第12話 俺たちのギルド

「んー……」


 ぐっと伸びをしてベッドから起き上がる。

 久しぶりの爽やかな目覚めだった。

 こんなにも晴れやかな気分である理由は明白だ。


「黒すけ、今日は俺たちの新しいギルドを見られるぞ」


 着替えて黒すけに声をかけると、刃が微かに震えたような気がした。

 彼もこの日が来たことを喜んでいるのだ。


 そう、今日は遂に完成した俺たちのギルド「黒山羊のねぐら」を見れるのだ。


 俺は意気揚々と出発した。

 大丈夫だ、前世は方向音痴だったけれど、今は理学式魔導書デバイスがあるから迷わない。


 ほどなくして無事に目的地に着いた。


「おおー、これが……」


 三階建ての木造の建物。

 その入口に「冒険者ギルド 黒山羊のねぐら」と名前が掛かっている。

 自分の考えた名前がそこにある。

 それだけで胸が熱くなってしまった。


「全員揃ったようだな」


 アルフィオの声。

 気が付くと『サッコマーニ隊』と、ラルフの『チョー強い俺様と仲間たち』のメンバーが揃っていた。


「メルランさんは?」


 ラルフに尋ねる。


「まだ待ち合わせ時刻には少し早いからな。もう少ししたら来るんじゃねえか?」


 ラルフは肩を竦める。

 確かにそのようだ。


「じゃあ、先に中を見ておこう」


 提案すると、皆が賛同して頷いてくれた。

 おお、本当にギルドマスターになったみたいだ。


 まず見るのは最上階、ギルドマスターの部屋だ。

 つまり俺の部屋だ。


「おお……!」


 外の景色を見渡せる大きな窓に、シックな執務机。

 すごい、まるで偉い人になったみたいだ。

 いずれこの机の上にどんと書類が積まれるようになるのだろう。


「今は書類棚くらいしかないから、他に本棚など必要な場合は適宜増やしていった方がいいだろうな」


 ギルドマスターの部屋を見回してアルフィオが一言。


 サブマスターの部屋は同じ三階にある。

 ギルドマスターの部屋よりは少し小さいが、充分な広さがある。

 この部屋の主になる予定の人間はまだ到着してない。


 そう、メルランがサブマスターだ。


「あんな胡散臭い男をサブマスターにして良かったのか?」


 ラルフが呟く。


「だから胡散臭い男ではない! 魔術院の元院長だぞ!」


 ラルフの一言にアルフィオが噛み付く。


「大丈夫……だと思う。あの人は信用できると思う」


 一回クエストを一緒に攻略しに行っただけだけれど、そう思えた。

 だって彼は俺の正体を知ったけれど、誰かのように脅したりしなかった。

 それどころか好きに生きていいと言ってくれた。

 だから、彼はきっと信じていい人だと思う。


「ふうん。まあマスターがそう言うならいいけどよ」


 ラルフは肩を竦めると、それ以上文句を言うことはなかった。

 彼なりに譲歩してくれたのだろうか。


 その次は二階の一室へと赴く。


「机に書類棚に……これは算術の為の道具か?」


 ラルフが机の上にあった算盤を示して尋ねる。


「ここはどういう役職の為の部屋なんだ?」

「事務仕事全般の為の部屋らしいけど、強いて言うなら経理の部屋かな?」


 メルランさんから事前に見せてもらっていた見取り図を思い出しながら答える。


「へえ、経理って誰がやるんだ?」

「私だ」


 アルフィオ・サッコマーニが一歩前に進み出る。


「は? はああああああっ?」


 ラルフがアルフィオのことを指さして大袈裟に驚いたのだった。


 そう、俺はあの日アルフィオに経理をしてくれないかと頼んだのだ。


「俺の……経理係になってくれないか?」

「……それを言うなら、『"ギルドの"経理係になってくれ』じゃないか?」

「あ、そうか」


 そんな会話を交わして彼に頼んだ。

 ギルドのお金を扱う大切で責任重大な仕事だけど、彼になら任せられると思ったのだ。


「なんでコイツが経理を頼まれて、俺が役職無しなんだよ! おかしいだろ!」


 ラルフが叫ぶ。

