第11話 身バレと書類仕事
「やはり中身が変わっているのだな」
メルランは真っ直ぐに俺を見ていた。
中身が変わっているというのは、どう見ても俺のことを言っている。
バレてた!? しかも中身が王様じゃないことまでバレてる!?
「ど、どうして……?」
冷や汗を流しながら尋ねる。
「ふふ、言ってなかったがな。そもそも儂とエルフリート陛下は知り合いなのだ」
うわぁあああーっ!! 最初から詰んでる奴じゃん!!
『俺は貴方のことをよく知らないのだが』ってはっきり言っちゃったよ!
どうにも言い逃れのしようがないよ!
知り合いだと思ったから、この怪しい優男は酒場で唐突に話しかけてきたのだろうか。
あ、もしそうならちょっと悪いことしちゃったな。
知り合いに話しかけたのに「あんた誰?」って感じの反応されたら、俺ならへこむ。
「なら、どうするんだ? 俺を隣国に突き出すか?」
「いや? 中身が違うなら、そなたは
メルランはふわりと微笑んだだけだった。
「え……? いや、なら何故わざわざこの依頼を俺と?」
「もう忘れたのか? 聖獣の仔を届けるのに心の清い者が必要だったからだよ。それだけだ」
本当に用事はそれだけだったみたいだ。
ついでに
「まあ、もしあの暴君が冒険者に扮して何かを企んでいるのなら事前に手を打たねばとは思っていたがのう。その心配もなくなったのだから、もう儂から言うことは何もない」
「じゃあ、ギルドを立てたいっていうも言い訳だったのか?」
「いやいや、それは本気だぞ? この依頼の達成を報告すればシルバーランクに上がれるだろう。だから頼んだぞ、我らのギルドマスター」
くすりと微笑むと、メルランはひらりと箒に跨った。
そしてすいーっと浮かんで飛んでいく様子に俺は見惚れてしまった。
「って、俺を置いてかないでくれ! また蜂が出てきたらどうするんだ!」
ハッと気が付くと、俺は死ぬ気で彼の後を追いかけたのだった。
*
「それで、ギルドの名前はどうするんだい?」
無事、シルバーランクに昇格し、ギルド設立の為の諸々の細々とした書類をやっつけている時のことだ。
サッコマーニが聞いてきた。
ちなみに宿で書類に記入をしているのだが、ラルフやメルランらはいない。
ラルフは書類仕事が面白いと思えなかったようだし、メルランは何やら忙しいみたいだ。
だから今日はサッコマーニと二人きりだ。
「ううん……まだ思いついてないんだ」
「それならそれぞれのパーティの名前を混ぜるというのはどうだ? よく取られる手法だ」
「それぞれのパーティというと……」
サッコマーニの『サッコマーニ隊』。
ラルフの『チョー強い俺様と仲間たち』。
そしてまだ見ぬメルランの『ストーンヘンジ』パーティ。
メルランのストーンヘンジパーティは、メルランを含めてたった二名しかいないらしい。
この三つを掛け合わせると……サッ……チョー……ヘンジ。
サッ・チョー・ヘンジか。うん、やめとこう。
どう足掻いてもかっこいい名前にはならない。
「駄目か。なら、君にちなんだ名前にするのは? ギルドマスターにちなんだ名前にするのもよくある話だ」
俺にちなんだ名前か。それならいいかもしれない。
しかしそれはそれで難しいな。
俺にちなんだ名前って、どんなのになるだろう?
元の世界の事……はこちらには持ち込みたくないな。
俺はこの世界で新しい人生を生きることにしたんだ。
前の世界のことはあまり思い出したくない。
ならこの世界での俺にちなんだ名前にしよう。
でも、この世界の俺のアイデンティティって?
