第10話 森の聖獣を鎮めろ

 前回のあらすじ。

 ギルドを作った方が良さそうだが、ラルフとサッコマーニのどちらをギルマスにしてもヤバそう。


 二人を前に脂汗を流して思い悩んでいると、ふとメルラン氏と目が合った。


「?」


 メルラン氏はふっと微笑む。

 え、何その意味ありげな視線。どういうこと!?


 ……もしかして「お前の連れだろ、どうにかしろよ」ってことか!?

 別に俺、二人と付き合いが長い訳じゃないんだけどな!?


 でも、この場を収められるのは俺しかいない、よな……?


「二人とも」


 ラルフたちに声をかけると、二人とも俺を振り向く。


「おう、どうしたエル」

「君も私が正しいと思うだろう?」


 二人のどちらかを選ぶのでは問題は解決しない。

 三つ目の選択肢が必要だ――――。


「いや、どちらでもない。俺がギルドマスターをやろう」

「「!?」」


 二人とも驚きに目を見開く。

 だ、駄目……だろうか。


 口に出した後ですぐさま後悔が襲ってくる。

 ラルフよりも俺の方が細々とした仕事なんて出来なさそうに見えるよな、とか。

 まだ二人に出会って日も浅い俺をギルマスにするんじゃ、メルランとかいう人をギルマスにするのとそう変わらないと思われるかもしれないとか。

 そもそも俺が人の上に立っていいんだろうかとか、諸々。


 なんでギルドマスターやるなんて言い出したんだ俺は。

 ちょっと焦ってたんだ。


 やっぱり、撤回しようか。

 そう思いかけた時だった。


「それはいい案だ!」

「俺もエルがギルドマスターなら、まあいいぜ」


 二人がパッと顔を輝かせて、俺の提案に頷いてくれたのだった。


「ほ……本当か?」


 信じられない思いで目をぱちくりさせる。

 え、だって俺がギルドマスターだよ? 本当にいいの?


「ああ、勿論だとも」

「嘘を言ってどうすんだよ」


 ラルフとサッコマーニは二人してニカッとそっくりな笑みを浮かべた。

 途端に胸の中がじんわりと熱くなってくる。

 あれ、なんだろう。何でこんなに嬉しいんだろう。


「話は決まったようだな」

「あ……でも」


 俺はそこで自分の提案の落とし穴に気づいた。


「俺、シルバーランクとかそういうの無いんだけど、ギルドマスターがシルバーに届いてなくてもギルドって作れるもんなの……?」

「いや、創れないな」


 メルラン氏が首を横に振った。


 ガーン、駄目だった!

 これじゃ振り出しだ!


「そこで儂の出番だ。ここらで何かしら力になって好感度を稼がねばな」

「え、何かしてくれるんですか?」


 途端にこの赤ら顔の酔っ払いがいい人に見えてきた。

 我ながら現金だと思う。


「ああ。儂が手伝ってやるから、依頼をこなしてとっととシルバーランクになってしまおう」


 メルラン氏はにっこりと笑って言った。


 *


 なんで……なんでこんなことになってるんだ俺は!?


