第14話 最初の依頼人

「こんなのはどうだ?」

「いや、あの……俺にはちょっと派手過ぎるんじゃないか?」


 服飾店に着くなり、俺はラルフに着せ替え人形にされていた。

 次から次へと新しい派手な衣服をあてがわれていく。

 今は真っ黄色のジャケットスーツを着せられたところだ。


「うーん、確かにお前の髪色に合わねえな。それにマントも捨てがたいよな」


 と、今度は王侯貴族が着るようなもこもこのマントを羽織らされる。

 どうやらラルフは妥協を許さないオシャレさんのようだ。


「お前はどんなのを着たい?」


 このまま着せ替え人形にされ続けるのかと思ったら、俺の意見も聞いてくれた。


「俺は……」


 チラリ、と漆黒のマントに視線を投げる。

 するとラルフは片眉を上げる。


「エルってもしかして黒が好きなのか? でもお前の髪色でこのマント着たら見た目が重すぎて吸血鬼みたいだぞ? それはそれで威厳があるとは思うが……」


 う、駄目か。

 やっぱり俺のファッションセンスはゴミカスだった。


「そうだな、やっぱオーダーメイドしかねえな」

「え?」

「おい、店主!」


 聞き返す間も無くラルフは店員さんを呼んでしまった。


「こいつの髪色みたいな青いマントを作れ。純白のスーツ上下もだ。スーツは細身に作れ。その方が身体のラインが出てエロ……じゃなかったこいつの顔の良さが際立つ。軍服風に金の縁取りもな。ああ、せっかくだからそれに合わせた帽子も頼む」


 ラルフは勝手にあれこれと注文してしまう。


「ああ、あとそれだけだと印象が軽すぎるから、右肩に肩当ても頼む。右利きだったよな、エル?」


 彼がやっと俺に視線を戻す頃には、店員さんがメジャーを持ってきて俺の身体の採寸を始めていた。


「いや、あの……オーダーメイドって高いんじゃないか?」


 恐る恐る尋ねると、ラルフは不思議そうにきょとんとする。


「え? んなの経費で落としゃいいだろ?」

「け、経費!?」

「大丈夫大丈夫、サッコマーニの奴もお前のことなんだから気にしねえだろ」


 俺のことだと何が大丈夫なの!?

 ギルド開始初日から経理の頭を痛くさせるような領収書を作ることになるとは……とほほ。



 注文を終え、帰路につく。

 服が出来上がるのは数か月後のことになるそうだ。


 それまでの間着る服も必要だという事で、中古衣料品店で比較的綺麗に見えるマントと帽子も買った。

 俺の好みを考慮してくれたのか、黒い奴だ。ちょっと嬉しかった。

 金の留め金が印象を重すぎないようにしてくれている。


「なあ、ラルフ……」


 ギルドへと戻る道すがら、彼に話しかける。


「ん? なんだ?」


 彼が振り返る。彼の青髪が揺れた。


「その……この間の話だけどさ。ラルフのパーティに入るっていう」


 結局、ギルドを作ることになったので彼のパーティには入らなかったことになる。

 入らないと隣国に告げ口するみたいに脅されてた気がするけど、今はどう思っているのだろう。

 もしかして腹の底では「約束を反故にされた」と思っているのではないだろうか。


「ああ、今は状況が変わっちまったからな」


 彼はからりと笑っている。

 少なくとも表面上は気にしてないように見える。


「じゃあ……」

「ああ、大丈夫だって。自分のギルマスを売る奴が何処にいる?」


 良かった。隣国の兵士がいきなりギルドに乗り込んできたりすることはなさそうだ。


「まあ、でも」

「?」


 彼が悪戯っぽく笑ったかと思うと、肩を抱いて俺の身体を抱き寄せた。


「っ!」


 いきなり近くなった距離にドギマギする。


「お前を俺様のものにしたいと思ってるのは今でも同じだけどな」

「!?」


 『俺様のものにしたい』って……パーティメンバーにしたいって意味だよな?