分かりやすいのはあれだ。『強欲の黒山羊』という二つ名。
でもそれをそのままギルドの名前にしたいとは思わないし、それに隣国にすぐ俺の存在がバレてしまう。
その一部分だけを流用して……
「『黒山羊のねぐら』、というのはどうだろう?」
「それはいいな。とても君らしいと思う」
サッコマーニは爽やかに笑って頷いた。
俺らしいというのはどういう意味だろう。
彼は俺の正体を知らない筈だが。
自分でもこの名称の何処に俺らしさがあるのか分からない。
「うん、これで項目がすべて埋まったな」
彼が手伝ってくれたおかげで遂に書類をやっつけられた。
ギルドの住所はメルランさんの持て余していた土地だ。
そこの空き家を改装してこれから俺たちの冒険ギルドにするのだ。
よく分からないが公式な書類に張らなければならない特別な
サッコマーニが手伝ってくれなければ、俺はこれらの作業を終えることは到底無理だったろう。彼には本当に感謝している。
俺はこの街で亜麻色の髪の青年と再会するのを待つだけのつもりだったのに、何でこんなことになっているのだろう。気が付いたらこうなってしまっていた。
でももう皆が新しいギルドの設立を喜んでるから、ここで逃げ出す訳にはいかない。
何でも自分たちのギルドを立ち上げることは、安定的な生活を望む冒険者にとっては憧れらしい。
まず直接依頼者とやり取りをするので報酬が多くなる。素材の売却も同じく。
まったく報酬を得られない期間があっても、必要最低限の給料はギルドが保証してくれる。
怪我をしたらギルドが手当をくれる。
二度と冒険者を続けられなくなるような大怪我を負っても、事務員として働ける。
等の理由からだ。
まあその代わりにギルドに縛られるから、自由を好む冒険者はフリーのままで居続けるらしい。
ギルド勤めになったら気軽にふらりと旅に出たりとかできないもんね。
「後はこれを提出して首尾よく承認されればいいがな」
「抜けがないかもう一度確認しとこう」
自分が抜けていることを自覚している俺は、書類の山にもう一度目を通す。
だが堅苦しい文章で書かれた文字の壁に眩暈がしてくる。
サッコマーニも書類に目を通しているが、彼の目は一定の間隔で左から右へと文字を追っている。
目が泳ぐ様子はない。流石だ。
「サッコマーニは普段から難しい本とか沢山読んでるのか?」
「アルフィオでいい」
サッコマーニ、いやアルフィオは顔を上げてにこりと微笑む。
そういえばサッコマーニは姓だった。
アルフィオって名前だったんだな。
「俺はエルだ」
「ああ、ラルフにそう呼ばれていたな」
三人集まった時にラルフが俺の名前を呼んでたっけ。
「確かに魔導書は読んでいるが、こういう公的な文書の難しさとはまた質が違うからな」
「じゃあ、集中して読めるのはアルフィオが天才だから?」
俺の言葉に、アルフィオは「くっふふ」と笑みを零す。
「そうじゃあない。私が一生懸命になれるのは……単に、君の前だからだ」
アルフィオは眼鏡をのつるをくいっと上げて笑む。
「?」
俺は彼の言葉が何の比喩なのか理解できなかった。
曖昧に微笑んで理解した振りをしておく。
「あの日、君が何処からともなくやってきて華麗にジャイアントキマイラを倒してくれた時。痺れたよ。君が物語に謳われている英雄のように見えた。窮地に陥った人々をその身一つで助ける、そんな英雄に」
彼の過剰な誉め言葉に頬が熱くなる。
俺は首の一つを落としただけで、あのデカキメラを倒したのは後衛のみんなだし。
それに俺ならアレに勝てると思ったから助けに入っただけだし。
そんな大したことはしてない。
「だから――――そんな君の助けになれるのなら、私は本望だ」
アルフィオが俺のことをそんな風に思っていたなんて知らなかった。
思えば随分と熱い視線を注がれている気がする。
どうしよう、急に恥ずかしくなってきた。
「そうか。じゃあ、その……頼みがあるんだが」
「なんだ? 何でも言ってくれ」
彼になら言いにくい頼み事もできる。
俺は勇気を決して口にすることにした。
「俺の……――――になってくれないか?」
「え?」
アルフィオは、目をぱちくりとさせた。
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