第16話 新米ギルドマスターの日常

 翌日。ラルフたちがゴールデントレントの枝を手に入れる為にダンジョンへと旅立った。


 俺はギルドマスターが覚えなければならないことをアルフィオに講義してもらったり、ギルド内の掃除をしたりしながら次の依頼人が来るのを待っていた。

 ちなみにサッコマーニ隊のみんなにはチラシ配りに行ってもらっている。


「あ、あの、隣の部屋の掃除が終わりました!」


 アーサーくんが箒を手に持って現れた。

 掃除を手伝ってくれていたのだ。

 彼は顔を赤くしてビシッと真っ直ぐに立っている。

 どうやら緊張しているようだ。俺がギルマスだからかな。


「ありがとう。もう休んでていいよ」

「そういう訳にも行きません! もっと貴方のお役に立たなければ!」


 アーサーくんは箒の柄をぎゅっと握り締めて俺を見つめる。

 もしかしたら俺の役に立たなければギルドを追い出されるとでも思っているのかもしれない。

 そんな心配しなくても大丈夫なのになあ。


「そうは言っても、今日はもう全部掃除しちゃったし」


 ギルドは決して小さい建物ではないが、暇に飽かせて掃除していたらいつの間にか全部終わってしまっていたのだ。リフォームしたばかりだからあまり汚れていないだろうに。


「そ、そうですか」


 アーサーくんは残念そうに肩を落とした。

 そして何か思いついたようにまた顔を上げる。


「じゃあ、あの……」

「うん、なんだい?」


 彼が言いたいことを言いやすいように、なるべく柔らかい笑みを作る。


「聞きたいことがあって、聞いてもいいですか?」

「もちろん。何でもいいよ」

「その……今回の任務に僕を選んでくれなかったのは何でなんですか?」


 アーサーくんは真剣な顔で俺を見上げた。

 うん? どういう意味だろう。

 特に選ばなかった意味はないんだけどな。


「もしかして、僕が子供だから体力がないと思ってるんですか?」


 なるほど、彼はそこが心配だったのか。

 見くびられてダンジョンに向かうパーティに選ばれなかったのかと。


「いや、それは違うぞアーサー」


 彼に椅子に座るように促しながら事情を説明する。


「今回の依頼にはラルフたちのパーティが最適だと思ったから彼らに行ってもらったんだ。パーティメンバーを入れ替えたり追加したりする必要は特にないと思った。ただそれだけだよ。特別君が力不足だと思った訳じゃない」


 優しく諭すように言った。


「……分かりました」

「大丈夫、次の依頼が来たらアーサーくんにもたっぷり働いてもらうよ」

「はい!」


 アーサーくんは元気に返事をしたが、まだ納得はいってなさそうに見えた。

 まあこれから実際に彼に仕事を任せることで安心してもらうしかないだろう。


「ところで、アーサーは何故冒険者に?」


 こんな小さな子供は本来なら親と一緒に暮らしているものだろう。

 それがどうしてメルランさんと一緒に冒険者などしているのだろう。


 というかそもそもアーサーくんとメルランさんの関係性はなんだろう。親子?

 メルランさんが若く見えるから今まで親子のような気はしていなかった。あと、この子の方がメルランさんよりしっかりとしているし。


「えっと……」


 アーサーくんの顔が暗くなる。


「いや、嫌なら言わなくていいんだ。ごめんな」


 そりゃ明るい理由な訳がなかったか。

 こんな話題を選んだ俺の方が馬鹿だった。

 これだから俺はコミュ障なんだ……。


「じゃあ、メルランさんとの関係は? 親子?」


 代わりにもう一つの疑問の方を口にした。


「いえ、メルラン師匠は僕の師匠です」


 師匠? なるほど。

 あれ、となるとアーサーくんはメルランさんに魔術を教わってるのか?

