第7話 ラルフに迫られるの巻
「次は簡易魔法陣だ」
ラルフは同じ魔道具専門店の他の棚に案内してくれる。
「簡易魔法陣は、クレリックの張る魔除けの陣を誰でも張れる道具だ。使い捨てであることを考えるとやや値が張るが、これからソロで続けていくにしろ誰かと組むにしろ、いくつか持っておいた方がいい」
ラルフは巻物を示して説明する。
値段は銀貨5枚。銀貨何枚で金貨1枚と同じ価値になるのか知らないので、価値がよく分からない。
「どう使うんだ?」
「巻物を開くだけで陣が展開する。ただし範囲の指定はできない。そこまで望むならクレリックと組まなきゃな」
説明を聞く限り有用そうに思える。
何枚か買っていくことにしよう。
「他にも魔術を発現できるスクロールがあるが、どうする?」
「いや、とりあえずこれだけにしておく」
だってよく分からないから。
他の冒険者が使っているのを見て便利そうだと思ったら、今度からそれを購入すればいいだろう。
狼サイズの異次元バッグと簡易魔法陣のスクロールを4枚。
これを金貨10枚で支払ったら、お釣りの銀貨がじゃらじゃらと来た。
どうやらおよそ銀貨50枚で金貨1枚になるようだ。
「おし、じゃあ次は武器屋だ!」
またしてもラルフに引っ張られるままに、次の店へと赴く。
「あんなに手入れを怠ってちゃもうその剣ボロボロだろ? 新しいの買おうぜ」
「確かに。血を落としたら錆びてた」
「やっぱりな」
ということで俺たちは武器屋にやってきた。
「あんたは身軽だからな。やっぱりまた片手剣がいいだろ?」
「ああ」
どうやら新しい武器もラルフが選んでくれるつもりらしい。
どうしてこんなに親切にしてくれるんだろう。
「魔法剣……いや、それよりも身体能力が高いからシンプルに質のいい物がいいな。切れ味鋭く、かつ頑丈で。となると……」
俺には武器の良し悪しなど判別付かないから、黙って彼が選んでくれるのを待つしかない。
「兄さん、それなら俺が打ったばかりの剣があるんだ。それはどうだ?」
武器屋の主人が取って置きとばかりに店の奥に飾っている剣を示す。
十字架を模した白銀の美しい剣。
まるで武器というより調度品のような優雅さがある。
「お、いいな」
ラルフが店の奥へ行くので、俺もついていく。
「ん……?」
奥へ行くと、隅の方にひっそりと一本の剣が立てかけてあるのが見えた。
鞘にも入れられず、黒い刀身が剥き出しになっている。
飾りもせずにこんな所に置いといていいのだろうか。
「じゃ、エルの武器はこれでいいとして……って何してんだエル?」
「え、いやちょっと気になって」
黒い剣の柄に手をかけながらラルフを振り返る。
「大丈夫だぜ好きに見て行きな……って、ああッ!」
俺が黒剣を手にしているのを目にした途端、武器屋の主人が青褪める。
まるで俺が手順を守らずにプレス機のメンテナンスをしているのを見た時の工場長みたいだ。
不味いことをしてしまったのだと悟る。
「そ、そ、そ、それは呪剣なんだ! 直接触れただけで精神が蝕まれ死に至る呪いの剣!」
「……その割にはエルは何ともなってないみたいだがな?」
「ああ、何ともなってない」
この黒い剣がそんな大層なものなんだろうか?
