第3話 初めてのダンジョン

「あんたは何の目的で西に行くんだ?」

「えっ」


 無事に町に辿り着き、隣国へと向かう定期馬車便に乗り込んだ時の出来事。

 馬車の中には俺の他に数人の人が乗っていて、それぞれ思い思いに会話を交わしていたのだが、急に俺の方に話を振られたのだ。


 ちなみにその町でも亜麻色の髪の青年には会えなかった。

 その青年を探していることを無暗に他人に言いふらすのもあまり良くなさそうなので、まともに探すこともできなかった。

 何かこう待ち合わせをする為のこの世界なりのノウハウがあるのかもしれないが、スマホ世代の俺には携帯電話のない世界でどうやって連絡を取り合うのか検討もつかない。


「俺には分かる、あんた腕が立つだろう。ということはあれか、ダンジョン攻略か?」


 冒険者風の男がニヤリと笑って決めつける。


「ダンジョン?」

「おっと違うのか。今、ルーセラントでは新しいダンジョンが発見されて、皆一攫千金を狙ってる」


 ルーセラントというのは隣国の名前だ。

 地図に名前が表示されていたので知っている。


 それにしてもダンジョンで一攫千金か……。

 この男にも腕が立つと見抜かれたくらいだし、行ってみるのもいいかもしれない。

 隣国であの青年を探しながら待つ間の食い扶持を稼げるだろう。

 流石に彼と合流せずにさらに西へ行こうとは思わない。


「なるほど、ダンジョンか……」


 俺は独り呟いたのだった。


 *


 国境を越え、ルーセラントに入った。

 最初の街で俺は馬車を下りた。


 隣の国からルーセラントに入る者は皆ここに寄るらしい。

 ここで待っていれば、あの青年が死んでさえいなければいつか会えることだろう。

 また、ダンジョンが発見されたというのもこの街の付近だ。


 俺が殺されかけた国から近すぎるのはやや気にかかるが……。

 とりあえず一週間、彼のことを待とう。

 それでも彼に会えなかったら、その時また考えよう。


 俺は宿を取ると、早速剣を携えてダンジョンへと向かったのだった。


 ダンジョンの入口には門番と思しき兵士が立っていた。

 だが冒険者たちは気軽に彼らに挨拶して中へと入っていっている。

 別に厳重な検査をしているという訳でもないらしい。

 俺も平静を装えば頭の角がバレることもなく中へ入れるだろう。


「お、おい、そこの者っ」


 しかしあっさりと呼び止められてしまった。

 門番はじろじろと俺を見ている。

 一体なんだろう。もうバレた?


「いや……そんな訳ないか。何でもない、引き留めてすまなかったな」


 何でもないのかよ!

 せめてこう、何かあるだろ! 何で引き留めたんだよ!


 とツッコミたい気持ちを抑えて大人しくダンジョンの中に足を踏み入れた。

 無駄に俺のことを印象付けさせることもないからな。


 階段を下りて、地下へと足を踏み入れる。


 馬車便の中で、お調子者の男にダンジョンについて軽く話を聞いた。

 何でもダンジョンとは「モンスターの出る金鉱」のようなもの。

 一攫千金のチャンスがあるが、その分危険もいっぱい。


 そしてこういうダンジョンは不定期的に"湧いて"出るらしい。

 何もなかった場所に忽然姿を現すことがあるんだとか。


 そのまま放置しているとモンスターが湧き出して来て近辺の住人に危険が及ぶ。

 だから冒険者たちがダンジョンに潜ってモンスターを駆逐し、冒険者たちはダンジョンの財宝を得る。

 ウィンウィンの関係という奴だ。


 何故ダンジョンは湧くのか、何故ダンジョンにモンスターが出るのか、何故ダンジョンの中に金銀財宝ミスリルがあるのか、何も判明していないらしい。

 でも俺にはそんなことどうでもいい。俺は食い扶持を稼げればそれで充分だ。


「しかし……迷宮というより洞窟みたいだな」


 最初に下りてきた階段以外に人工物らしきものが見当たらない。

 鍾乳洞のように天井から石のつららがぶら下がっている、立派な洞窟だ。


 階段を下りてすぐは丸く広い空間になっており、装備の状態を確かめる者や怪我の治療をする者、誰かと待ち合わせているのかただ地べたに座ってたむろしているだけの者などがいた。

