第15話 俺、経理に領収書を提出する

 ごくり。


 俺は扉を前に唾を飲んでいた。

 何故なら俺はこれからこの扉の向こうにいる人物にあるものを渡さなければならないからだ。

 そう、高額の代金が記された領収書を……!


「何やってんだ、早く入ろうぜ」


 一緒に来たラルフがあっさりと扉を開けてしまった。

 部屋の中ではこのギルドの経理担当、アルフィオ・サッコマーニが書類の整理をしているところだった。


「おや、新しい服か? 素敵だな」


 俺の黒いマントと帽子を見て、彼がにこりと微笑む。

 まさにこの新しい服とそれに加えてオーダーメイドで注文した服の領収書を持ってきたのだ。

 気が重い、絶対に「そんなの自分のお金で買いなさい」って呆れた顔で諭される……!


「あの、これ……買い物したんだけど……」


 ガクガクと震えながら領収書を差し出す。


「ああ、ありがとう。どれど、れ……」


 領収書に目を落とした途端、彼の笑顔が固まった。

 うっ、雷を落とされるかもしれない。


「綺麗に着飾るのもギルマスの仕事だろ、な?」


 アルフィオが口を開く前にラルフがフォローしてくれる。

 でもギルマスにそんな仕事はないと思う。


「いや、まあ……以前の格好はあまり、ギルドのマスターとしてはその、アレだとは思っていたが……」


 アルフィオが顔を歪めながら口にする。

 アレだと思ってたって何!? 俺の格好そんなにみすぼらしかったの!?


「そうだな、この……中古衣料品店で買ったのが今着ているものか。これくらいならまあ経費とも考えられるが、こっちの、オーダーメイドの方は……。ギルドのお金は皆から預かったものなんだ。だから、その……」


 彼が言いにくそうに言葉を選んでいる。

 申し訳なさに穴に入って閉じこもりたくなった。


「大丈夫だって、エルの服代なんてすぐに払えるくらい儲けられるだろ。さっきだってもう依頼人第一号がやってきたんだぜ」

「そうなのか! 早いな」


 依頼人が来たという報せにアルフィオはぱっと顔を明るくさせた。


「どんな依頼だったんだ?」

「ゴールデントレントの枝と魔石数個の採取だ。期限は二週間」

「なるほど、それなら手堅いな」


 アルフィオが頷くのを見て、自分の判断は間違ってなかったらしいとほっとする。


「それで前金はいくら貰ったんだ? 金貨で五、六枚くらいか?」

「……?」


 彼の言葉に首を傾げた。まえ……きん……?


「もしかして貰ってないのか?」


 アルフィオが眉を顰める。何か不味いことしちゃったかな。


「そうか、先に教えておくべきだったな。私の落ち度だ」


 アルフィオは眼鏡を一度外しレンズを拭くと、かけ直して俺を見据えた。


「依頼人から依頼を受ける時には通常、前払い金をいくらか貰うことになっている。場合にもよるが、全体の三分の一くらいかな。失敗したら報酬ゼロ、では安定しないからな」


 そうだったのか。大変な失敗をしてしまった……。

 しょんぼりと項垂れる。


「でも成功すりゃいいだけの話だろ? 依頼人も羽振りがよさそうだったから、払わずに逃げたりしないだろうしな」


 ラルフが俺の肩を持つ。


「それならいいのだが」


 アルフィオは眼鏡をくいっと上げて呟く。

 次からは同じ間違いをしないように気を付けよう……。


「それにしても初めての依頼だな。ギルドマスター、初めての仕事をするとしよう」


 アルフィオは空気を入れ替えるように、明るい声で言った。

 そうだ、気分を変えて頑張らなきゃ。


「俺は何をするんだ? 冒険に行く準備か?」

「まあ準備の一つと言ってもいい。依頼に赴くメンバーを選出してくれ」

「選出? みんなで行くんじゃないのか?」


 今までみんなでダンジョンに潜ってたのに、どうしてそれじゃいけないのだろうか。


「経理の観点から言わせてもらうと、それでは赤字になる。依頼でダンジョンに潜ったメンバーには給料が発生するからな」


 あ、そうか。なるほど。


「それに皆出払っては一度に一つの依頼しか遂行できない。次に来るであろう依頼に備えて待機しているメンバーも必要だ」

「分かった。要はなるべく依頼遂行に必要な最少人数になるようにすればいいんだな」

「かといって、人数を減らし過ぎて失敗しても骨折り損だぜ」


 アルフィオとラルフの説明に頷く。

 最適なメンバーを選ばなければならない。これは責任重大だ。


「じゃあ……考えてみよう」


 アルフィオたちも重々しく頷いた。


「まず、ゴールデントレントというのはどんなモンスターなんだ? どれくらい強い? 何が弱点だ?」


 俺は何も知らない。

 まず重要なのは冒険者としての先輩である彼らに話を聞くことだと思った。


「ゴールデントレントというのは、私たちが潜っていた階層よりも少し浅い所に出現するレアモンスターだ。全身が黄金に輝いているが、その身体は金属という訳ではなくあくまでも木だ」


