第6話 入学早々の事件

 

 ここで俺の事を少し話そう。


 高校受験の日に俺はある事故に遭った……らしい。らしいと言うのは俺はその時の事を覚えていないからだ。


 その時の怪我はほぼ治ったが心のダメージはまだ抜けていない。何故ならば……俺は事故に遭う1週間程前から、事故後に目を覚ました日迄……記憶が飛んでいる。解離性健忘症……事故のショックとその時に強く頭を打った影響か、その時の記憶がいまだに無い……。


 そして……俺はその事故の影響で、高校に1年遅れで入らなければならなかった。


 だから俺はわかっている……妹も純も……俺に気を使ってくれている事を……中学の時の同級生は一つ上になってしまった。今周りにいる者は皆年下だ。1年くらいと思うかも知れない……でも実際景色は違って見える。全く知らない土地に来たような感覚だ。


 入学して暫くすると、俺が浪人しているって事を知った内進生のクラスメイトが、「匠さ~~ん」とへらへらしながら、『さん』付けで呼んで来た。


 勿論悪意のみの敬称だ。俺が高校入学組、外進生だったのも原因の一つだった。


 中高一貫校は中学からの内進生組と高校から入学した外進生組に分かれる。

 当然内進組の方が人数も多くコミュニティも出来ている。


 そして成績はやはり受験競争で勝ち抜いて入ってきた外進組の方が良い。

 進学校なので成績は大学の推薦入学に直接関わって来る。

 その影響か内進組は外進組の事を良くは思っていない。

 

 以上の事から俺は内進組に目を付けられていた……。


 そしてその悪意に満ちた敬称に、内進組の挑発に俺は乗ってしまった。


 いま思えば俺にも悪い所はあった……年下の癖に生意気に……と思ったからだ。


 一度は無視を決め込んでいたが、俺の身長があまり高く無く小柄だったからか、後進組の一人が調子に乗って更にしつこくちょっかいを掛け続けてきた。


 我慢の限界を越えた俺はそいつに言った……言ってしまった。


「ガキが……」

 その言葉に逆上したそいつは俺に掴みかかって来た。


 ちなみに言って無かったが、俺は中学まで空手を習っていた。


 事故の怪我で辞めてしまったが、小さな頃から道場に通っていたので、年下で勉強ばかりしている奴には負けなかった。


 俺はかすり傷……そいつは鼻骨骨折の重傷……俺が先に手を出したとそいつは主張した、周りもそれを同意して、俺は窮地に立たされた。が、何故かその現場にたまたま生徒会長がいた。


 生徒会長は一部始終を見ており 俺の正当防衛を証言してくれた。

 

 会長のお陰で俺は退学を免れたが、やはり相手は重傷という事で過剰防衛と判断され、結果そいつ共々1週間の停学になってしまった……。


 俺は高校入学早々に大学への推薦の道が無くなってしまった。


 それから1年……俺は勉強勉強の毎日を送っていた。取り戻さなければ……失った1年を……そう思いながら……必死に勉強をし続けていた。



 ◈◈◈



「おはようございます、水無瀬君」


「あ、会長……おはようございます」

 夏休み明け学校に来ると早速会長が俺の元にやって来た。

 

 そう……あの喧嘩の日も、そして停学明けも、その後も、何故か事あるごとに俺の周りをウロウロしている……聞くと校内を見回りしていると言ったんだが……会長ってそんなに暇なのかな?


「ふふふ、夏休み前に引き継ぎは終了しましので私はもう生徒会長ではありませんよ」

 黒で艶のある美しい髪を靡かせながら元会長神宮寺 早苗じんぐうじ さなえは俺を見てニッコリと笑った。


 元会長は俺より高い背丈、モデルの様な体型、そして俺の周りにはいない大きな胸を持ち……超優秀な頭と美貌を兼ね備え、学校史上初の後進組から生徒会長になった人だ……そして俺を助けてくれた恩人でもある。


「えっと……そうしたら何故2年の教室の前に?」


「え? えっと……そ、それは……」

 そう聞くと元会長は何かモジモジとし出す……なんだ? この可愛い生き物は? 

 そう思った瞬間俺は、自分って男は最悪だと実感する。

 

 つい昨日まで俺は落ち込んでいた。いや、今でも落ち込んでいる。


 俺は夏休み後半勉強そっちのけで毎日公園に通った……何時間も待ち続けた。

 駅や繁華街にも足を運んだ……


 そう……どうしても詩ちゃんに会いたかったからだ……。


 俺は振られたのだろう、キモかったんだろう……。


 でも……それでも……もう一度……もう一度だけ彼女を見たかった……俺の運命の人をもう一度……なのに……会長……元会長がこうやって話しかけて来るだけで、俺は今一瞬彼女の事を……詩ちゃんの事を忘れた……本当……何が運命だよ。


「えっと……じゃ、じゃあ」

 俺は自己嫌悪に陥り、元会長との会話をそこで断ち切った。


「え? あ、はい……」

 何か意味深な態度の元会長だが、これはいつもの事、初めて会ったあの喧嘩の時は、物凄く怯えた表情で俺を見ていた。

 まあ、その時は返り血を浴びていたからだと思うけど……その後も俺の所に来ては怯えながら無理に話しかけてくるという、よくわからない行動をしていた。


 学校の問題児の監視と俺は理由をつけていたが……会長を引退した今日はなんなんだ?


 まさか……ねえ……。


 俺に惚れてる?……ナイナイ……。


 理由が無い、一目惚れなんて……都市伝説だ……そもそもそんな物叶う事は無い。


 俺はそう思いながら教室の自分の席に着いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る