第5話 獅子の角、山羊の牙

 前回のあらすじ。

 食い扶持の為に分け前を得ようと思ったら二人のパーティの板挟みになることになってしまった。胃が痛すぎて死。


 どうしよう……どうすればいいんだ……。

 俺はなんて言えばいいんだ?


 しかも問題は一つだけではない。

 俺は素材を持ち運びする為の道具を何も持ってきていない。

 せいぜいずた袋に入る量ぐらいしか手に入らないし、水筒とか携帯食料とかが入ってるから出来れば血塗れの部位とかは一緒に入れたくないんだよな……。


 死に直面している訳ではないけど、コミュ障の俺にとっては絶体絶命!な状況だった。


「「さあ、どっちなんだ!?」」


 ラルフとサッコマーニの両方に迫られる。

 う、うう……ええーい、どうにでもなあーれっ!


「貢献度合いという意味では――――俺がいなければどちらのパーティもアレを倒せなかったのではないか?」

「な……ッ、」

「なんだとっ!?」


 何を言ってるんだ俺ー!?

 三つ巴の戦いになるだけじゃんそんなことを言ったら!


「正直、俺は一人でもアレを倒す自信があった。一方で君らは八人がかりでも決め手に欠けていた。何かの拍子で戦線が崩壊して全滅してもおかしくなかった」


 俺は何を大言壮語しているんだ!

 と思うが不思議とあのデカキメラを倒せる自信があった。

 この身体に刻まれた記憶が自分の強さを何となく教えてくれる。


 いやいやいやだからといって、それを馬鹿正直に口にしてどうするんだよ俺!

 こう、円滑なコミュニケーションの為にはタテ=マエとか、オタメ=ゴカシとか、オセ=ジとかそういう摩訶不思議でよく分からない呪文を唱えなければならなくってだな……!


「だから一番の貢献者は俺で、君らは似たり寄ったりだ。俺の分け前の残りを君らで等分すると良い」

「一人で大半を持っていく気かよ!?」


 ラルフが吠える。

 そりゃそうなるだろう。何とか軌道修正しなければ。


「そうだ……と言いたいところだが」

「?」

「俺は見ての通り一人だけだし、大量の素材を運ぶための道具も何も持っていない。だから一番軽くかつ希少な部位を貰えればそれでいい」


 こ、これでどうだ!

 上手く結論に着地できたし、俺があまり物を持てない問題も解決できたんじゃないか!?


「まあ、それならいいか」

「確かに、君が飛び入りしてくれていなければ危うかった可能性もあるな。それを思えばラルフ達のパーティと等分も止むを得まい」


 よし、よし! 何とか上手く纏まったぞ!