「うわぁあああああああーーっ!!!」


 俺は蜂型のモンスターに追われ、森の中を死ぬ気で走っている。


「おぬしの実力なら逃げ回ることもなかろう」


 メルラン氏は不思議な顔をしながら、俺の横を箒に乗ってふわふわ優雅に浮いている。


「だ、だって、虫は苦手なんだよっ!」


 崖まで追い詰められ、俺は涙目で振り返る。

 大きな蜂のモンスターがすぐそこまで迫っていた。


「仕方がない。儂が何とかしてやろう」


 メルランは箒から地面に下りると、手に持った箒を蜂たちに向かって構える。

 今この場では彼ほど頼もしい存在はいなかった。


「それっ!」


 特に呪文の詠唱をした様子もなく、彼が箒を一振りするだけで蜂たちは風に吹かれて何処かへ飛んでいってしまった。


「す、すごい……!」


 もう蜂たちの姿は見えない。

 魔術師ってよく分からないけど凄いんだな。


「さて、依頼の内容は『森の聖獣を鎮める』だ。蜂なんぞにかかずらってる暇はないぞ」


 メルランさんがオレを振り返る。

 今日のメルランさんはもちろん酔っぱらってないし、顔が赤らんでもいない。

 日の光の下で彼を見ると、妖しいまでの色気よりもむしろ清浄な美しさを感じた。


 通常、ブロンズランクにすら届かない人間が高ランクの依頼を受けることはできない。しかしこうしてゴールドランクの人と一緒なら、例外的に受けることができるのだ。


 街にほど近いこの森は、ここに棲む聖獣のおかげで強い魔物もおらず穏やかなものだった。

 ところが最近、何故か聖獣が荒れて人を襲うようになってしまったらしい。

 聖獣には並大抵の冒険者では太刀打ちできない。だから高ランク依頼なのだ。


「森の聖獣って、どんなもの何だ?」


 冷や汗を拭きながら尋ねる。

 俺の頭の中には先日倒したクマライオンのようなものは浮かんでいた。


「ふむ。森の聖獣はな、蹄を持つ四足の獣で、馬によく似た姿を持つ。姿は純白で、頭には一本の角を生やしている」

「へえ……」


 頭の中のイメージはクマライオンから綺麗な白馬へと変わる。

 頭に角がある馬って、それつまりユニコーンだよな。


「それを倒しちゃうのか? 何だか可哀想だな……」

「ふふ、そうとも限らんさ。そういう返答をするおぬしがいるのならな」

「?」


 メルランの言葉にハテナを浮かべながら、俺たちは森の奥へと進んでいった。


「む、そろそろだな」


 メルランが木の肌を撫でながら呟く。

 よくよく見ると彼が触れている木には大きな傷がついている。

 どうして彼が触れるまで気づかなかったのだろうと思うくらい大きな削られたような跡だ。


「ここで角を擦り付けた跡だ。とても新しい。すぐ近くにいるぞ」


 彼の言葉にハッとして辺りを見回す。何処だ……!?


 パキッ――――。


 枝の折れる音を耳が捉え、素早くそちらを向く。


「っ」


 いた。

 純白の一角獣が真っ直ぐこちらを睨み付けている。

 その瞳には怒りが籠っているように見えた。


「クルゥルルルルッ!!!」


 音叉を何重にも叩いたような不思議な嘶きが森に響く。

 そして聖獣はこちらに向かって突進してきた!


「わ、わっ」


 剣を構えるべきか困惑する。

 こんなにも美しい生物を斬ってしまっていいのだろうか。

 この獣がいなくなったら、この森はどうなるのだろう。

 何とかして気絶させるだけに留められないだろうか。


「クルッ、クルゥ……」


 そんな風に逡巡していると、突進していた聖獣の速度がだんだんと落ちていく。

 減速して、遂にはトボトボと歩くだけに変わってしまった。


「ルルゥ……」


 そしてとても悲しそうな鳴き声を漏らして、何かを訴えるように俺を見つめるのだ。

 俺はこの一角獣のことが何だか可哀想になってしまった。


「よ、よしよし。どうしたんだいお前?」


 うなだれた白馬の頭におずおずと手を伸ばして撫でる。

 たてがみがふわふわと心地よかった。

 この可愛い生き物を退治してしまうなんて俺にはできない。


「うむ、お主ならば聖獣の気を落ち着かせることができると思っておったぞ。儂だけでは近寄ることができなんだ」


 にこにこと近寄って来るメルランに、聖獣はビクリと身体を竦ませる。


「よしよし、大丈夫だ。この人は俺の仲間だからな」


 囁きながら宥めると聖獣は少し落ち着くが、油断なくメルランのことを見つめて警戒している。


「そう警戒するな。そなたの仔を返しにきただけだ」


 メルランは地面に鞄を下ろすと、ごそごそし始める。

 大して中身が入ってなさそうに見えたのに、その入口から結構大きなものが出てくる。

 そうか、彼の鞄は異次元バッグなのか。


「くるっ、くるぅるるっ!」


 やがて姿を現したのは真っ白な仔馬だった。

 その頭には小っちゃい一本の角が生えている。


 仔馬は聖獣の姿を捉えると、一目散に駆け寄っていった。

 聖獣も嬉しそうに仔馬に頬を擦りつける。

 その仲睦まじい様子に、彼らは親子なのだと理解した。


「どうやら密猟者が彼から仔を奪っていったようでな。それで聖獣は怒りで暴れていたのだ。これで聖獣もこの森も元通りになるだろう」


 メルランはにっこりと呟く。

 なるほど、彼は事前に密猟者から仔馬を取り返しておいて、異次元バッグに入れて持ってきたのか。

 生き物も入れておけるなんて知らなかったな。


「それにしても何で聖獣はいきなり大人しくなったんだ?」

「聖獣は清い心の持ち主にしか心を許さぬ。だからだ」


 清い心の持ち主……面と向かって言われて気恥ずかしくて口端がふにゃふにゃになる。


「以前、とある強欲な王に捕らえられた聖獣が献上された時には、聖獣は暴れて仕方なかったそうだ」

「――――え?」


 その強欲な王って、まさか……


「やはり中身が変わっているのだな」


 メルランは真っ直ぐに俺を見据えて言った。

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