第6話 ラルフと買い物に行く
「ここが冒険者ギルドだ」
「冒険者ギルド?」
街に帰還すると俺たちは真っ直ぐに冒険者ギルドとやらに向かったのだった。
何でもここで素材を買い取ってくれるらしい。
「ああ、ここは国営ギルドだ。魔物の素材の売買や依頼の斡旋を主に執り行っている。何処かのギルドに所属している訳ではないフリーの冒険者は主に国営ギルドで素材を売る。私たちみたいにな」
サッコマーニが眼鏡をくいっと上げながら説明してくれる。
「ということは私営のギルドもあるのか」
「ああ。私営冒険者ギルドはいくつかの冒険者パーティが寄り集まって立ち上げることが多いな。国営ギルドとは違ってギルドメンバーが依頼をこなし、ギルドメンバーが集めてきた素材を各所に卸すんだ」
「へえ」
先に重い素材を運んできたサッコマーニやラルフが素材を売るので、俺は順番待ちの札だけ持って冒険者ギルドのロビーでゆっくりすることにする。
何となくロビーを見回していると、壁に大きな黒板がかかっているのに気付いた。
そこに冒険者が何かを記入している。
何だろうと近寄って読んでみる。
"怪我が回復したからそろそろまたパーティで潜ろう。 ブロークン隊のムキズ―"
さっきの人が書いていた内容だ。
そういえばこの世界に来てからというもの、普通にこの世界の文字も読める。
言語も日本語じゃない言葉を喋っているようだが理解できる。
現地人の身体に転生したからだろうか。
「それは伝言板よ」
「うわっ」
気が付いたら隣にラルフパーティの聖職者の女の子がいた。
持ち帰った素材を売ってたんじゃないのか。
「私は魔物の素材の値段なんかに興味がないので」
「なるほど、他の人に任せてきたのか。それで、伝言板って?」
女の子は肩を竦めると、説明をしてくれる。
「この方のようにパーティのメンバーが負傷した場合は、復帰するまで休んでるとするでしょう? そしたら他のメンバーだけでダンジョンに潜るか、あるいはソロで依頼をこなしてその間過ごすことが多いのです。だから仲間が毎日来るであろう冒険者ギルドにこうして伝言を残しておくと連絡が取りやすい、という寸法です」
「それでこうして伝言板が設置されてるってことか」
なるほどなあ、スマホが無い社会ではそうやって工夫して連絡を取り合っているのか。
「本当に戦いの事以外は何も知らないんですね」
そう言ってクレリックの女の子は離れていった。
「……そうか。なるほどな」
俺は少し考えて、白いチョークを手に取った。
"金鹿亭で待っている。 スカーフをもらった山羊"
この街は東の隣国から入ってきたらまず立ち寄る街だ。
あの亜麻色の髪の青年がこの街に来たら、冒険者ギルドに来て伝言板を見ることもあるかもしれない。
だから俺が泊まっている宿の名前を記しておいた。
本名を書いちゃいけないと思って、彼にだけ俺のことだと分かるように書いた。
さて、二つのパーティが素材の精算を終え、俺の番になった。
俺は窓口に『獅子の角』とその他の細々とした素材を提出した。
「査定させて頂きます」
眼鏡をかけたひょろりと細い男が窓口に座っている。
国営ギルドはフリーの冒険者に依頼を斡旋するだけだから、ギルド員はみんな事務仕事しかしないのだろう。
「ふむ……状態も良好で大きさも申し分ないですね。先ほどの二パーティが討伐したジャイアントキマイラと同一個体の角ですね?」
「ええ、そうです」
「それなら……金貨22枚でどうでしょうか」
どうでしょうかと言われても、俺は金貨の価値も物価も素材の希少さも何も知らない。
判断のしようがない。
「ああ、もちろん『獅子の角』だけの金額ですよ。他も合わせて金貨22枚と銀貨8枚でいかがでしょうか」
いかがでしょうかと言われても、やっぱり判断できない。
あ、そういえば金鹿亭に泊まる時に払ったお金が一週間分で金貨一枚だった。
だから宿で22週間暮らせるくらいの収入ってことだ。
これは凄い稼げたんじゃないか!?
