17.パパとママ

 シャーロットの両親は男性アルファと男性オメガの番になる。区別するためにアルファの親をパパ、オメガの親をママと呼称しているが、ママの方が体格はしっかりしていて漢らしい見た目をしている。

 シャーロットが人生で出会ったオメガ――正確に言うとオメガと認識していたオメガ――は母親だけだった。世間一般のオメガに対する風潮はもちろん知っているが、母親を見ている限りは誇張された話なのかなと思っていた。

 もちろん父親に比べれば、料理、掃除、洗濯のなにをとっても母親の方が要領悪かったし、性別の壁があるのは幼い頃から感覚で覚えていた。

 そのせいでシャーロットが母親のことを見下すようなことはなかったし、対等に接している父親を見ていたから真っ直ぐ育つことができた。

「ママはどうしておそとではたらかないの?」

 母親は在宅勤務をしており、ほとんどを自宅で過ごしていた。もちろん買い物のために外に出るから引きこもりではない。しかし大きな身体が家で働いている姿は、子供からすると不思議な光景だった。

「ママはシャロといたいからお家で働いているんだよ」

「じゃあパパはわたしといたくないの?」

「うーん。そうゆうわけではないかな。パパもママの二人共いなかったら寂しいだろ?」

「さびしいかも」

「かもなんだ……」

「けどママは宿題見てくれるから好き」

「ママのこと、便利屋だと思ってる?」

 母親はいつもシャーロットの近くにいてくれた。保護者面談や授業参観も母親が参加していた。父親は公の場に出てくることはなかった。小さい頃は単に父親が忙しいからだと思っていたけれど、大人になってから娘を守るためだったというのを知る。

 父親が母親といるのを避けるのはいつも生活圏のみだった。旅行には必ず三人で行っていた。ただし、旅行のことを学校提出の絵日記に描く時は父親の絵を描かないように言われた。

 他にも授業参観て母親のことをママと呼ばないこと、父親の性別が男であることを他言しないこと、他にもいくつか成約を課されていた。

 つまり両親は、シャーロットが大人になるまで周囲の偏見の目に晒したくなかったのだ。

「パパ、ママ。わたしはママがオメガでも気にしてないよ。他の人になんて言われても気にしないよ」

「うん。シャーロットはとても優しくて強い子だね。でも隠しておいてほしいんだ。ごめんね」

「どうして?」

 少し反抗期を迎えていたこともあり、両親の言葉に納得できない。自分たちはなにも恥ずかしいことをしていない。

「シャーロット。ちょっと幸せなのと、すっごく幸せなのだったらどっちがいい?」

「そんなのすっごい幸せな方がいいに決まっているじゃん」

「つまり、そうゆうことだよ」

 ぐしゃぐしゃと金色の髪を撫でられる。父親はいつもこうして会話を終わりにするのだ。

「でも本当にシャロがオメガじゃなくて本当によかったよ」

 母親の言葉には重みがあった。そしてシャーロット自身も、実のところ性別が判明した時に安堵したのも事実だった。


「パパとママはどっちから告白したの?」

「パパだよ」

「え、ママからだろ」

 二人はとても仲がよく、少し言い争いをすることはあっても、ケンカをしたことはない。

「でもママがとても魅力的で、パパから声をかけたんだ。そしたらな、ママってば不審者だと思ったとか言って逃げたんだよ。ひどくないか?」

「初対面なのにご飯に行こうっておっさんに言われたら逃げるだろ」

「あの頃はまだお兄さんだった」

「まぁパパがそれでもママを追ってくれたから結果的にシャロを授かったからいいけどさ」

「男は押しだよな」

「シャロ。決してパパみたいに後先考えずに動いたら駄目だからな。あの時のママ、本当怖かったんだよ」

 今の二人は幸せで、なにも欠けているところなんて存在していない。

 それでも二人は世間の目を気にしていた。学校でも段々と性の話題が増え、知識の浅い学生たちの共通認識はオメガと性行はしてみたいけど、結婚をして人生を共にするのは格好悪いから嫌だというものだった。

「お互い好きならよくない?」

 あっけらかんとシャーロットが言うと、

「だってオメガだぞ」

――ママは悪い人じゃないし、優しくてかっこいいのに。

 言い返したかったけれど、両親との約束を反故にするのは気が引けて笑って誤魔化すしかなかった。

――わたしは将来誰を好きになるのかな。

 別に相手の性別はなんでもいい。両親はとても仲良く過ごしている。彼らの気持ちを疑うことなんてできない。


 だからシャーロットには樹の心理を完全に理解できない。

――パパとママは今でも仲良しだし、そこに性別は関係してないのに。何で樹さんは頑なに固執するの?

 無理矢理にでも付き合って、シャーロットの両親にでも会わせたかった。きっと樹の人生はたまたま悪いことが重なっただけなのだと教えてあげたい。

 彼女にも幸福を享受する権利がある。

――わたしなら教えてあげられるよ、樹さん。

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