7.ランチタイム
お昼時には少し早く、駅前はまだ空いている。
祝日くらいにしか訪れる機会のないシャーロットにとっては、異様な光景に見える。観光客はほとんど見当たらず、外を歩いているのはおそらく営業マンだろう。
――営業って大変そうだけど、外に出られるのはいいなー。樹さんと営業デートしたい。
「なにか食べたいものとか、嫌いなものある?」
聞いてきたところでシャーロットの意見を採用するとは思えない興味のなさだ。
「特には……納豆はダメですけど」
「そこは見た目らしいのね」
「これでもわたしの国籍はちゃんと日本人ですよ」
色混じりのない金色の髪に、絵で描いたような青い瞳。肌の色には白以外一切混じることがなく、日本人の血が半分も流れていることの方が疑わしい。
「ゆっくり座れるところにしようかな」
腕時計で時間を確認しつつ、瑠衣が呟く。向かう先は本社からも大して離れていないカフェだった。立て掛けてあるボードを見るに、夜はバーとして営業しているようだ。
「いつもこの辺りで食べているんですか?」
奥の、表からは見えない角席に腰を下ろしてランチメニューを黒いテーブルの上で開く。
「あまり昼は来ないかな。夜に飲みたくなった時くらい。……あなたの上司とね」
わざとらしくつけ足した言葉。ポーカーフェイスなのか表情からは意図を読み取れないが、相変わらず好意は感じられない。
「……あの」
「決まった?」
「玉子サンドセットにします。松戸さんは、」
「すみませーん。注文をお願いします」
店員を呼ばれ、話が切られた。
――わたしって、すっごい嫌われてる?
ショートカットの似合う女性は注文を取りながら、「今日お仕事は?」「今日は後輩との面談なの」と短い会話を交わしていた。
「常連なんですね」
「まぁそんなところ。で? なにか聞きたかったんじゃないの?」
「……松戸さんって樹さんとお付き合いされているんですか」
驚いた様子も、狼狽する様子もまるで皆無で、
「あなたはどうなの? 佐倉さん」
質問に質問で返さないで欲しいと言いたかったが、彼女の鋭くなった眼光の前では無理だった。ひよこになった気分。
「わたしは樹さんのこと好きですよ……。でも何度も振られています」
「そう」
食前のコーヒーと紅茶が出て来て、会話に小休止が入った。
「でも」
マグカップを置いた手がそのまますーっと伸びてきてシャーロットの冷たい頬をそっと触る。一瞬ビクッと身体を動かすと、
「ヤったんでしょ」
言葉はいらないということなのか、親指がうすピンク色の唇をがっちりととらえた。
「あの子、終わった後、ちゃんと発作は治まってた?」
正直に答える義務などないのにも関わらず、素直に首を縦に振る。
答えを確認した瑠衣は、ほっとしたような顔をしてシャーロットから手を離した。その手はマグカップを掴むことなく、持ち主の頬へと向かう。
「でも」
安心した顔はどちらが理由だったのだろう。
「番にはなれなかったんだ」
誇っているわけでも、バカにしているわけでもない。瑠衣はただ事実だけを述べてから、再びマグカップに手をかけた。ただしカップを持ち上げはせずに、先生の話の間砂をいじる小学生のように持ち手を撫でたりつついたりするだけだ。
「松戸さんは番じゃないんですよね」
「そうね。あたしが番になっていたらあの子は発作なんて起こさないでしょ」
「たしかに」
納得しつつも疑問が残る。
――樹さんたち、付き合ってないの?
「まぁ当たり前よね。あたしはあの子と一度もヤったことないんだから、番になりようもないわ」
「!?」
思わぬ告白に、間を埋めようとして飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになり、慌てて布巾で口を塞ぐ。
「それでもあなたには負けないけど」
タイミングを見計らったように店員が料理を運んでくる。不穏な空気を読んでか読まないでか、明るくメニューとランチシステムを軽く告げてくる。
「ごゆっくり」
――早く帰りたい……。
会話は続けられず、目の前の先輩が黙々と箸を運ぶのに倣い、いつもはお喋りなシャーロットもさすがに言葉をかけづらい。
「箸が進んでいないようだけど? ちゃんと奢るから遠慮しないでいいからね」
――嫌味な人なのかな……。それともライバル視?
食べ終わらなければ帰ることもできないと気づき、無理矢理箸を動かし続け、やっとのことで太陽の下に出た時、
「とりあえず連絡先渡すから。仕事終わりにでも連絡して」
時代錯誤な携帯用メールアドレスが書かれた紙を無理矢理箸を渡され、考えていることがいまいち読めないライバルは「仕事あるから」と人通りの多くなった通りに消えてしまった。
「えー困る」
並べられた英数字の羅列を見ても浮かんでくるのは敬愛する先輩だけで、それがなおさら嫌な気持ちにさせてくる。
――とりあえず樹さんとこ行こう。
駅の方向を確認。
好きな人に会えると思えば、紙切れの重みもいつの間にか消えてしまった。
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