時を越えて
ゆき
時を越えて
<時を越えて>
溶けたアイスが手首を伝う。
左手に封筒を握り、凝視した私は身動きが取れなくなった。
時が止まったかのうように微動だにできない私。
右手に握られたアイス棒から伝う溶けたアイスと、音も無くスルスルと動く置時計の秒針だけが、この風景が切り取られた写真などではないと知らせていた。
甘いアイスが手首を伝う。
乾けばベタベタするだろう。
しかし私はそんな事に気を取られている場合ではなかった。
凝視の先は封筒の差出人。
2つ年上の幼馴染。
私の初恋の人。
そして、私が傷つけて人生を台無しにしてしまった人。
子どもの頃、彼と、それから何人かの近所の友達と遊んでいた時に、私が車に轢かれそうになったのを彼がかばい、半身不随になってしまったのだ。
彼はバスケットボールが得意で、将来バスケ選手になるのが夢だった。
彼の人生と夢を潰した私は、自分を責めた。
彼は優しかった。私を責めたりしなかった。
そういえば、あの事故で私が彼に謝り続けて泣きじゃくっているのを見た彼は、困ったような顔をしてから 駄菓子屋でアイスキャンディーを買ってきて、私に差し出してくれたっけ。
私が泣いていてちっとも食べないのを見て、彼はまた困ったような笑顔を作って「ほら、早く食べないと溶けちゃうよ」と言ってから、急いで自分の分も買ってきて「一緒に食べよう」
と笑いかけてくれたっけ。
それから私たちは並んでアイスキャンディーを食べた。
涙がしょっぱくて、アイスが甘くて、彼の笑顔が眩しくて、彼の優しさが温かいのに心が痛んで、ぐちゃぐちゃの気持ちで私はまた泣いたっけ。
そして私たちは成長していったけれど、私は彼への想いを封じ込め続けた。
彼の人生を奪った私に、彼を好きになる資格などない、と自分に言い聞かせた。
それから月日が経って、彼も私も引っ越して離れ離れになり、それぞれの人生を歩んでいた。
その彼から手紙が届いたのだ。
ハッとして右手の方を見ると、溶けたアイスが腕にまとわりついてベトベトになっていた。
慌てて腕を洗い、手紙を開く。
そこには、車椅子バスケで日本代表入りしたという内容が綴られていた。
私が子どもの頃に「バスケができなくなっちゃった」と大泣きしていたのを思い出して、こうして「ちゃんとバスケ選手になれたぞ」と報告してくれたのだ。
嬉しさで涙が溢れた。
手紙には試合の案内が同封されていた。
私はもちろん、彼の活躍を見に行った。
彼は既に結婚していて、素敵な奥様と可愛らしい子どもに恵まれていた。
私の淡い恋心は、今はただ懐かしむ対象の思い出になり、心につかえていた、彼の夢を奪ったというわだかまりは、彼の活躍を見てスーッとアイスのように溶けていった。
美しい思い出をそのままに、私の大切な心を忘れないように、そのときの手紙はまだ大切にそのときの手紙はまだ大切にしまってある。
時を越えて ゆき @yukikkuma38
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