8.ご褒美
「樹さ~ん! 可愛い後輩がただいま帰還致しました!」
電車の中でがっつりと睡眠を取り、意気揚々と戻ってきた自称可愛い後輩は明らかに機嫌の悪い先輩の元へ飛んで行く。
「……ぁ、お帰り。議事録を帰るまでにまとめてちょうだいね」
後輩の顔を一度見てから樹は立ち上がる。
「私はお昼に行ってくるから」
「あれ? まだ行ってなかったんですか?」
「どっかの誰かさんの帰りが思ったより遅かったからね」
「待っていてくれたんですか!?」
明らかに責められているのにも関わらず、シャーロットは喜びを露にする。
「何があったかは松戸さんから聞くけど、とにかく議事録ね」
「ちょ、わたしから聞いてくれれば……って聞いてない」
ちょっとした頭痛を抱えながら休憩室まで歩く。
――薬の摂取し過ぎかなぁ……。今度は休み取ろう。
ロッカーから自分のスマホを取り出す。機内モードを解除するとメッセージがいくつか届く。
――瑠衣さん。
瑠衣からのメッセージは短文で、『ちょっと後輩怖がらせたかも。あとよろしく』だけだ。スタンプも何もない。
――あれは怖がってないでしょ……。
既読をつけてしまったので不服そうな顔文字だけ返した。ただでさえ忙しいのに、余計なことを増やさないでほしい。しかし好きな人から着たメッセージというだけで嬉しくなる自分の単純さが憎い。
コンビニのおにぎりを二つ平らげ、白いテーブルの上に突っ伏した。
――瑠衣さんたち何話していたんだろ。あーやっぱり無理してでも私が行けばよかったかなぁ。でも無理かー。
忘れていた目覚ましをかけ、目を瞑る。
――私が他人のこと、どうこう言えないか。
気持ち悪くなるくらいの嫌な感情を上書きするようにすぐ睡魔がきて、スマホが勢いよく震えるまで記憶が途切れた。
「樹さん。樹さん!」
半日別の場所にいたせいか、いつも以上にシャーロットがしつこい。いくら定時を過ぎて、他のメンバーも帰った後だからと言ってもしつこい。
「さっきから何?」
「お使いもちゃんと行ってきたし、議事録もまとめたんですから、なんかごほーびくださいよ」
「はいはい。お疲れ様です」
「そうゆうのじゃなくて」
樹の背後から長い腕が伸びてくる。それを一瞬キーボードから離した手で払い落とした。
「仕事しないなら帰って」
「なんだか樹さん、機嫌悪くない?」
「そう思うならなおさら話しかけないで帰って」
いくら敬遠しても彼女は立ち去ろうとしない。
「タイムカードは切っているんで! 心配しなくても大丈夫ですよ!」
「そんなところ心配してないから」
画面ロックをかけて立ち上がる。
「どこ行くんですか?」
「飲み物買いに行くついでにあんたをここから追い出すのよ」
手元のペットボトルにはまだ少しだけ残っているが生ぬるい。
「何買うんです?」
「うーん。炭酸」
「眠気覚ましですか?」
「そうよ」
「樹さんってコーヒー飲まないですよね?」
「苦手なの。胸焼けするし」
「……そうなんですね」
休憩室の自販機で小さいサイズの炭酸飲料を買う。
「ほら、佐倉さんは帰りなさい」
「下の名前で呼んでくださいって言っているじゃないですか~」
「……シャーロット」
「はーい!」
「いいから早く帰って」
「ねぇ樹さん」
「もういいでしょ。私は仕事に戻るから」
「今なら誰もいないですよ?」
「だから?」
「ご褒美!」
「名前で呼んだでしょ!」
「樹さんの意地悪。ヘタレ」
「は? 何でよ?」
「今してくれないなら、人が来たタイミングでしちゃいますよ?」
「この小悪魔。とっとと帰りなさい」
念のため一度ぐるっと周りを確認してから、シャーロットに口づけをした。
「これでいい? これでいいよね?」
「あんまり睨むとシワになりますよ」
「余計なお世話だよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます