第5話 私と匠の約束。

 

 私は今、沖縄に行く機内の中にいた。

 結局匠は最後まで首を縦に振る事は無かった。

 菜ちゃんもお兄ちゃんが行かないならと今回も沖縄行きを断ってきた……。


 私も匠が行かないならと思ったが、2年も会っていないから会いたいとお婆ちゃんに言われ、断りきれなかった。



 私は機内の窓から見える景色を見ながら昔の事を思い出していた。



 小さい頃に亡くなった匠のおばあちゃんが言っていた……。


「運命の人は必ず現れるから……出会えばすぐにわかるから」って……。


 匠は目を輝かせながらその話を聞いていた。


 私は、そんなの嘘だって思った……だって……もう目の前にいるから……生まれた時から目の前にいるからって……。


 私は匠の事が好き……ずっとずっと前から大好きだった。


 匠は運命の人が現れる、出会ったら分かる、とお婆ちゃんに言われた事を信じ続けていた。


 でも……匠は……あの日……それを否定してくれた……1年半前……事故に遭う1週間前に……匠は……運命の人は私って言ってくれた。


 1年半前、匠の高校受験1週間前に……私は匠と……ある約束をした……。



 ◈◈◈



「匠~~勉強進んでる?」


「純が入ってこなけりゃな!」

 私が匠の部屋に入ると匠は椅子を半回転させ私を睨み付ける。


「ああ、ごめん~~でもほら、もう試験1週間前でしょ? 今からやってもさあ~~」


「俺は純とは違うの! 今やった問題が出るか出ないかで合格が左右されるの!」


「えーーだったらそんなギリギリな学校受けないで、もっと楽な所にしなよ~~」


「嫌じゃ!」


「なんで?」


「…………だって……純が来年行くから……」


「……え?」


「純が行くなら俺もって、これ以上純と差を付けられたくない、俺は年上なんだし、もう少し純に格好良い所を見せたいんだ……」


「た、たくみ……?」


 私はびっくりした……匠がそんな事を言うなんて……でも受験前でテンションが上がっているのか? 匠はもっと凄い事を言ってくれた。


「……純にはさ、昔から感謝してるんだ……本当は俺が家事をやったり妹の世話をしなけりゃ行けなかったのにさ……」


「えええ!! 匠がデレたあああ!!」


「デレとか言うな! 真剣に話してるのに! もういい!!」

 匠は怒って椅子を回し、机に向かってしまった。


「あうううう、ごめん、ごめんなさいいい、照れ臭かったのおおお」

 私は座っている匠の首に後ろから抱きつく。はあああ、久々に匠とくっつけた……嬉しい。


 子供の頃からこうやって抱きつくのが大好きだった。でもいつも一瞬で剥がされる……それがいつものパターン。私は剥がされたらいつもの様に大袈裟にリアクションを…………あれ? 今日は何故か剥がされない……それどころか私の腕に匠が手を添えてくれている。


 え? な、何? なんか……凄く……いい雰囲気……。


 私はこのチャンスを逃がさなかった……ずっと思っていた事を、思いの丈を今こそと匠にぶつけた。


「あのさ……匠……本当に感謝してる?」


「ああ……」


「じゃ、じゃあさ……ご褒美くれる? も、もし匠が今年合格してね、来年私も合格したらさ……その…………私と…………つ、付き合ってくれる?」


「──は? …………ええええええええ!!」


 匠は凄い顔をして私の方を見た……あははは、言っちゃった。


「だ、駄目かな……駄目だよね? ご、ごめん忘れ」


「いや……駄目ってわけじゃ……純て……俺の事……好きなの?」


「ぶううううう、好きでも無い人と付き合ってなんて言うわけ無いでしょ!」


「…………」


「た、匠? その……ごめん……迷惑……だよね……だったら忘れて」

 私はここで我に帰った……そうだ……これは言っては行けないセリフだったと……これで匠と気まずくなったら……ここに、この家に来れなくなる……そうなったら……悲しすぎる……辛すぎる。


 今なら、今なら冗談で済む……今なら取り消せるってそう思った。


 でも、匠は何も言わずに暫くじっと私を見ていた……そして笑いながら言った。


「俺も……純の事……好きかも……そうか、運命の人って……ひょっとしたら……純なのかもな……」


「え?」

 匠の口からとんでもないセリフが……え? 今なんて? 私の聞き間違い? 


「うん……じゃあさ俺が合格したらさ……付き合うか?」


「ええええええ!?」


「なんだよ、嫌なのかよ?」


「いいいいい、嫌じゃ、嫌じゃない! ほ、本当に!!」


「合格したらだぞ? 良いのか?」


「うん! だってするもん、匠は凄いもん」


「凄いのは純だよ、俺はお前を追いかけてるんだから」


「あはははは年上なのに追いかけるってなんか変……でも……大丈夫……匠なら……絶対に……」



 匠が合格したら……私達は付き合える……そう約束した。

 私は天にも昇る様な気持ちになった。大丈夫匠は合格する……そんな確信があった。


 でも……それは……叶わなかった……叶う事は……無かった。




 受験当日の朝、匠のお母さんから連絡があった。


「た、匠が! 嘘……」


 匠が駅でホームから線路に落ちたと連絡が入った……。


 電車に轢かれたわけで無いが頭を強く打ったらしく病院に運ばれて緊急手術を受けてていると……詳しくはわからないけど、受験が嫌で……ひょっとしたら……飛び込もうとしたのかも……と聞かされた。


 私はお母さんと一緒にタクシーに飛び乗り匠が運ばれた病院に向かった。


 ……嘘……嘘……絶対に……嘘だ。


「匠はそんな事しない……匠はそんなに弱く無い……だって合格するんだから、絶対に合格するって言ったんだから」

 私はタクシーの中で手を合わせた、お母さんが私の肩を抱いてくれた。

 でも震えが止まらない……涙が止まらない……お願い、どうか無事で、お願い神様……。

 匠と付き合えなくてもいい、私が運命の人じゃなくてもいい……。

 匠が無事なら、生きていてくれたら……私はどうなってもいい……。


 お願い神様!! どうか匠を助けて!! 


 私は願った……そう願い続けた…………。



 そして……私の願いは叶った……匠は無事だった……。


 手術は無事に終わっていた。匠のお母さんによると命には別状はないとの事だったが今は完全に身体を固定されていて面会出来ないとの事……脳挫傷と頸椎の骨折で2ヶ月のは絶体安静との事だった。


 私はその場で泣き崩れた……良かった……本当に良かった……神様ありがとうと私は泣きながら感謝した。


 でも、数日後、面会可能になり匠と会った時にわかった……私の願いを聞き入れてくれたのは神様ではなかった。


 匠は私にこういった。


「……俺どうなった……怪我の原因がよくわかんねえ、これじゃあ……来週の試験駄目なんだろう……なあ」


「来週?」


「え? 違うの? 今日……何日?」



◈◈◈


 匠は事故に遭う1週間前から事故後目が覚めるまでの記憶が無くなっていた。


 私の告白も……私との約束も……全部覚えていなかった。


 そしてそれは……今でも思い出してはいない


 きれいさっぱりに忘れている。



 そう……私の願いを叶えたのは神様ではなかった……悪魔だった……。



 でもいい……それは私が願った事だから……匠が生きていいてくれたのだから……もう何も要らない……もう何も求めない……。



 私は匠の運命の人じゃなかった……ただそれだけ……。


 私はお母さんにバレない様に窓の外を眺めながら……泣いた。

 でもこれは悲しくてではない……。


 匠が生きていてくれた……その喜びと感謝の涙だと……そう思っている。






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