道で黒猫を助けようとしたら異世界に招かれた話

@kanata4k

第1話

俺の名前は、三国(みくに)太陽(たいよう)。男子の中学三年生だ。

 今日も当たり前のように朝を迎えて、洗顔と歯磨き、ぼさぼさな髪を鏡をみながら整えたあとで、居間へ行き家族と朝食をとる。

 

 魚肉ソーセージを大口あけてかじりついたときに、テレビに気になるものが映っていた。


『今日の最悪な運勢(うんせい)はてんびん座のあなた! 道中お気をつけください。ラッキーカラーは黒です』

 もう少しで俺の誕生日だというのに、朝からブルーな気分にさせてくれるなあ。

 こういう、自分に都合の悪いことは、すぐに忘れるが吉である。

 

 食べ終えて鞄(かばん)を肩に担(かつ)いで、玄関から勢いよく家をでる。

 

 歩きはじめて、前方の道に黒猫(くろねこ)がいた。

 それもかなり衰弱(すいじゃく)しているようすだ。

 その猫の、さらに向うから白い自動車が、住宅街にしては速いスピードで、こっちにくる。減速するようすはない。


(このままだと、猫を轢(ひ)いてしまう)

 

 瞬間、俺は足を動かしていた。

 猫の前へでて、停止させるために両手をひろげて立っていた。

 

 すると、自動車は俺にきづいたのか、急ブレーキをかける。が、間に合わなかった。

 身体(からだ)に大きい衝撃(しょうげき)が走った。

 そして、俺の意識は一瞬で飛んでしまった――――



 目が覚めると、俺は知らない部屋で布団に寝ていた。

(ここはどこだ? 俺はあの後どうなって……)

 身体を起こして頭をボリボリ掻(か)こうとすると、

 頭の左右に二本の突起(とっき)物があることにきづいた。

 ? なんだこれは。


 触(さわ)ると硬(かた)くて、さきが尖(とが)っている。

 そして抜こうとしても抜けなかった。

 身体の一部のようになっている。

 俺は現状の確認をしてみた。

 こどもの頃に絵本でみた、昔話にでてきそうな和風の室内だ。

 身につけている服は、茶色のボロ布を無理矢理からだに巻いている。

 そして頭にある二本のツノ。


「なんだい、あんた起きてたのかい」

となりに寝ていたらしい、しらない女の鬼(おに)がそこにはいた。


「ぎゃああああ!」


「きゃあ、なに?」


「鬼だああああ!」


「あんた、落ち着いて。わたしら鬼だよ。寝て目覚めて猿(さる)にでもかわってたら変だろ?」


「大変だああ!」


「うるさいよ! あんまり騒(さわ)ぐと、あんたのツノへし折っちまうよ!」


 俺は取り乱して外へ出た。

 ――すると、昼なのかもしれないが、夜のように辺り全体が暗い。

 空も俺の知っている空の色ではなく、灰色をしていた。

 雨雲に覆(おお)われているようすはない。

 ここは、いつもの街並みではなく、かなり荒廃(こうはい)している家が、ちらほら見える。

 あまりに現実とかけ離れている風景(ふうけい)に、ぽかんと大口をあけていた。

 

(ここはもしかして、悪いことをして、しんだ人がいくと言われる『地獄(じごく)』か?)

 

 そうしていると、うしろからなにか足音が聞こえてきた。


「あんた、ぼさっとしてないで、そろそろ仕事に行く時間だよ」

 

 さっきの鬼が俺に乱暴(らんぼう)に言ってきた。へ?

 

 まわりを見ると、複数のボロ家の中から、ひと、いや、鬼がでてきて、だるそうにしながらも、皆おなじ方向に歩いていく。


「ほら、いったいった」


 女の鬼に、ぐいと背中を押されて無理矢理、歩いている鬼の列に加わった。

 足は動いていても、頭は思考停止していた。

 

 こうして、たくさんの鬼が列で歩いていると、だらしのない鬼の行進のようだ。

 


 二十分くらいは歩いたと思う。

 すると、大きな建物が見えてきた。

 

 ふるびた木造(もくぞう)の二階建て、ところどころ、木材が腐(くさ)っていて、すこし力を加えれば、すぐに穴があいてしまいそうだ。

 広さは、三十坪くらいある。

 例えると、まるで廃校になってしまった学校のようだ。


 みんなにつづいて、建物内に入り、室内を歩いて、大広間のようなとこに着いた。

 この広さは体育館のようだ。ちょうど壇上(だんじょう)がある。

 

 そこで、おれたちは、縦列も横列もない、ごちゃごちゃの集まりで座っていた。


「キーンコーンカーンコーン」


 やっぱり学校じゃないか、と思ったところで、壇上に、顔の大きい偉そうな鬼が現れた。


「はい、みなさん、本日もはりきって働きましょう」


 顔の大きい鬼の一声で、四の鬼が、立ち上がった。


「赤鬼です。仕事をなまけている鬼がいないか、監視する仕事です」


「青鬼です。掃除をする仕事です」


「緑鬼です。いろんなものを運ぶ仕事です」


「白鬼です。みんなの体調管理や、教育をする仕事です」


 色のついた鬼達は、手を上げながら説明した。


(ちなみに、おれたちみんなの肌は、人間と同じ色をしていた)


