第9話 紫雲のメルラン

 三日後、俺はラルフをとある酒場に呼び出した。

 彼と一緒に買い物に行った時に夕食を食べた酒場だ。


「よお、エル。心は決まったか?」


 待ち合わせ時間の少し前にラルフが現れ、席に着いた。


「ああ。身の振り方についてしっかり考えてきた」

「へえ、そうか。それは是非結論を聞かせてもらおうかな」


 酒場の喧噪の中、ラルフはいつにも増して機嫌良さげににこにことしていた。

 もし返事が「NO」ならわざわざ呼び出さずにこっそり逃げ出すからとでも思っているのだろう。


「その前に、もう一人来る予定なんだ」

「へ? もう一人?」


 噂をすれば何とやら、ちょうどその時待ち合わせをしているもう一人が姿を現した。


「やあ。素敵な提案があると聞いてきたのだが」

「げぇ、サッコマーニ!」


 ラルフが天敵でも目にしたかのように声を上げる。

 そう、やってきたのはサッコマーニ隊のリーダーその人だ。


「な、なんでコイツが……!?」

「我々とラルフのパーティの二つが関わる話だというが、私も気になる。聞かせてくれるか?」


 上手く行くだろうか。

 胸の中は不安でいっぱいだが、俺は堂々と胸を張った。

 だって見た目は器量の整った美青年なのだから、外面だけでも繕うことはできるはずだ。


「ああ――――俺は、ラルフのとことサッコマーニ隊の両方のパーティに所属したいと思っている」

「……?」


 二人ともぽかんとしている。

 あれ、俺相当おかしなこと言っちゃったかな?


「それは、例えば午前中はラルフのパーティメンバーとして活動し、午後は私のパーティメンバーになるみたいな事か?」


 サッコマーニが質問してくれた。


「いや、そうではなくて二つのパーティは一つの大きなパーティとしてやっていけるのではないかと思う。俺は先日君らと一緒に行動していてそう思った」

「なるほど、そういう意味か」


 ラルフは腕組みして顔を顰める。

 この提案が気に入らないのだろうか。


 でもこれなら彼の誘いを蹴ったことにはならない、はずだ。

 それにサッコマーニ達も一緒にいてくれるなら、あまり彼が変なことをする隙はないだろう。

 俺としても彼らとダンジョンに潜れるなら安全に冒険ができる。


「つまり、小さな私営ギルドを作るみたいなものか」


 サッコマーニが頷く。


「え? いや……そうなのか?」


 違うと思うけれど、そうなのだろうか。

 私営ギルドについて軽い説明はしてもらったけれど、どういう存在なのか今いちよく分かってない。


「私営冒険者ギルドを立ち上げるには、まず国営ギルドにシルバーランク以上の冒険者だと認められる必要がある。ギルドの乱立を防ぐ為の決まりだ」


 ラルフが付け加えて説明してくれる。

 俺が何にも知らない奴だってことを彼は知っているから、説明してくれたのだろう。


 それにしても国営ギルドはフリーの冒険者たちをランク付けしているらしい。

 シルバーランクってことは、その下がブロンズでその上がゴールドかな?


 俺はその何とかランクっていうの認めてもらった覚えがないから、ギルドを立ち上げられないということか。

 いや、ギルドを作るつもりはないんだけれど。


「何やら面白い話をしてるではないか。ギルドを立ち上げるのだとか?」


 え?


 聞き覚えのない声に振り向くと、そこには赤らんだ顔の酒臭い酔っ払いがいた。

 なんか変な人に絡まれたー!?


 酒臭い酔っ払いはよくよく見ると顔立ちの整った優男で、紫色の長髪をシニョンのように結っている。

 涼やかな切れ長の瞳のせいで、酒臭い吐息の一つ一つが艶っぽく見えてしまう。


「え、いや、そういう話なのかどうか確認している所で……」


 酔っ払いイケメンは胸元が大きくはだけているが、首から下げている金色のタグがその胸元に見えた。


「おい……あいつゴールドランクだぞ」


 ラルフがひそひそと呟く。


 どうやらあのタグで冒険者のランクを識別しているらしい。

 そういえばラルフとサッコマーニは銀色のタグを付けている。

 二人はシルバーランクなのか。


「いやいや、どうせなら細かいことを言わずギルドを立ち上げてしまった方が早い! そうこう言う儂もちょうどギルドを立ち上げようと思っていた所だったのだ」


 酔っ払いはニッカリ笑って謎の勧めをする。

 それで俺たちとあんたの間に何の関係があるんだ?


 そう思った時、サッコマーニがガタリと椅子から立ち上がった。

 お? 横暴な酔っ払いをガツンと叱りつけるのか?