「……そうですね。それでは『獅子の角』を金貨23枚で手を打って頂けませんか? ジャイアントキマイラを倒せるほどの冒険者様とはうちとしても懇意にしていきたいと思いますので」
黙ってたらなんか勝手に値上がりした! ラッキー!
相場もよく分からないのでもうこれで手を打ってしまおう。
「それでいい」
「ありがとうございます」
ということで、金貨と銀貨を別々に入れた袋を受け取った。
やったー嬉しい。
「エル、素材は無事売れたか?」
エルという名前を教えた相手は一人しかいない。
振り向くと、そこにラルフがいた。
彼一人だけだ。サッコマーニ隊や彼のハーレムの美少女たちは見当たらない。
「ああ。君のおかげだ」
「だろ? ついでに街を案内してやるよ。これからダンジョンでの探索を続けるならお前さんには足りないものが多すぎる。異次元バッグに簡易魔法陣に手入れの道具に……ああ、あと武器も新調した方がいい」
一気に色々言われて目を白黒させる。
「え、あ、そうなのか……?」
「ああ、そうとも! そうと決まったら早速出発だ!」
俺はラルフに異を唱える明確な理由も見出せず、彼に半ば引き摺られるようにして街に繰り出すことになったのだった。
「まず、異次元バッグとは何なんだ?」
魔道具専門店までやってきた俺は、ラルフに尋ねる。
「やっぱり知らないと思ったぜ」
ラルフはニヤリと笑う。
「亜空間に繋がる魔術を施してあるバッグのことだ。詳しい原理なんかはサッコマーニの奴にでも聞け。とにかく、見た目以上に色々な物を入れられるバッグで、しかも中に入れた物の重さを感じない優れものなんだ」
彼の説明に感嘆する。
そんな凄いものがあるなんて!
「なるほど、冒険者はみんなそれを使ってるのか」
「いやいや、みんなじゃねえさ」
「?」
「高いんだよ。少なくともルーキーが手を出すにはな。一番小さいサイズの物でも金貨2枚はする」
なるほど、そういう事情か。
「その異次元バッグにもサイズがあるのか」
「ああ。一番小さいサイズだとこれくらいの子ブタが入るくらいの容量だな」
ラルフは透明な子豚をハグしてるみたいに、両腕でわっかを作ってみせる。
「ほとんど普通の鞄と変わらねえ。まあそれでも中の入れた物が腐敗しないという恩恵は受けられる」
俺はどのくらいのサイズのバッグを買ったらいいんだろう。
店内にはその異次元バッグと見られる鞄を集めた棚がある。
どれもこれも特別大きい鞄ではない。
ただ、口はどれも広く開けることができるようになっているみたいだ。
「二番目に小さいサイズの異次元バッグにしたらいいんじゃないか? お前さんならそれくらいすぐに取り戻せるだろ」
二番目に小さい奴……これだろうか。
それらしき鞄に付いている値札を見てみる。
「金貨9枚、か」
宿屋9週間分だ。
結構な出費だが、一回で金貨23枚も稼げたことを考えると、これを買ったからといって生活に困ることはないはずだ。
「これなら狼ぐらいの大きさの魔物が一頭丸ごと入る。そうなれば段違いの効率だ。素材の鮮度も落ちない」
「ちなみにこの次の大きさの鞄は?」
ラルフは棚の一番上を示す。
品のある赤茶色の革で出来た鞄はこう示されていた。金貨にして50枚。
うん、無理だ。
「これより大きいのも世の中には存在するが、この店には並んでないみたいだな」
「君に勧めてもらった奴を購入することにするよ。教えてくれてありがとう」
俺がラルフに礼を言うと、彼は面白そうに眉を上げたのだった。
あれ? 俺が素直にお礼を言うの、そんなに意外だったかな……?
最初は「ひっ、リア充だ」と彼に委縮したものだけれど、話してみると意外に気の良い親切な奴だった。もしかしたら結構仲良くなれるかもしれない。
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