「ジャイアントキマイラで軽くて希少な部位と言えば、あれかな」

「ああ。角だろうな」


 話が決まると、二人のリーダーたちは手早くパーティメンバーに指示を出していく。

 そして俺の目の前に、俺がさっき斬り落としたキマイラの獅子のような首が差し出された。


「これを丸ごとくれるのか……?」


 獅子の首からはまだどす黒い血が滴っている。

 生臭くてちょっと持ち歩きたくない。


「いや、ある一部分を除いてはこの首にほとんど価値はない。ほら、頭に山羊のような二本の角が生えてるだろ?」

「……っ!?」


 ラルフの言葉に一瞬俺のことかと思って帽子を押さえてしまう。


 違う、この獅子の首のことだ。

 獅子の頭に二本の角が生えている。

 そういえば首を斬り落とす時に無意識のこの角を掴んだような気がする。


「獅子の頭に山羊の角。山羊の頭に獅子の牙。そして蛇の頭からは竜の炎を吐く。それがジャイアントキマイラだ」


 凄い物騒な生き物だったんだな。


「『獅子の角』は魔術院などでは人気の素材だ、高く売れる。私が保証しよう。自分で角を切り取って持っていってくれ」

「分かった、ありがとう」


 どうやら今日の食い扶持は稼げたようで良かった。

 安堵にほくほくと胸の辺りが暖かくなる。


 なんかこう闇の波動みたいの出しながら斬れば、俺の剣でこの角切り取れるかな。

 少し離れた場所に移動し、「ハッ!」と気合を入れて一閃する。

 するとレーザーで斬ったみたいに綺麗に角を切断できた。見事な平らの切断面だ。


 俺の足と同じくらいの長さの角はずっしりと重量感がある。

 でもずた袋に入れれば持ち歩くのに問題はない。


「今日はもう消耗し過ぎたからメシ食ったら帰ろうかと思ってるんだ。良かったらあんたもどうだ?」


 さて一人で帰ろうかと思っていたら、ラルフにそんな言葉をかけられた。


「いいのか……?」

「ああ。だいぶ儲けさせてもらったからな。メシぐらい振る舞わせてくれ」


 しょ、食事に誘われた……!

 コミュ障の俺にとっては『食事に誘われる』というのはリア充のイベント!

 それもこんな大勢で! 嬉しいけど緊張してきた……!


 これは現実だろうかとふわふわ浮き上がるような気持ちでゆっくりとしていたら、食事の準備が出来た。

 大鍋から器に順にシチューが盛られ、全員に料理が行き渡った。

 美味しそうなホワイトシチューだ。


「なあ。あんたのこと、なんて呼べばいい?」


 俺の隣に腰掛けたラルフに尋ねられる。


「えっと……」


 どうしよう。

 エルフリートです、って正直に言うのは不味いよな。

 何か偽名を考えなきゃ。


 偽名、偽名……え、ムズイな!?

 いきなりそんなの考えられないぞ!


「エルだ。エルと呼べ」


 咄嗟に出てきたのはエルフリートを縮めたエルという偽名だった。

 そのまんま過ぎて偽名と言えるのかな、これ……。


「エル……ね。いい名前だな」


 ラルフは眉を上げてにこっと笑った。

 良かった、不審に思われはしなかったようだ。


「強敵を求めて武者修行の為にダンジョンに潜ってるって本当か?」


 なんか話に尾鰭が付いている気がする……。


「ああ……いや、うん、そうだ」


 曖昧に肯定しておく。


「得物の手入れも惜しむほどに戦いに耽溺してるってことか?」

「え?」


 得物の手入れ?

 何のことだろうかと、自分の剣を鞘から抜いてみる。

 魔物の血に塗れた真っ赤な刀身が姿を現わす。


「そんな風に血塗れのまま放置してたら切れ味が落ちるし、錆びるだろ」

「そうなのか?」


 魔物の血はいちいち拭かなきゃいけないらしい。

 そういえばずっとそのまんまにしてた。


「多少の切れ味の差は気にならないってことか。それとも……」


 ラルフはそこで声を潜めて、俺にだけ聞こえるように囁く。


「実は自分では剣の手入れなんてしなくていいような高い身分のお方だったり、とか?」

「……ッ」


 ラルフの言葉に身体が強張る。

 ど、動揺するな俺……! 無表情を努めながらそわそわと帽子のつばに触れる。


「……なーんて、まさかそんな訳ないよなー! はっはっはっ!」


 ラルフは俺の背中をバシバシ叩きながら笑い飛ばす。

 良かった、ただの冗談だったみたいだ。

 ふう、凄い緊張した。冷や汗がこめかみを伝っている。


 それから俺は『サッコマーニ隊』と『チョー強い俺様と仲間たち』と一緒に街まで帰還した。

 道中魔物も出てきたが、彼らと力を合わせて危なげなく倒すことが出来た。

 追加で少し素材も貰えたくらいだ。


 まあ帰り道でまたラルフとサッコマーニの二人が喧嘩し出したのには困ったけれど。

 それも含めて楽しかった気がする。


 集団で行動するってこんなに安心することだったっけか。

 ほかほかとした気分がずっと続いていた。

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