2.気になる人

 日本であれば大抵どこにいようと周りの目を惹き付ける金髪の彼女の名前は、佐倉シャーロット。金色に輝く髪、青い瞳、陶器のように真っ白な肌、一七〇センチを越す身長。イギリス人とのハーフではあるが、見た目だけでは完全に西洋の人間だ。初対面の人に必ず言われることは「どこ出身ですか?」と「モデルのお仕事ですか?」のどちらか。

 見た目通りに英語は堪能であり、コミュニケーション能力も高い。

「樹さん!」

 新入社員として入社した会社で、彼女の教育係として就いたのが市川樹だった。

「市川さん、って呼びなさい。私はあなたの友達じゃなく、先輩であり上司なんだから」

 持っていた書類で軽く叩かれる。

 身長は平均的でも、線が細いため全体的にかなりコンパクトに見える。忙しそうに栗色の髪を揺らしながら仕事をしている彼女は格好よく、とても可愛い。大した時間をかけることなく、シャーロットは先輩であり上司である彼女に惹かれていた。

 大学時代はアルバイトしたり、旅行をしたり、自分のために時間を使っていたら就職活動に出遅れてしまった。転職も視野に入れる形でひとまず入社を決めたのが、今いるこの会社だ。忙しそうにしていてブラック企業を匂わせるところも見受けられるが、樹に出会うことができたのだから選択は間違っていなかった。

 ただし、彼女には別に好きな人がいることは気づいている。ずっと仕事中も見ていたから分かる。

――でも好きなものは好きなんですよね。


「えーっと、次の電車は……」

 ちょうどいい時間になければ先にコンビニに寄ろうかと考えていたが、スマホがみつからない。

「……あー、トイレ行ったついでにメッセージ確認して、ロッカーにそのまま置いたんだっけ」

 コンビニまでは歩いてきてしまったが、

――樹さんって、まだ残って仕事しているよね。ちょうどタイミングよくあって、あわよくば一緒に帰れないかな~。

 期待に胸を膨らませて来た道を戻る。すれ違う人はまばらになり始めていた。

 エレベーターから降りた時、ロッカー室から灯りが漏れていたので、シャーロットは上司がまだいることを確証する。

 好きな人の名前を叫んで、あわよくば抱きついてしまいたいとか考えて、扉をそっと開いたけど、そこにいたのはカバンを雑に広げてソファの上で息を荒くしている樹だった。

 一瞬見えた携帯用の小さな注射器、指先から下腹部に向かって込み上げてくる肌を内側から舐めるような感覚、そしてこの触覚でも感じ取れる甘ったるい匂い。

――嘘だ。

 何十年と会社務めをしている人たちよりも業務をこなして成果を出している人が、若手の中でもナンバーワン成長率の人が、オメガなんて信じられるわけがない。

 シャーロットは人生の中でオメガと認識して接していたのは親しかいない。別に親を否定するつもりはないが、この社会で活躍をするのはアルファとベータの一部のみ。

 ましてやチームを率いるリーダーになんて、就けるわけがない。

 無意識に掴んでいた腕には力が込められており、熱で犯されたシャーロットの理性は飛んだ。


 正直少しショックもあった。尊敬していた相手がオメガであったこと。それを隠されていたこと。体質だからと自分の気持ちを信じてもらえていなかったこと。

 なによりも大切にしたい気持ちよりも自らの本能が勝ってしまったこと。

――最低だ。でも……、樹さんの唇柔らかかったなぁ。

「……」

 帰りの電車で持ち帰ったスマホを開く。溜まっているメッセージの中に想い人のものがないことを確認してから、ホーム画面に戻した。飲み会の喧騒に乗じて撮った樹の写真だ。

――可愛い。

 思い返せば樹は一切お酒を飲んでいなかった。もしかしたらそれも体質を抑制するためだったのかもしれない。

 他にもたくさんの我慢やカモフラージュもしてきたのだろうと想像をすると胸が痛む。その努力を否定するつもりはないけれど、シャーロットと結ばれれば多くのところで救われる。発作を気にすることもない。相手がアルファなら世間からの風当たりも多少はマシになる。

――わたしなら助けられるのに。

『次は――』

 アナウンスで我に返る。

 一体明日からどのように樹と接すればいいのか悩みつつ、シャーロットは人の少ない電車を降りた。

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