「だから当然、火が弱点だ」


 なるほど。


「じゃあ魔術師をパーティに入れ……いや、違うか。燃やしてはいけないんだ」

「そうだ。燃やしては依頼人に頼まれた素材が採れない。いい所に気が付いたな」


 アルフィオがにっこりと微笑んでくれた。


「素材を採る為に最適な倒し方は、斬撃か? となると戦士をメンバーに入れるべきか」

「俺様もそれでいいと思うぜ」


 ラルフも賛同してくれた。

 よかった、この仕事は俺にも何とかやっていけそうだ。


「じゃあ……ラルフのパーティ四人に、お願いできるか?」


 ラルフの方を向いて頼んだ。

 彼が剣士だし、あと確か斧を持った子もいた筈だ。

 彼らのパーティがきっと最適だろう。


「お、やっぱり俺様たちを選んでくれると思ってたぜ! 俺様のとこのシーフは魔石を探すのも得意なんだ」


 ラルフが上機嫌に白い歯を見せて笑う。

 そうなのか、魔石を探すのが得意なら尚更彼らのパーティが適任だな。

 ところで魔石ってなに? 宝石みたいなもの?


「早速明日、出発してもらえるか?」

「ああ、全然大丈夫だ!」


 よし、これでメンバーが決まった。

 後は彼らが無事に依頼を達成するのを祈るだけだ。


「そういえば、エルは理学式魔導書デバイスを持っていたな」


 アルフィオが俺に聞く。


 これもまでもダンジョンの中で理学式魔導書デバイスを取り出して地図を見たりなどしたことがあるので、俺がそれを持っていることはギルメンなら知るところだ。

 理学式魔導書デバイスは最初はダンジョンの地図を表示してはくれないが、歩いた場所を記録してくれる。自分の足で歩けば地図が出来るという訳だ。


「私の理学式魔導書デバイスをラルフに貸そう。そうすればダンジョンに潜っているラルフ達と理学式魔導書デバイス間で魔素通信が出来るはずだ」


 聞き覚えのない単語が出てきた。


「魔素通信?」


「ああ。魔素というのは噛み砕いて言うと、空気中に含まれている魔力のことだ。魔素通信は本来ならば魔素が豊富な場所でしかできない限定なものだが、ダンジョンの中ならば常に魔素に溢れている。それを利用してラルフ達に連絡し、指示が下せるという訳だ」


「そんな機能があったなんて……!」


 知らなかった……!

 早く知っていればあの亜麻色の青年と連絡を……って、魔力がある場所じゃないと駄目なのか。

 第一俺のこの理学式魔導書デバイスは彼が持っていたものをくれたんだった。

 俺だけこれを持っていても連絡はできない。


「でも俺がいるこのギルドもその、魔素?が多い場所じゃないといけないんじゃないか? ここは魔素が多いのか?」


 アルフィオに尋ねる。


「いや、足りないな。だがダンジョンの中からこちらに通信する場合には問題ない。こちらから緊急の連絡をしたい場合も、魔素バッテリーを使うという手段もある」


 魔素バッテリー……その名の通り魔素を溜め込んだものなのだろう。

 こっちから連絡することもそんなにないと思うし、大丈夫だろう。


「ならダンジョンに潜っている最中はこっちから定時連絡することにするか。そしたらちょっとした用事ならその時に伝えられるだろ」


 ラルフはアルフィオから理学式魔導書デバイスを受け取りながら喋る。

 理学式魔導書デバイスって高そうなものだけれど、結構あっさり渡しちゃうんだな。

 いつも喧嘩してる二人だけど、冒険者としては信頼し合ってるのかな。


「定時連絡は魔除けを張っている時の方がいいよな。じゃあ魔除けを張って夜寝る前はどうだ? まあもしかしたら日を跨がないかもしれないけれど」


 戦闘中はもちろん、いつ魔物が襲ってくるか分からない時には連絡はしたくないだろう。だから定時連絡は魔除けの陣を張った時がいいだろうと思って提案した。

 ……ラルフなら戦闘中でも「ウェーイ、エル見てる~?」なんて言って連絡してきそうで怖い。


「おう、オッケー。それで決定だな」


 依頼達成に向けて、順調に話が決まった。

 ちょっと自信がついてきた。

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