 俺はそこをさっさと通り過ぎて奥へと進む。


 どれくらい奥へ行けば宝が見つかるのか、ダンジョンのモンスターはどれくらい強いのか何も知らない。

 でもまあ行き当たりばったりで何とかなるだろ。

 俺は鼻歌混じりにダンジョンを歩いていた。


 そんな気軽に進んでいたからだろうか。

 俺はあっという間にゴブリンの群れに囲まれていた。


「ギィーッ!」


 でも俺は慌てない。

 ゴブリンの群れがなんだ。俺はクマライオン(仮)だって倒したんだぞ。


 俺は流れるように鞘から剣を抜く。

 一瞬の後、闇を纏った鋼が閃いた。


「ギガ……ッ!?」


 小さく醜悪な頭がいくつか宙を舞い、残ったゴブリンたちは驚きの声を上げた。


「へえー、ゴブリンでも驚愕なんていう高度な感情を抱くんだな」


 面白いなーと思いながら、俺は他のゴブリンたちも撫で切りにした。

 一瞬にして辺りは血みどろになり、血の池にゴブリンたちが沈んだ。


「おし、この調子で行こう」


 どうやら俺の実力はこのダンジョンでも充分通じるらしい。

 俺は気を良くして先へ進んだ。


 *


 その後何階層かダンジョンを下った。

 階段を見つけて下りていくと、不思議なことにダンジョンの様子が少しずつ変わっていく。

 第一階層は鍾乳洞のようだったそれが、段々と広く、屋外のような風を感じる空間に変わっていく。

 地下の筈なのに風があるなんて不思議だ。今なんて道の横を小川が流れている。


「む……」


 道の先から喧噪が聞こえる。

 怒号と金属の弾かれる音。誰か大人数が戦っているようだ。


「なんだろ」


 様子を窺う為にこっそり音の方へと忍び寄ってみる。


「うわあ……あれ、キメラか?」


 何か頭がいっぱいある象のようにデカい生き物と、たくさんの人が戦っていた。

 パッと見8人か9人くらいいるようだ。

 苦戦しているようだが、何か様子がおかしい。


「コラてめぇ、味方を撃つ気か!」

「そっちが突出するから、うちの後衛が何もできなくなるんだろうっ!」


 なんか、仲違いしながら戦闘してる。

 どうしよう……。

 でも、加勢した方がいいよねきっと?

 みんなボロボロでピンチみたいだし。


 今叫んでいた二人の中で、魔術師っぽい男にそっと近寄って話しかける。

 眼鏡をかけた神経質そうな優男だ。


「加勢しよう」

「ありがたい! ……って一人だけか? 君のパーティは?」

「パーティ?」


 はてと首を傾げる。


「え、まさかこの層まで一人で来たのか?」


 この男の驚きようからして、普通はダンジョンの中に一人で入ったりはしないらしい。

 俺は急に恥ずかしくなって顔が熱くなってきてしまった。

 そういえばすれ違う人もみんな複数人いたかも!


 そんな、だって知らなかったんだ。

 普通はパーティを組んでダンジョンに潜るんだなんて常識。

 まるで適当にふらりと入った店でおひとり様が俺だけだった時みたいな恥ずかしさだ。

 だってこの世界に転生してきたばっかなんだから情弱でも仕方ないだろ! うう……。


「……」


 俺は恥ずかしさを振り払うように走り出した。

 ぱぱっと魔物倒したら細かいこと忘れてくれないかな、あの人。

 もしかしたらダンジョンの門番をやっていた兵士も、一人でダンジョンに入っていく俺を見て不審に思ったのかもしれない。


 デカいキメラのような生物は、罵り合いながら戦っている他の冒険者たちの方へ注目を向けている。

 俺はモンスターの死角から走り寄る。

 そして地面を蹴り、モンスターの身体の上に飛び乗った。


「ッ!?」


 いくつかある首のうちの獅子のようなそれに刃を突き付け、掻っ捌いた。

 鮮血が噴き出し、キメラが苦しむ。


「やっぱり一つ首を斬っただけでは死なないのか」


 俺を狙ってキメラのかぎ爪が降ってきたので、避けるために帽子を押さえながらキメラの身体から跳び下りる。


「今だっ!」


 俺が降りるのと同時に、後衛の術士たちが光弾をデカキメラに浴びせかける。


「グルゥアアアアッ!!!!」


 デカキメラは断末魔の叫びを上げながら倒れ伏した。

 どうやら倒せたようだ。


「あんた、助かったぜ!」


 キメラと戦っていた冒険者たちが汗を拭きながら駆け寄って来た。

 冒険者たちは自然に二つくらいの塊に分かれる。


「助力に感謝する。私は『サッコマーニ隊』の隊長、アルフィオ・サッコマーニだ」

「俺は『チョー強い俺様と仲間たち』のリーダーのラルフだぜ」


 さっき声をかけた魔術師と、前線で怒鳴っていた戦士がそれぞれ別のパーティ名を名乗った。

 どうやら二つのパーティがあのデカキメラを討伐しにかかっていたらしかった。

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