 なんだかそれ以上の意味を感じてしまって頬が熱くなる。

 俺、無事でいられるのだろうか。


「さ、さっさと帰ろうぜ!」


 彼の身体がすっと離れる。

 自分の心音がバクバクと五月蠅かった。


 *


「なに、依頼人がもう来てる?」


 ギルドに戻るとそう言われた。

 なんでもチラシを受け取ってくれたその足でギルドに来てくれた客がいるらしい。


「やったな」


 ラルフがニカリと笑ってくれる。

 こんなに順調でいいのだろうか。

 嬉しさで腹の底がほわほわしてくる。


「せっかくだ、ギルドマスターが直接話を聞いてくれ」


 サッコマーニ隊の戦士のおっさんに促された。

 うっ、知らない人と話をするのか。

 でもそうだよな。俺もちゃんと働かないと。


 ギルドの受付に向かうと、確かにそこに依頼人が腰掛けていた。


「へえ、ギルドマスターってもっとおっさんかと思ってた」


 薄桃色の髪を掻き上げる仕草が気障ったらしい優男だ。

 見るからに良い身なりをしてるから、何処かの貴族の子息だろうか。

 絹製の上着の袖から、シャツの袖のヒラヒラが見えている。

 ああいうヒラヒラの服を着てるのは絶対貴族。漫画ではそうだった。


「さっそく依頼の内容を話しても?」

「え、あ、どうぞ」


 どういう口調で話すべきか分からず、どもる。

 う、いきなりかっこ悪いぞ俺……。


「恋人にプレゼントをせがまれてたんだけど、市場には出回ってない品だから半ば諦めかけてたんだよね。でも君たちがチラシを配っているのを見て閃いたんだ。そうだ、冒険者に頼めばいいじゃないかって」


 なるほど。そういうことなら皆にビラ撒きをしてもらった甲斐があるというものだ。


「その品とは?」

「そう、そこが問題なんだよ。僕のハニーったら何て言ったと思う?」


 聞いてくれと言わんばかりに依頼人は声のボリュームを上げる。

 皆目見当もつかないので、俺は話の続きを促す。


「何を欲しがったんだ?」

「『プロポーズされるならホーライフラワーを差し出されたい』、だってさ!」

「ほう……らい……?」


 それが何なのか分からずピンとこない。

 しかしそれとなく話を聞いていた戦士のおっさんやラルフは顔が引き攣っている。

 「信じられない」と彼らの顔に書いている。


「い、いやいや、流石にそんなものはうちのギルドじゃ採ってこれないぞ!」


 戦士のおっさんが慌てたように口を挟む。

 俺は不思議に思ってラルフにそっと尋ねた。


「ホーライフラワーってそんなに珍しいものなのか?」

「おいおい、元王様だと逆に物の希少価値に疎くなるのか?」


 ラルフが目を丸くしながらも、囁き声で答える。


「ホーライフラワーと言えば、ダンジョンの最下層で三千年に一度しか咲かないと言われている花だ。根は銀色に輝き、枝葉は金色。つける実には魔力が豊潤に含まれていて、真珠のように美しいという。流石に三千年に一度っていうのは誇張が入っているとは思うが、要するにそれくらい珍しいってことだ」


 うーん、確かにそれはうちのギルドには無茶ぶりだ。

 最下層に行けるかどうかすら分からないのに。


「いや、僕だってホーライフラワーそのものを持ってこいとは言わないさ。そんなの依頼料がいくらかかるか分かったものじゃない」


 とピンク髪のお坊ちゃんは否定する。

 良かったー。ほっと胸を撫で下ろす。


「ただ、似てる感じのものを作ることはできるんじゃないかなって」

「作る?」


 そんなものをどうやって作るんだろ。


「ゴールデントレントっていう全身が金色の木のモンスターがいるんだろ? そいつの枝をもぎ取って魔石をいくつかくっつければ、それっぽくなるんじゃない?」


 へーそんなモンスターがいるんだ。


「確かにゴールデントレントの討伐なら可能だ」


 戦士のおっさんが呟く。

 ホーライフラワーの偽物を送ってお坊ちゃんの彼女が喜ぶかどうかはともかく、それならうちのギルドで遂行可能な依頼なように思われる。


「じゃあ、依頼内容はゴールデントレントの枝と魔石の採取ということでいいか?」

「ああ! ハニーに早くプロポーズしたいんだ、出来れば半月以内に獲ってきてくれるかな?」


 戦士のおっさんがゴールデントレント討伐可能と言ったからには、きっと実際に倒したことがあるのだろう。

 なら彼らが潜ったことのある層に出現するに違いない。運が良ければ一日で獲って来られるだろう。


「ああ、大丈夫だ」

「良かった、このギルドに頼んで良かった! じゃあ二週間後にまた来るよ」


 依頼人は上機嫌でギルドを後にしたのだった。


 それと入れ替わるようにメルランさんが外から戻ってくる。

 この時間までビラ配りしてたのかなと一瞬思ったけれど、彼の顔が赤らんでいるのに気付いた。……どうやらサボって酒を飲んでいたようだ。


「おや、今のはカーブリング家の次男じゃないか?」


 メルランさんが後ろを振り返りながら聞いてくる。

 彼は顔を見ただけでさっきの依頼人が何処の誰か分かったようだ。


「ああ、記念すべき一人目の依頼人だ!」

「それは良かったなぁ」


 メルランさんも機嫌よさげにニコニコとしている。

 ギルドの順調なスタートに俺も胸が膨らんでいた。

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