第8話 黒き刃の黒すけ
ベッドに仰向けになった俺に、ラルフが覆い被さる。
帽子は脱げ、頭の角は露わになってしまっている。
俺が『強欲の黒山羊エルフリート』であることが彼にバレてしまったのだ。
彼は一体俺をどうするつもりなんだろうか。
隣国に俺を突き出して処刑させる?
そしてラルフは褒美に金でも貰うんだろうか。
そういえば自分の首に報奨金とかそういうのがかかってるのかどうか、全然知らない。
調べておけば良かったな。
「まさか隣国の暴君様がこんなに可愛らしいとはな」
ラルフが俺の顎をくいっと掴むので、身体が竦んでしまう。
「この国まで漏れ聞こえていた数々の噂は嘘だったのか? この可愛さで酒池肉林を日夜繰り広げていたと? まさか」
もうまな板の上の鯉となってされるがままになるしかない。
「なあ、エル」
彼はわざわざ俺が教えた偽名で俺を呼ぶ。
「俺様のパーティに入らねえか?」
「へ?」
いきなり何を言っているのだろう。
話の脈絡が消失した。
「本当なら女の子しか俺のパーティには入れないんだが、あんたは特別だ。俺はあんたのことが気に入ったんだ」
「えっと……」
どう答えればいいか分からず、口ごもる。
「もし『うん』と頷いてくれるなら、あんたの頭に何が生えてたのかなんて忘れてやる」
「っ!?」
その一言でこれは勧誘などではなく脅しなのだと気づいた。
自分のパーティに入らないのなら隣国の兵士に突き出してやる。
ラルフはそう言っているのだ。
何でそこまでして俺が欲しいのだろう。元王族が自分のパーティにいれば箔が付くとか?
「あんたは隣国の元王によく似てるだけのまったくの他人、そうだろ?」
イエスと言え。
彼の目がそう訴えている。
彼の瞳に映った俺の顔が見えるくらい二人の距離は近い。
困った顔をした美青年が彼の瞳の中にいる。
顔の作りが全然違うのに、その表情は不思議なくらい転生前の俺そのものだった。
「あ、あ……」
思わず首を縦に振りそうになった、その時だった。
ガタガタガタ、ゴトンッ!
壁に立てかけておいた黒剣が突然小刻みに震え、大きな音を立てて床に倒れた。
「な、なんだ!?」
慌ててラルフを押しのけて俺の剣に駆け寄るが、取り立てて変わった様子はない。
何だったのだろう……。
「おい、その剣本当に持ってて大丈夫なのか?」
ラルフが心配そうに尋ねてくる。
彼が今日買い物の時に見せてくれた態度も全部嘘という訳ではないのかもしれない。
「なんか興が削がれちまったな」
ラルフはやれやれとばかりにベッドから起きて、帰る支度を始める。
ひとまずピンチ(?)を凌げたようだ。
「俺様のパーティに入るかどうか、数日時間をくれてやる。よく考えておけよ」
ひい、凌げてなかった!
それでも今晩の所はラルフは何とか帰ってくれた。
ほっと胸を撫で下ろし、ベッドに倒れ込む。
「今日はいろんなことがあった……」
考えなければいけないことが沢山ある。
けれども疲労から俺はあっという間に眠りに落ちてしまったのだった。
その晩、俺は夢を見た。
目の前に漆黒の髪を伸ばした男が立っている。
「やったー! 黒すけが人間になったー!」
夢の中で俺は、あの黒刃の剣が人間になってくれたと喜んでいた。
しかも何故か剣に「黒すけ」なんて名前を付けていた。
「主よ」
2m近くもの背丈がある黒すけは、俺にゆっくりと手を伸ばす。
「どうか気を付けてくれないか。我の力だけでは悪い虫を追い払え切れないこともある」
黒すけは背丈に見合う低い渋い声で囁いた。
「ああ、気を付けるよ!」
何のことやら分からないが、俺はにこにこと頷いた。
夢の中の俺はよっぽど剣が人間になってくれたのが嬉しかったのだろう。
「主のその純粋さを我は守りたい。だから、どうか……」
黒すけがぎゅっと俺の身体を抱き寄せる。
彼の腕に包み込まれると、その温かさが心地よくって俺は目を閉じたのだった。
目が覚めると、俺は毛布をぎゅっと抱き締めていた。
身体を起こすと、あの黒剣は昨晩と同じように壁に立てかけてあるだけだった。
それでも何となく、寝ている間にこの剣が俺に語り掛けてくれていたような気がした。
「黒すけ、ありがとう。昨晩は俺のことを守ってくれたんだな」
俺は感謝を込めて黒剣に微笑みかけたのだ。
*
さて、目下のところ一番の問題はラルフの誘いというか脅しについてだ。
正直パーティで行動すること自体に問題はない。
一日だけだが、ラルフのパーティやサッコマーニ隊と一緒に行動して、コミュ障の俺にしては不思議なくらいに心地よく感じたものだ。
問題なのは入るのがラルフのパーティだということだ。
冒険者のパーティにあまり上下関係はないのかもしれないけれど、彼の部下になるということになるんじゃないだろうか。
そうなったら、その……色々な意味で食べられてしまいそうな気がする。
昨日黒すけが助けてくれる直前の怪しい空気を思い出してそう思う。
しかし彼の誘いを断って隣国に突き出されたら今度こそ死ぬんじゃないだろうか。
せっかくあの亜麻色の髪の青年が命がけで俺を助けてくれたというのに。
パーティ行動は俺としてもしたい。
でもラルフと心理的距離が近すぎるのは嫌だ。
そして何より隣国に突き出されたくない。
これら全ての問題を解決する答えはなんだ……考えろ……!
ここが俺の踏ん張りどころだ!
「俺は頑張る……頑張るぞ黒すけ!」
黒すけに誓いを立てながら、俺は頭を悩ませた。
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