


「うん? どういうことだ?」


 彼がくいっと眼鏡を上げて尋ねる。


「何かおかしいと思って、メルランさんに聞いておいたんだ。カーブリング家の次男ってどういう人なのかって」

「なるほど。それで?」

「カーブリング家の次男、ロシェ・カーブリングは困った放蕩癖があり、その上面倒くさいのか吝嗇なのか、金に困っている訳でもないのにあちこちの店でツケにしてはそのまま金を支払わずに消えてしまうらしい」


 あのピンク髪の驚きの悪癖をアルフィオに伝えると、彼は目を丸くした。


「そ、それは……! 何故メルランさんはそのことを教えてくれなかったんだ!」

「それが、みんな知っているものと思っていたそうだ」

「……あの人は、まったく」


 アルフィオは頭痛を覚えたかのように顔を顰め、溜息を吐いたのだった。

 最初はメルランさんにほとんど崇拝に近い感情を向けていたアルフィオも、彼の困った所が段々理解できてきたようだった。


「しかし、それで一体どうするんだ?」

「それがだな……」


 彼の耳に口を寄せ、自分の案を小声でそっと話す。

 彼の耳朶に仄かに赤みが差したような気がした。


「……君は。のほほんとしているようで、時々とんでもないことを言い出すな」


 俺の案を話すと、アルフィオは困っているような、けれど楽しそうな笑みを浮かべたのだった。


「いいのか?」

「ああ、君に従うとしよう。何せ、我らがギルドマスターなんだからな」

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