第13話 光のアーサーくん

 中庭の練習場に移動し、俺はアーサー少年と対峙した。

 さっきは勢いで黒すけを抜いてしまったけれど、流石に真剣を使うのはどうかということになり、二人は木剣を構えていた。


「手加減はしない。全力でかかってくるといい」


 俺は本気で言った。

 アーサーくんが俺を見事に打ち倒してくれれば、ギルドの皆もアーサーくんがギルドの一員になることに文句はないだろう。

 口に出して言わないだけで、アーサーくんに懐疑的な視線を向けているギルドメンバーはラルフの他にもいる。

 アーサーくん、何とか俺をぶっ倒してくれ。


 だってギルドが建っているこの土地はメルランさん所有のもので、このギルドもメルランさん所有の建物をリフォームしてギルドにして、そしてそのメルランさんはアーサーくんの為にギルドを作ろうと思っていたのだ。

 ここでアーサーくんの加入を認めなかったら、メルランさんがこの土地から出ていけというかもしれない。

 そしたら一日で『黒山羊のねぐら』は解散だ。他にギルドを建てる金なんてない。


 そういった事情を考慮せずにラルフがアーサーくんの加入に異を唱えてしまったものだから仕方ない。

 こうなったらアーサーくんに実力を示してもらうしかない。


「分かりました。では行かせてもらいます」


 アーサーくんが木剣を握った手に力を込める。

 気合は充分のようだ。


「では、始めっ!」


 審判役のアルフィオがさっと手を上げた。

 試験開始の合図だ。


「はああっ!」


 アーサーが勢いよく突っ込んでくる。

 木剣を振り下ろすつもりだ。

 それを躱そうと、ひらりと横に跳ぶ。


「な……っ!?」


 それを見切ったかのように、俺が跳んだ方向にアーサーは刃を翻す。

 俺はすんでのところでそれを受け止めた。


「く……っ」


 木剣と木剣がぶつかり合う。

 この王さまの持った反射神経がなければ、対応し切れなかった。

 この少年……本当に強い!

 押し返さなければ!


「はッ!」

「うわ……ッ!?」


 力を籠めたら、なんか黒い波動が俺の身体から出てしまった。

 少年が吹っ飛ばされるが、空中で宙返りしてしゅたっと着地する。


 そっか、この黒いもやもやが出るのは俺の能力だから、木剣でも出ちゃうんだな。


「闇の魔力……ッ!」


 あれ、なんか少年の目の色が変わってない?

 というか少年自身が発光し出してない?

 アーサーくん内側から光り輝いてるんだけどどうした!?