「も、もしや貴方は魔術院の元院長のメルラン氏ではっ!?」


 と思いきやそんなことを彼は叫んだのだった。

 え? 誰それ? 魔術院ってなに?


「魔術院とはこの国の魔術教育の最高学府だ。魔術師は皆そこに入学するのに憧れて入学金を稼ぐために冒険者としてダンジョンに潜る。……いや、皆は言い過ぎたな。研究費の為に冒険者をやってる魔術師もいる」


 俺とラルフが二人揃って顔にハテナを浮かべていたので、サッコマーニが説明してくれた。


「ああ。そういえば院長なんて面倒くさい役職に就いたこともあったかな」


 当のメルラン氏と呼ばれた酔っ払いは何処吹く風だ。


「つまり、コイツは何だかよく分からんが偉い人ってわけか?」

「恐ろしく雑な理解だが……まあラルフだから仕方ないか」

「俺だから仕方ないってどういう意味だよ!?」


 どうしよう、俺もラルフと同じく雑な理解しか出来ていない。

 とにかくこのメルラン氏が意外に偉い人なんだってことしか分からなかった。


「それでどうだろうか。儂と一緒にギルドを立ち上げてみないか?」

「……貴方だけで立ち上げればいいのでは?」


 偉い人らしいので一応敬語を使う。


「いやいや、そういう訳にはいかなくてな。土地や建物はあるものの、儂のパーティだけではギルドを運営するには人数が足らんのだ。そちらも、私営のギルドに所属してしまった方が何かと都合がいいだろう?」


 土地や建物はある、という言葉にラルフとサッコマーニがピクリと反応をする。

 それらがあれば新しいギルドを作るという考えは一気に現実味を帯びてくるからだろうか。


 メルラン氏の言葉にちょっと考えてみる。

 この酔っ払いは怪しいが、確かに人数が増えて俺が困ることはない気がする。

 より効率よくダンジョンを探索できそうだし、ちゃんとした所に所属していたら隣国の兵士も手を出しづらいかもしれない。ラルフと二人きりになってしまって変な雰囲気になることもなさそうだ。


 しかし……


「しかし、俺は貴方のことをよく知らないのだが」


 不安げに漏らすと、サッコマーニが信じられないとばかりに目を剥いた。


「あのメルラン氏がギルドを立ち上げるのだぞ! そこのギルドメンバーになれるなんてこれ以上ない名誉なことだ!」


 あの生真面目なサッコマーニさんがそこまで言うからには、信用していいのだろう。

 だが第一印象のせいだろうか、どうにも乗り気になれなかった。


「その……ラルフはどう思う?」


 もはやラルフの脅しがどうこうという状況ではなくなってきているが、彼がヘソを曲げれば俺は隣国に突き出されるかもしれない。


「パーティを統合されるよりかはギルドを立ち上げる方がいいとは思うが……」


 うっ、やっぱりあまりよく思ってなかったのか。

 いい考えだと思ったのだが、所詮浅知恵だったらしい。

 それなら本格的にギルドとやらを作ることを考えた方がいいだろうか。


「見ず知らずの人間をいきなりギルドマスターに据える気にはなれねえな」


 ラルフも俺と同意見だった。

 いくら偉い人なのだと力説されたところで、その偉さを実際にこの目で見た訳ではないのだから。


「ならばぬしらの中からギルドマスターを選出すれば良い。それなら良かろう?」

「む、そう来たか」


 ラルフが唸る。


「確かに俺様たちもこのままのパーティでより深い層に潜るのは難しいと思っていたところだ。その為に新メンバーの勧誘とかに励んでいたしな」


 ラルフがチラリと俺を見る。

 なるほど、そういう事情もあったのか。


「確かにそうだな。私としても他パーティと協力する等の工夫は必要だと思っていた。そこにこのギルド新設の話は渡りに船だ」


 サッコマーニも頷く。


「俺らの内からギルマスを選ぶというのならいい話だと俺様も思う。よし、俺様がマスターになってやろう」


 ラルフの横柄な言葉に、サッコマーニが表情を変える。


「は? 貴様に任せられる訳がないだろう? 細々とした仕事が貴様にできるのか?」

「あ?」


 うん……こうなると思ってた……。

 ラルフとサッコマーニの二人は俺とメルラン氏を差し置いて喧嘩を始めてしまった。


 どうしよう。

 どっちをギルドマスターに選んでも問題がある気がする。


 サッコマーニをマスターにしたら、ラルフが離反してついでに俺のことを隣国に告発するかもしれない。

 かといってラルフをギルドマスターにしたら彼の独裁が始まる気がする……。


 どうしよう、どうしよう……。

 俺はどうすればいいんだ!?

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