9.好きな人を好きな人と好きな人が好きな人

 自由奔放に見えても存外周りを気にするタイプの新人は、律儀に連絡を寄越してきた。律儀と言っても、ただ探りを入れたいだけだとは思うが。軽そうな見た目のわりに頭は切れる方らしい。そういえば人事評価もそこそこいいらしいと聞いた。

 あまり楽しくなさそうに、瑠衣はサブアドレスに送られてきたメールを眺める。丁寧なような文面には、少しばかり敵対心が混じっているように感じる。

「可愛くないな」

 狭くて視界の悪い喫煙所で、煙とともに苛立ちを吐く。

 わざとビジネスマナーを守った文面を返し、きっと律儀に待っている後輩の元へ向かうことにした。


「えっ、何でここなんですか?」

「何でって、ゆっくり話せるところでしょ?」

「話すならレストランとかでいいじゃないですか」

「ファミレスは好きじゃないの」

 瑠衣がシャーロットを連れてきた場所はホテルだ。口では文句を言うものの、上司が堂々と個室に進むとちゃんとついてくる。いくら彼女がアルファと言えども無防備だ。

 安いビジネスホテルでもなく、派手なラブホテルでもなく、そこそこの金額がしそうな部屋だ。ダブルベッドであることを除けば素敵。

「疲れたでしょ? 先にシャワーどうぞ」

「いや……話を終えたら帰ります」

「家帰ってから浴びても、今浴びても一緒でしょ」

 シャーロットの目を気にすることなく瑠衣がシャツのボタンに手をかけ始めたので、逃げるようにしてタオルと一緒に浴室へ飛び込む。

 瑠衣は金髪を目で追うこともなく、スマホを開いていた。一緒に撮った正規の写真から、食べていることに夢中で気づいていない横顔、少しよだれを垂らしている寝顔――どれも樹だ。

 シャワーの音が聞こえてくる。無機質で乱暴で、聞き心地はよくない。

「どうぞ」

 あっという間にローブ姿のシャーロットが、バスタオルを被りながら出てきた。

「どうも」

――ふーん。度胸はあるんだ。

 堂々とした後輩に驚きながらシャワーに切り替えると、

「冷たっ!?」

 てっきりお湯が出てくると思っていたが、出てきたのは冷水だ。

――あの金髪……。


「ドライヤー使いますか?」

「そのへんに置いといて」

 同じシャンプー、コンディショナーを使ったはずなのにシャーロットの髪は瑠衣よりもさらさらしている。歳の差か、肌も綺麗だ。苛立ちと共にまだ化粧水が残る手で若い肌を触る。分かりやすくビクッと怯える姿には可愛らしさが残る。

「なんですか?」

「んー? 綺麗な肌だなと思って」

 手を下へ動かしていくと、ローブが肩から落ちる前に腕を掴まれた。

「あの。話をしにきたんですよね?」

「そうね」

 掴まれたまま相手を押し倒した。

 乾かしていない髪から水が落ちるが気にしない。

「え? なんでですか?」

 有利な体勢を活かして、掴まれていた腕を振りほどく。

「松戸さんは樹さんのことが好きなんですよね?」

「そうだけど?」

 耳元で答えて、そのまま舌を這わせる。

「っ……!?」

「可愛い反応できるじゃない」

「わたしじゃなくて樹さんとヤれば……いやそれも困るけど」

「あたしだってできるならそうしているわよ」

 意地悪するように太ももを撫でながらローブを捲り上げる。

「でもいいのよ。あたしはあの子の一番だから」

 シャーロットがあからさまにムッと嫌そうな顔をする。

「それにあなたとヤれば、間接的にイチとヤったことになるでしょう?」

「ならないならない!」

「……もう濡れているわよ」

「や、これは防衛反応ですから!」

 そんなこと分かっている。

「ねぇ、佐倉さん」

 もうキスができるくらいの至近距離で作り笑顔を浮かべる。

「あなたがイチとヤることは別に咎めないわ。もちろんあの子が合意の上での話だけれど」

 ワントーン、意識的に声を下げる。

「でもあなたがあたしをあまりにも拒絶するなら……、分かるでしょう?」

「パワハラですか?」

「いいえ。佐倉さんが嫌と言うなら指を抜くけど?」

 少しだけシャーロットの目線が横に動いた。

「いい子ね」

「でも松戸さん」

 恐れるものなどなかったかのように、青い瞳が瑠衣を射抜く。

「間接的にしたいのであれば、松戸さんはされる側に回るべきじゃないですか?」

「……」

 樹に触れていたものと考えると、彼女の提案は間違っていない。

「確かに佐倉さんの言う通りだわ」

 少し乾いた唇が触れてきた。役が変わっても、瑠衣は上を譲る気がないらしい。

「でもあたし、佐倉さんで濡れるかしら」

「生憎わたしも好きでもない相手には勃たないです」

「可愛くない」

 面白くなさそうに、シャーロットの真っ白な脚を再び撫でる。

「あたしもあなたのこと好きじゃないわよ」

 ラブホテルを選んだ方がよかったのではないかと考えさせられる。

「まぁいいわ。ヤッたかどうかが大事なのだから、攻め受けなんて些細な問題よ」

「これやめる流れじゃなかったんですか?」

「ここまできてやめるわけないじゃない」

「……樹さんに、あなたの想い人は鬼畜な人間って言ってやる……」

「イチの新入社員時代の写真欲しくない?」

「いります」

「そうゆうところは嫌いじゃないわ」

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