 それに合わせて、光が乗り移るように彼の持っている木剣も輝き出す。

 まるで俺の能力の真逆だ。


「…よ……闇を……いたまえ……」


 何かブツブツと呟いている。


「おっと、これは不味いな」


 観戦しているメルランさんの声が聞こえた。


 アーサーくんが剣を掲げる。

 その刃がまるで伝説の剣であるかのように光り輝いている。

 ただの木剣とはまるで思えない。


「はあああああっ!!!」


 アーサーがその場で光剣を振り下ろした。

 わざわざ避けるまでもなく刃は俺には届かない。


「……ッ!?」


 と思っていたら光の線が剣から真っ直ぐ俺へと伸びてくる。

 ヤバい、避け……


 光線が目の前に迫り、視界が真っ白になる。

 そして――――バチンとその光が弾けて消えた。


「ふう、やれやれ。儂が結界を張らねばどうなっていたことやら」


 メルランさんが微笑する。

 その顔には冷や汗が浮かんでいた。

 彼が光線を寸前で止めてくれたのだ。


 *


「本当に申し訳ありませんでしたッ!!」


 アーサーくんが土下座をして謝る。


「いやぁすまないね。この子には闇の魔力を感じ取ると咄嗟に滅しようとしてしまう職業病があって」


 と説明するのはメルランさんだ。

 俺がうっかり闇の波動っぽいものを出してしまったから、アーサーくんの本能が反応してしまったらしいのだ。

 故意ではなかったとアーサーくんはさっきから頭を下げて謝っている。


「そんな職業病聞いたことねえよ。大体何の職業だよ、冒険者じゃねえのか?」


 鋭くツッコミを入れるラルフ。


「それはまあ、後々ね。それよりもアクシデントはあったけれど、アーサーの強さは充分だっただろう?」

「そりゃまあ認めるが、発作みたいにギルマスの命を狙うギルド員なんて問題外だろ!」


 ラルフもアーサーくんの強さは目の当たりにして認めてくれたらしい。

 身体を張った甲斐があったというものだ。


「それは大丈夫だ。さっきのは不意打ちだったから暴走してしまっただけだ。な、アーサー?」

「はい。ギルドマスターさんに闇の素養があることはもう分かっているので、次は衝動を抑えられると思います……!」


 抑えられなかったらまた襲い掛かってくるのだろうか。

 でも彼が反省して次は大丈夫と言っているのだから、きっと大丈夫なのだろう。


「アーサーくん」


 彼に優しく呼び掛ける。

 彼がビクリと顔を上げた。


「あの、僕は……」


 彼のその様子が、まるで前世で工場長に叱られている時の俺のようだと思った。

 やっと冒険者の仲間ができると思ったのに、肝心なところで大失敗してしまった。

 そう思ってるのだろうか。

 そんな彼に慰めの言葉をかけてあげたくなった。


「誰でもミスはある。でも、しっかりと反省しているなら大丈夫だ」


 と彼に言葉をかける。

 でもそれだけでは言葉が足りない気がした。

 俺が前世でこういう言葉をかけられた時は、「もし気を付けていても同じ間違いをしてしまった時は見放されるのだろうか」と絶望したものだ。


「それに、また同じことが起こっても大丈夫なように俺も対策をしておく。だから心配ない」

「……!」


 アーサーくんが顔を上げ、その蒼い目が潤み出す。


 や、やばい! 子供を泣かせてしまった!

 あわあわと懐からハンカチを取り出して、彼の頬に当てた。

 彼は真っ直ぐに俺を見上げている。

 潤んだ瞳が蒼い宝石のようだと思った。


「え、えっと、その……」


 子供の泣き止ませ方なんて分からない。

 どうしたものかとおどおどしているうちに、アーサーくんが鼻をすすり上げて口を開く。


「貴方のために、全身全霊で頑張りますっ!!!」


 彼が顔を真っ赤にしながら大声で誓った。


「いや、そんな大げさな……」


 そこまで重く受け止める必要ないのにな。

 どうやら相当真面目な子のようだ


「ふん……そこまで言うなら、まあいいか」


 ラルフが鼻を鳴らして、アーサーくんのことを渋々ながら認めてくれた。


 というかそもそもメルランさんは暴君時代の俺を知っているんだから、俺が闇属性のほわほわした物を出せるってことは知ってる筈だし、彼が最初から止めてくれれば良かったのではないか。


 そう思ってメルランさんに視線を向けると、彼は謝るように手を合わせ、声に出さずに口だけ動かして何か伝えようとしてくる。

 えーとなになに……ご、め、ん、わ、す、れ、て、た。


 わ、忘れてた!? 危うく命が危うかったのに「忘れてた」って!?

 俺が闇魔法を使えるということを忘れていたのか、アーサーくんの職業病の方を忘れていたのか、それともその両方か。

 メルランさん、いい人だとは思うんだけれど大幅に寝坊してきたことといい、いまいち頼りにできないというか何というか……。


 ともかく、アーサーくんの加入がこれで決まった。


「じゃあ、ギルド『黒山羊のねぐら』はアーサーを加えて総勢……えーと」


 全部で何人になるんだっけか。

 『サッコマーニ隊』が四人。『チョー強い俺様と仲間たち』が四人。

 ストーンヘンジが二人。そして俺を合わせて……


「十一人だな」


 アルフィオが先に教えてくれた。


「……総勢十一人となる。異論は無いな?」

「ああ」「ええ」「問題はない」


 ギルドメンバーたちが口々に賛成の意を表してくれた。

 反対意見がなかったことに内心でほっと胸を撫で下ろす。


「今日が新ギルド『黒山羊のねぐら』の活動初日だ。頑張ろう!」

「「「おうっ!!!」」」


 皆が声を合わせて答える。

 声の振動がビリビリと伝わってくることに感動を覚えた。


「それで……それで、まずは何をするんだっけ?」


 今日の予定を思い出せず、きょとんと首を傾げた。


「今日はまずチラシの配布だ。我々はまだギルドメンバーの数が少ないし、依頼人を集める為にも周知をしなければならない」


 アルフィオが眼鏡をくいっと上げて説明してくれた。

 流石経理! 頼りになる!


「チラシは事前に用意してある。さっそく配布に赴くとしよう」

「ああ」


 チラシを手に持って皆と一緒に外に出ようとする。


「おいおい、ちょっと待った」


 すると肩を掴まれて止められた。

 振り返るとラルフだった。

 先日彼と二人っきりになった時のことを思い出して、少し顔が強張る。


「仮にもギルマスだっていうのに、そんな格好のままでいるつもりか?」

「……?」


 そんな格好とはどういう意味だろう。

 自分の身体を見下ろす。

 特に変な所はない。古びた帽子にマント。ごく普通の旅装だ。


「ギルマスならもっと華やかな格好をしなきゃ駄目だろーが」

「そういうものなのか?」


 ギルマスはボロのマントを纏っていてはいけないらしい。

 でもこれ以外の服なんて持ってないしな。


「持ってないのか。ならこれから買いに行こーぜ。ビラ配りなんて下っ端にやらせとけばいいんだ」


 いいのかな。

 そう思うものの、ラルフに肩に手を回され、俺は流されるままに服飾店へと連れて行かれてしまったのだった。

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