 そんなこと言われても、彼に任せるべき役職が特に無かったしなあ。


「ふん、日頃の行いだな」


 アルフィオがふんぞり返って胸を張る。

 ちょっと子供っぽい張り合いをする彼が可愛らしかった。


「くっそー……!」


 よほど悔しかったようで、ラルフはそれからずっとブツブツと文句を垂れていた。


「次は一階、受付だ」

「おおー!」


 サッコマーニ隊やラルフのパーティのメンバーたちが感嘆の声を上げる。


 依頼者からの依頼をギルド員が受付するカウンター、仕切りの向こうの整然と並んだ事務机。

 そこから少し離れて冒険者などがくつろぐ為の木製のテーブルと椅子。

 壁には大きな掲示板。


 これが、全部俺たちの――――。


「国営ギルドと違ってフリーの冒険者とはやりとりしないからカウンターの数とかは少ないけれど……でも、凄い。ちゃんとギルドだ」


 俺だけじゃなく、皆やっと自分たちのギルドを持ったという実感が湧いてきたようだった。

 感極まったような、奮い立っているような何とも言えない表情を皆一様に浮かべている。


「そりゃ、ギルドだろうがよ」


 そんな風に笑うラルフも、瞳の奥に感動を湛えているように見えた。


 *


 それから待つこと一時間、待ち合わせ時刻を大幅に過ぎてメルランさんはやっと姿を現した。

 それも一人の小さい子に引っ張られるようにして。


「やあすまない、この子が少し寝坊してしまってね」

「何を言ってるんですか、寝坊したのは貴方でしょう! 僕に罪を押し付けないで下さい!」


 小さい子の方は十歳過ぎくらいだろうか。金髪碧眼の綺麗な子だ。

 メルランさんを引っ張りながらも、彼の乱れた衣服を隣から整えてやっている。

 どちらかというとこの少年の方がメルランさんの保護者のような有様だった。


「ええと、なんだそのガキんちょは……?」


 ラルフは突然の見知らぬ子供の登場に戸惑っている。


「は、挨拶が遅れました。僕は冒険者パーティ『ストーンヘンジ』の一員、アーサーと言います!」


 アーサーと名乗った少年は堂々とした大きな声で挨拶をすると、腰を曲げて礼をした。

 しっかりと腹に力の籠ったよく通る声だ。

 まるで冒険者というよりも騎士見習いの貴族の子弟のようだった。


 『ストーンヘンジ』のもう一人のメンバーがこのアーサーくんか。


「この子、こう見えてももう剣の腕前は一流なのにね。見た目で判断して他の冒険者が組んでくれないから、いっそのことギルドを立ち上げようと思ったのさ」


 そうか、メルランさんがギルドを立てたがっていたのはこの子のためなのか。


「いやいやいや、流石にこんなガキは足手まといだろ!」


 ラルフが声を上げる。


「すぐには信じてもらえないかもしれませんが、僕の剣の腕は本物です」


 アーサーはラルフの目を真っ直ぐに見据えて言った。


「そんなこと言ったって、実際にダンジョンに潜ったら魔物が怖くて泣いて帰るかもしんねえだろ?」


 ラルフは言葉だけではアーサーの加入に納得がいかないようだった。

 彼もストーンヘンジのもう一人のメンバーがこんな小さいとは思ってもみなかったのだろう。


 このままでは二人が喧嘩してしまうかもしれない。

 ここで何とかしなければ、最悪の場合せっかく新設したギルドが初日で解散してしまうかもしれない!


「ラルフ、アーサー」


 二人の間に歩み出る。


「ギルドマスターからもしっかり言ってやってくれよ。うちのギルドにお子様はいらないってな」

「マスターさん! 信じて下さい!」


 二人の視線が俺に向けられる。

 怯みそうになるのを何とか堪えて、口を開いた。


「確かに、実力も定かではない者をギルドに入れる訳にはいかない」

「そんな……!」

「だから、俺が直々にテストしよう」


 俺は黒すけを腰から抜くと、アーサー少年に構えたのだった。

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