黒い刀身を見下ろすが禍々しいモノには見えない。
「あれ、おかしいな……」
「第一そんな危険なものをそこら辺にぽんと置いておくなよ」
ラルフが主人に文句をつける。
「いや、店の倉庫に厳重に仕舞っておいた筈なんだ。間違ってもこんな所には置いておかない。呪剣は気に入った人間の元にひとりでに姿を現すというが……聞いた話は本当だったんだな」
主人は一人で呟いて震えている。
気に入った人間の元に姿を現す。
それが本当ならこの剣は俺のことを気に入ってくれたということだ。
「俺もこれが気に入った。いくらだ?」
「え、それでいいのかエル!?」
ラルフに向かってこくりと頷く。
この黒剣がぽつんと店の奥に佇んでいる様子が、周囲に馴染めず独りでいる生前の俺と重なったのだ。
こいつなら俺のいい相棒になる気がした。
「どう処分しようかと持て余してたくらいなんだ、お代はいらねえ」
「お、それなら処分代として手入れの道具をいくつか貰おうか」
ちゃっかりおまけを要求するラルフ。
主人が二つ返事で武器の手入れ道具をくれると、ラルフはそれを俺に渡してくれたのだった。
砥石と刃を拭く為の布だ。
「にしても、本当にそれで良かったのか?」
店を出ると、ラルフは俺を心配して尋ねる。
彼は本当にいい奴だ。
「実を言うと、俺には闇魔法の素質がある。それでこれを持っていても平気なのかもしれない」
「闇魔法……!? へえ、やっぱりただ者じゃねえんだな」
ただ者じゃない判定をされてしまった。
闇属性のなんかよく分からない波動を出せる人は少ないのかもしれない。
これからは無暗に他人に明かさないようにしよう。
「腹減ったろ、これから晩飯食わねえか?」
気が付いたらもうすっかり暗くなっていた。
午前中にダンジョンに潜り、ダンジョンの中で皆と一緒に昼食を摂って、帰還したら冒険者ギルドに寄り、そのままラルフに引きずられて買い物巡り。
今日は一日だけで色んなことをした。楽しかったなあ。
「ああ、そうしよう」
俺はラルフの誘いに頷いたのだった。
*
「はーっ、飲んだ飲んだ!」
ラルフに肩を貸してもらいながら、金鹿亭の自分の部屋になだれ込んだ。
晩餐で彼に勧められて酒を飲み、酔っぱらってしまったのだ。
それでラルフは親切にも俺を宿まで送ってくれたという訳だ。
「今日は楽しかったなあ、なあエル!」
「ああ」
暖かい気持ちが胸の内から湧いてきて、顔が自然に綻んでしまう。
「ふう、俺もちょっと一休みさせてくれよ」
ラルフがオレのベッドにどっかりと腰を下ろす。
そして「お前も隣に座れよ」と言わんばかりに手招きしてくるので、彼の隣にちょこんと腰掛けた。
まるで彼の方がこの部屋の主人みたいだ。
その遠慮のなさが、それだけ俺と打ち解けてくれているという証のようで嬉しかった。
「ところでさ、ギルドで面白い話を聞いたんだ」
「面白い話?」
にこにこしながら彼の話を聞く。
「隣国で政権が交代したっていうのは聞いたろ? それで暴君で名高かった元王が処刑される筈だったんだが……なんと脱走したらしい!」
「へ、へえ……」
急に冷や水を浴びせられたような気分になった。
そうだ、俺のこの身体は元暴君の絶世の美青年のものだった。
彼がこんなにフレンドリーに接してくれるのはこの見目のおかげだろうし、何より誰にも正体がバレてはならないのだ。
「今頃どこにいるんだろうなあ」
「さあ……何処なんだろうな」
冷や汗がだらだらと垂れてくる。
「そういえばあんたが使ってた剣、血塗れだった方の奴だが……あれって東の隣国の軍で採用されてるやつだよな?」
え、そうなの?
兵士から奪ってきただけだからよく分からない……。
「あんた、実は隣国の軍事関係者なのか?」
「いや、正直言うと前の剣は拾ったものなんだ。だからよく分からない」
嘘は言ってない、嘘は。
「へえ、本当に武器について無頓着なんだな。巧者は得物を選ばずってことか」
納得してくれたようだ。よ、良かった……。
「それでその隣国の暴君様のことなんだが」
う、まだその話題を続けるのか。
心臓がさっきからバクバク言ってるんだが……!
「王宮の奥で日がな一日だらけて過ごしていたんだろうと思いきや、意外に腕が立ったらしい。身軽な動きで他の者を寄せ付けなかったんだと」
「そ……そうなのか?」
「まるであんたみたいじゃないか?」
え、これもしかしてバレてる?
いや、違うよな? ラルフはあくまでも世間話をしているだけだよな?
「あんたに似てると言えば、その暴君様とあんたの共通点はもう一つある」
「い、一体なんだ?」
え、なんだろう。
俺が一体どんなボロを出していたというんだ?
「隣国の王は代々神の子だってことになってた。なんでも自分の祖先が豊穣と夜闇を司る女神との間に子を成したのだとか。それ以来、隣国の王族は闇魔法の適正があるらしい」
げえっ! 闇魔法のことって頭の角並に隠さなきゃいけない秘密事項だったのか!
「闇魔法が使えるあんたと一緒だな~? すっごい偶然もあったんだなぁ?」
う、うう……完全にバレてるよこれ。
「その王様には頭に悪魔みたいな角もあったんだとよ。なあ、良かったらあんたのその帽子の中も見せてくれねえか? もしかしたら偶然あんたの頭にも悪魔の角があるかもしれねぇ」
「ひ……っ」
彼がゆっくりと顔を近づけてきて、距離を取ろうとした俺はベッドに倒れてしまった。重力に従って帽子がズレ落ち、頭の角が露わになる。
それを見たラルフがニヤリと笑った。
彼が今日一日俺に親切にしてくれたのは彼がいい奴だからでもなく、俺の見目がいいからでもなく、俺の正体に勘付いていたからなのだ。
彼の笑みを見て悟った。
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