第17話 ずっと待っている
"黒山羊のねぐらで待っている。 スカーフをもらった山羊"
「うん、よし」
書き換えた文言を見て、俺は満足げに頷いた。
最近では宿にいることよりもギルドにいる時間の方がずっと多い。
だから国営ギルドの掲示板に書いた文言をちょっと書き換えたのだ。
俺は今でもあの亜麻色の髪の青年のことを待っている。
いつか彼に再会できたら、命がけで俺を助けてくれてありがとうって言って、あの時一人で行かせてごめんと伝えるのだ。もう大分時間が経っているから望みは薄いかもしれないけれど……
あれから三日が経った。
昨晩、ラルフからゴールデントレントを討伐したと連絡が来た。
早ければ今日の朝には戻ってくるそうだ。
彼らを出迎える為に俺は早起きしてギルドへと向かった。
「ラルフ様たちのお帰りだぜー!!」
やきもきしながら待っていると、やがて彼の大声がギルド中に響き渡った。
「ラルフ! どうだった?」
『チョー強い俺様と仲間たち』のメンバーがギルドに入ってくる。
彼らは今回の依頼の品と、道中倒したのであろう魔物の素材をギルドのカウンターに下ろす。
「ばっちり倒してきたぜ!」
彼らが荷を解くと、黄金色の木材が姿を現した。
「枝も何本も獲ってきたし、一応幹も持って来た」
「凄い……! 余った分を売るだけでもかなりの額になるんじゃないか?」
「残念ながら……」
首を横に振ったのはアルフィオだ。
「言ったと思うが、ゴールデントレントの身体は金属ではなくあくまでも金色の木だから、本物の黄金のように溶かして加工することはできない。加えて普通の木材よりも脆い為、家具等にするのにも向かない。要するに需要が少ないから、本物の黄金ほど高値では売れない」
そうなのか。そうそう上手い話はないね。
「とはいえ、器用な職人が上手いこと彫って作る小物は人気があるらしい。依頼の報酬を差し引いても黒字になるくらいには売れるだろう」
「なるほど、レアモンスターなだけのことはあるな」
良かった!
「よし、じゃあ依頼人に素材が獲れたと伝えて、来てもらおう。そしてどの枝を使うか選んでもらうとしよう」
「カーブリング家だったな。早速報せを送るとしよう」
翌日、あのピンク髪の青年がギルドにやって来た。
「わあ、もう調達して来たなんて凄いね!」
依頼人は素直に感動を表した。
獲ってきたのは俺じゃないけれど、ラルフたちが褒められて俺も嬉しい。
そして彼は並べられた黄金色の枝を見比べる。
「この中から一本選んでいいんだね?」
彼の言葉にこくりと頷いた。
「そうだなぁ、どれが一番ホーライフラワーっぽいかな。あまり立派過ぎても嘘っぽいか。こう、侘び錆びがある感じの……お、これなんかぴったりだ!」
依頼人は絶妙に角度が付いたイイ感じの枝を選んだ。
「そして、これが魔石だ」
ラルフたちが苦労して発掘してきてくれたごろっと大きな魔石を差し出す。
「うんうん、いいね。大きさが一定じゃない方が生きてる植物っぽくてらしいからね」
依頼人は大満足なようだ。良かった。
素材を使った加工はこれから依頼人が職人に頼むのだろう。
「それで、報酬をもらいたいのだが」
俺が切り出すと、依頼人の顔色が変わった。
「い、いやー……実はさー」
視線を逸らした依頼人の様子に、嫌な予感がした。
「こんなに早く依頼を達成してもらえるとは思ってなかったからさー、ほら二週間後って話だったでしょ?」
「うん、だから……?」
恐る恐る話の続きを促した。
「ちょっと金の用意が、まだ……出来てなくて……」
依頼人は消え入りそうな声で告白した。
「……まあ、それは仕方ない。じゃあ、本来の依頼の期日に改めてということで」
ちょっと可哀想になってしまったので、優しく声をかけてあげる。
俺のその言葉にそばで聞いていたアルフィオが眉を上げる。
もしかしてあまり良くない対応だったかな。
「本当か!? このギルドの人は優しいんだな!!」
でも依頼人が顔をぱっと明るくさせたので、「やっぱり駄目だ」とは言えなかった。
ごほん、とアルフィオが咳払いをして口を開く。
「それならば、依頼の品を渡すのも報酬を支払ってもらうその日にということで……」
「ええ!?」
ピンク髪の依頼人は大仰に驚く声を出した。
「そんなぁ、予想外に早く獲ってきてもらえたから、今から加工してもらえればハニーの誕生日パーティに間に合うかもしれないのに!」
「だってよ。アルフィオ、可哀想だ。初めての依頼人なんだしちょっとくらい待ってあげてもいいだろう?」
「は? いつの間にサッコマーニのこと名前で呼ぶようになったんだ?」
同じくそばで話を聞いていたラルフが関係のないことに眉を吊り上げた。
「いや、最初の依頼人だからこそこういう所はきっちりとしておくべきじゃないのか」
アルフィオは眼鏡をくいっと上げて無情に言い放つ。
彼の言い草に思わずカチンと来てしまった。
「このアルフィオの堅物!」
「なっ!?」
彼を睨み付けると、彼は顔を青褪めさせた。
「ガーン!」という文字が彼の顔に書いてあるのが見えるようだ。
「ハハハ、エルに嫌われちまったなぁオイ」
ラルフが馴れ馴れしくアルフィオの肩に手をぽんと置く。
「わ、わかった……ギルドマスターの決定に従おう……」
アルフィオはしおしおと萎れて、力無い声で言った。
「ということだ。代金はまた二週間後でいい。品物を持って行ってくれ」
「ありがとう、恩に着るよ! 必ず代金を支払いに来る!」
アルフィオとは反対に顔がツヤツヤして見えるほど上機嫌になった依頼人は、ピンクの髪を靡かせて華麗にギルドを去っていった。
「あの、ごめん。言い方が悪かった」
あまりにも悄然とした様子のアルフィオが気の毒になって謝った。
「いや、気にしてないとも。多分君の方が正しいのだろう。臨機応変な対応ができない私は駄目だな、ははは」
アルフィオは朗らかな笑みを浮かべてみせたが、どうにも空元気に見えた。
そうか、俺はアルフィオたちの上司なんだ。
ギルドマスターっていうのはそういうことだ。
言葉に気を付けないと簡単に彼らのことを傷つけてしまう立場なんだ。
全然意識してなかった。
また失敗してしまった。
俺のコミュ障はどうしても治らない。
「気にすることねーってエル! むしろもっと言ってやれ!」
重い空気の中、ラルフの笑い声が響いたのだった。
*
それから二週間。大きな依頼はあまり来なかった。
いなくなった飼い猫を探してほしいとか、そんな細々とした依頼が時折来る程度で、俺は暇な時間を過ごしていた。
それだけではギルド員に払う給料だけで赤字になってしまうので、何人かにはダンジョンに潜って魔物を狩ってもらっている。
あのピンク髪の青年はまだ料金を支払いに来てなかった。
「まあ、ぴったり二週間後ではないかもしれない。大体二週間後って意味かもしれない。きっと今週中には来るだろう」
そう言いながらも俺はやきもきしていた。
そして、遂に依頼人が来ないまま三週間が過ぎてしまった。
「……なあ、もしかして逃げられたんじゃね?」
ラルフの何気ない一言を、俺は否定できなかったのだった。
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