第3話 ご無礼、役満です。

「あの~すいません」

 俺は、なるべく相手が不快にならぬ様、気を配った声量とトーンで、質問を投げかけた。

 

「何かね? 」

「すいません………え~っと……神……様と、御呼びしたら宜しいでしょうか? 」

「如何にも。我は神であるぞ」

 そう言うと、爺さんは満足そうに髭を撫でている。


「あの~俺が殺されてしまった事は、何とな~く理解出来たんですけど……あの~あのですね? その後の展開がちょぉっとよく解らないのですが………説明下さいますか? 」


 その言葉に、爺さん頷いた。

「おお、そうじゃな確かにそちらの説明が未だじゃったな」

 実際は、何も説明はされてないのだが。


「これは、本当に稀な事じゃが………」そう言って、神の爺さんが目配せすると、先程のお姉さん達がせかせかと、爺さんの前に麻雀卓の様な物を用意した。


 ………あれ待てよ? この爺さんが神なら………この人達って………マジ天使?

 俺の彼女達を見る目がちょっと変わった。


「さて、まずは…………他者の頼みを断らぬ上に穏やかな性格」

 爺さんは、カチャッと牌を掴む。俺は、天使のお姉さん達に燃え盛る様な視線を送っていた。

「次に、子ども老人といった弱き者に対しての親切心……」爺さんは更に牌を組み立ててゆく。俺は、どぎまぎしながらお姉さん達に声を掛けようか悩んでいた。


「そして、勤勉且つ真面目な勤務態度。他者への悪言も皆無」


 そこでガシャンっと勢いよく手牌を倒した。

「今の世に珍しい程の善人。以上で人生の善行三倍満じゃ………」

 とりあえず、訳が解んなかったのでお姉さんを見る事にする。あっ、今笑った?


「おっと、いかんいかん裏ドラを忘れとったわい………」

 そう言って、爺さんは対面の山に手を伸ばすとそこにドラ牌を握り込む。

「童貞………ご無礼。これで数え役満じゃ」


「ブ」思わず、俺は口から色んなものを吹き出した。

「じ、ジジイ‼ 何をで、出まかせを………」

「神の言う事に、間違いはない」

 恐る恐る、天使ちゃんを見る。ああっ⁉ 皆押し殺す様にクスクス笑ってる‼ 


「と、言う訳で、其方は余りにも人間として『業』無き人生を歩んでおっての。しかも、死に際まで子どもを守っての死という事で。流石にこのままただ生まれ変わらせるのも、忍びないと思ったわけじゃ」

 そうして、神の爺さんは、宙になにやら本の様なものを浮かばせて、ページを捲る。

「そこで、其方が、神に願った願いを遡って調べたのじゃが。なんと、其方。人生の厳しさにどれ程ぶつかっても神に縋る事もよいよなくてのぉ………結局、最新の願いは『幼稚園』の時まで遡ったわい。」


 俺は、何となくこの先の展開が解った。

 そうか、今朝見た夢はこれを告げて………



「という訳でじゃ。其方の希望通り『異世界』に転生する事を許す。」

 俺の胸が、張り裂けてしまいそうな程高鳴った。

 


 

 俺は、俺は。

 実はずっと………ずっと夢見ていたと言ってその実諦めていたのかもしれない。


 子どもの頃は、どこかに、その世界があって。

 そこには、魔法使いのカワイイ女の子やら。

 半獣の女の子やら。

 凄いセクシーな恰好の女戦士と一緒に旅をする広い大陸があって。

 いつかはそこに旅立つのだと。

 でも、それは身体が大人になるにつれ。

 『現実社会』で生きていく上で忘れ去られていく物だった。


 夢の中で、ほんの少し、そこに旅立っても。

 目が覚めるとそこにはいつもの現実の世界しかなかった。


 そんな、俺に。

 なんにも現実では良い事が無く、ただ他者に迷惑だけ掛けない様に無難に生きてきた。そんな俺に。

 今、奇跡が。


「よしゃ。じゃあ大分事情が呑み込めた様じゃし。そろそろ、向こうに送るぞ~」

 爺さんの声に、俺の脳裏には電撃が走る。

「ま、待ってくれ‼ 異世界。っつっても、俺の想像しているのと、そっちの考えているのに相違があったら困る‼ 行く前に色々と確認させてくれ‼ 」

 あぶねぇ。このまんま送られて万が一、俺の知らない方の異世界に送られたら、なにも始まらねぇ。冒険が始まらねぇ。


「ん? ああ。なんか要望があるんスか? 」


 神の爺さんの軽口は耳に入ってすらおらず、俺は己の胸に手を当てて瞳を閉じた。

「まず、勇者が要る世界で、モンスターが居ないと駄目だ。」

 爺さんが「ぶほ」っと鼻水を吹き出す。


「ゆ、勇者とか、モンスターって………ぷぴっ。そんな真面目な顔で言われると……」

 その反応に、俺は羞恥心を逆なでされたような気がして腹が立った。


「な、なんだよ。知らないのかよ。異世界ってのは、お決まりのパターンがあるんだよ‼ なろう系パターンっていう黄金パターンが……」

「はいはい。じゃあ勇者とモンスターの居る世界ね」

 随分と適当に神の爺さんは相槌を打った。


 その瞬間俺の脳裏に「ぴきーん」と超能力的直感が働く。

「いや、やっぱり勇者はいい」

 そう。勇者が居ると俗に言う『勇者TUEEEEEEEEE』になってしまうからだ。こう言ってしまうと流行に逆らう事になるのかもしれんが。俺はこの『勇者TUEEEEEEEE』がどうも好かない。やはり強くなるには葛藤と訓練があって、初めて生まれるカタルシスがあるとそう信じているからだ。

 ただし。俺自身の場合は別だ。

 この年になると努力の結果は欲しいが。その為の努力に携わる時間と苦しみはなるだけ味わいたくはない。楽をしたい。俺TUEEEEEEEEEEEE上等‼


 考えが矛盾してるか?

 いや、誰だって他人には厳しく自分には優しいのさ。


「そんで、俺をそのモンスターを寄せ付けない強者に転生してくれ。

 出来れば…………そうだな………やっぱり『剣士』がいいな」

 うん。やっぱり剣を武器にするのが、異世界強キャラのお決まりだろう。


「剣士ぃ? あんさん生前に剣道とか別にしとらんかったがな……」

 爺さんがいらん事をまた返す。


「いいのっ! 現実世界で剣道なんか激しいスポーツ、俺がやっても続きゃしない! こういう人生逆転の奇跡的展開を利用するのっ! 」

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