 確かメルランさんは魔術院の偉い人だったって言ってたから、魔術師なんだよな。


「じゃあアーサーくんも魔術師なのか?」

「あ、いえ、違います! 魔術なんてそんな難しいことできません!」


 アーサーくんはぶんぶんと首を横に振った。


「師匠には剣を教えてもらったんです」

「へえ、メルランさんは剣術もできるのか?」


 あの細腕で剣を振るうのか、と感心する。

 しかしアーサーくんはそれにも首を横に振った。


「いえ、師匠は剣はできません」

「え? でもメルランさんが剣の師匠なんだろう?」


 剣ができない人に剣術を教わったって、一体どういうことなんだ。


「その、何というか、心構えというか、そういうものを教わったんです」

「なるほど」


 彼はおたおたと狼狽えながら答えた。


 心構えを教わっただけであの軽い身のこなしだ。

 きっとアーサーくんには天性の才能があったのだろう。


「マスターは、何処で剣を習ったんですか?」

「え、俺?」


 今度は俺が狼狽える番だった。

 いや、だって剣術が使える人に転生したら使えるようになってただけだし。

 どう答えたものか。


「その……自主練?」


 苦し紛れにそう答えた。


「凄い、独学であれだけの技を身に着けたんですか!」


 アーサーくんは顔をぱあっと輝かせ、素直に感心してくれた。

 うっ、騙してるようで心苦しい……!


「マスターは戦いを求めてダンジョンに潜ったりしてたと他の方に話を聞きました。やっぱりそのように実戦の中で身に着けたんですか!?」


 そういえば一部の間で俺は戦いのために戦う修羅だという評判になってたっけ。

 うう、誤解が誤解を広げていく。


「何故マスターはそんなに戦いを求めてるんですか?」


 アーサーくんはキラキラとした純粋な眼差しで俺を見つめている。

 彼の機嫌はすっかり直ったようで何よりだが、その代わり彼の中の俺のイメージがとんでもないことになっていく。


「いや、その、それは……言えない」


 俺は下を向くことしかできなかった。


「……! ご、ごめんなさい」


 アーサーくんは慌てて謝る。


「マスターにも言いたくないことぐらいありますよね」


 どうやら何か深い事情があるものと思われてしまったらしい。

 俺はそれを否定することも出来ず、アーサーくんの勘違いを加速させたまま会話は終了してしまったのだった。


 *


 結局この日は依頼人は来なかった。


 晩、金鹿亭にて俺は黒すけの手入れをしていた。

 剣の手入れはしっかりやった方がいいらしいので、俺はあれから毎日黒すけの手入れを欠かさなかった。


「……!」


 丁寧に刃を拭いてやると、黒すけがカタカタッと揺れた。

 どうやら喜んでいるらしい。ふふっ、可愛らしい奴だ。


「よしよし、またダンジョンで一緒に戦おうな」


 黒すけに語りかけてやりながら、手入れを終えて道具をしまった。


 その時、ブーンと部屋の中で何かが振動する音がした。

 黒すけか、と振り返るが違う。彼は大人しくしている。

 他に何か独りでに震えるような物を俺は持ち込んでただろうか。


 あった。理学式魔導書デバイスだ。

 そうだ、そういえば夜寝る前に定時連絡するように決めてたんだった。忘れてた。


 手に取って通話モードにすると、理学式魔導書デバイスの画面にラルフの顔が映し出された。


「ウェーイ、エル見てる~?」


 ラルフは想像通りのハイテンションだった。

 ラルフの後ろに彼のパーティメンバーの女の子たちが見える。


「首尾はどうだ?」


 もうそろそろ眠くなってきて彼のハイテンションに付いていけないので、手短に聞いた。

 あくびが出ないようにしかめっ面になってしまっていたかもしれない。


「おっ、今日のエルは何だかクールだな。

 ゴールデントレントだが、流石にまだ見つからねえぜ。仮にもレアモンスターだからな」


 まあそりゃそうだな。

 見つかったならもう帰って来てる筈だもんな。


「魔石はいくつか発掘した。これくらいの大きさで依頼に使えそうか?」


 どうやら魔石というのは掘って見つけるものらしい。

 ラルフの手の中には大小さまざまな石があった。

 小指の先くらいの小さな小石から、親指と人差し指で作る輪っかぐらいの大きさのものまで。

 大きければ大きいほど色も鮮やかなように見える。


「この一番大きいのと同じくらいのがあと2,3個ほどあると理想的だな」

「おいおい、簡単に言っちゃってくれるなー」

「できるだろ?」


 魔石を掘るのがどれくらい大変なのかは知らないが、今日一日でそれだけ採れたのだからきっとできるだろう。そう思って俺はさらりと頼んだ。

 依頼人はきっとこの魔石を丸く削って実っぽくするだろうから、なるべく大きい方がいい筈だ。


「……っ、そ、そんな風に信頼されちゃー仕方ねえな!」


 画面の中のラルフは何故か照れているようだった。


「それなら頑張って魔石集めるぜ! もちろんゴールデントレントの枝もな!」

「ああ、頑張ってくれ」


 と言って通信が切れた。

 よく分からないが、ラルフが元気なようで何よりだ。

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