 すると、みんな色のついた鬼に近づいく。

 それぞれやりたい仕事があるのだろう。

 おれも、比較的(ひかくてき)に楽ができそうな、赤鬼のところにいった。


「残念ですが、もう定員オーバーです。ほかの色鬼のところへどうぞいってください」


 次に白い鬼のところにいった。


「もうメンバーは決まりました。それとも、あなたは何かわたしにようですか?」


 言って、白鬼はてのひらを向けてきた。


(もしかすると、ここで何か渡せば、白い業務(ぎょうむ)に就(つ)けるのか?)


 しかし、おれがなにも持っていないことを知った白鬼は、あっちいけという仕草(しぐさ)をした。


 青鬼のところも、どうやら募集を終了しているようだ。


しかたがないから、緑鬼のところにいった。たしか、ものを運ぶ仕事だったか。


「はい、わかりました。じゃあ、わたしについてきてください」


 緑鬼についていくと、さっそく力仕事がはじまった。

 本当にいろんなものを運ぶのだが、たまに重い物がまじっていて、正直きつい。トラックとかで、運搬(うんぱん)作業(さぎょう)を毎日してる人はすごいなあ、と感心した。


 

 仕事がおわって、緑鬼からおつかれさまでした。と労(ねぎら)いの言葉をかけられた。

 

 そして、仕事の報酬を受け取る。

 なにかの食べ物の包みのようだ。

 みんなは包みを持って、帰って行った。

 おれも帰ろうとしたところで、緑鬼に呼び止められた。


「おれが誰かわかるか?」


 口調がかわっていた。

 おれは、わからない、という仕草をすると、


「おれは、あっちの世界のお前が助けようとした、黒猫だ」


 !?


「おれを助けようとしてくれて、ありがとな」

 

 緑鬼は、にっ、と猫がわらうような笑顔だった。


「あのあと、おれとお前はどうなったんだ?」


「お前は死んだよ。俺は車に轢かれてではなく、腹を空かして、しんだ」


「そうか、じゃあやっぱりここは、いわゆる地獄なのか?」


「地獄という名称ではないが、現世(げんせ)で死んだあとも働かなければならないってことは、ある意味地獄であってるのかもしれねえな」

 緑の鬼は、険(けわ)しい表情をしていた。


「おれもどうしてかわからないが、毎日おなじことの繰り返しだと、日々を記憶することをいつのまにか、しなくなったんだ。意識しても、時が過ぎれば、徐々(じょじょ)にうすれて消えちまう」


(え? もしかして、おれも今日がこっちにきて初めてじゃないのか?)

 考えてみたがわからなかった。


「とにかく、今日はありがとうな。明日もよろしく頼む」

 右手を差し出してくる緑鬼。


 おれは、その手を軽く握(にぎ)った。



 家に帰ってきた。


「あらあんた、おかえりなさい」

 女の鬼が、手のひらを差し出して来た。


 おれは、仕事の報酬の包みを、女の鬼の手の上に軽く置いた。


「ごはんにする?」


「いや、腹減ってないからいらない。少し横になるよ」


 布団にごろんと寝ころんだ。すると徐々に眠気がやってきた。

 どこか心地のいいまどろみ。波のようなものを感じる。

 おれは……そのまま…………深い眠りについた――――




「ピピピピピピピピピ」


 時刻を告(つ)げるアラーム。おれは、むくりとベッドから起き上がり、スマホの画面にタッチして、アラームをとめる。


 ふわあ、とあくびをしてから、ぼさぼさになっている髪の頭を掻いた。


 なんか長い夢を見ていたような気がする。


 思い出そうとしたが、すぐに記憶にもやのようなものが、かかってあきらめた。


 一階へいき、さきに起きていた両親にあいさつして、ダイニングで朝食をたべる。



 魚肉ソーセージを食べようとしたところで、朝のテレビに気になるものが映っていた。



『今日の最悪な運勢(うんせい)はてんびん座のあなた! 道中お気をつけください。ラッキーカラーは黒です』


 おれは、それを見た瞬間、走りだしていた――――


「ちょっと、いきなりどこ行くの!?」


 母の声を無視して、玄関からそとにでる。



――道の真ん中に黒猫が倒れている。


――そして猛スピードで近づいてくる白い自動車。


 おれは黒猫を抱きかかえて、道路わきによる。


ブーンと高速で去っていく車。


猫がすこし弱っているようなので、手に持っていた魚肉ソーセージを食べさせた。


猫を観察していると、すこし元気がでてきたみたいだ。


黒猫は、あいさつがわりに、おれの顔をぺろりとなめる。


――おれは、猫の右手のにくきゅうを指先でかるくふれて、


ちいさな握手をした。

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