第12話 獣王の重責、少女の想いを告白される噺

「ちょっと待て、どういう事だ?」


 試練だからと勝負を受けさせられ、それに勝ったなら何かを背負わされる。

 なぜ?


 例えそれが決まり事だったとしても、せめて事前に報せてもらわなければ同意もしようがない。


「俺になにをさせたい?」

「それは……」

 それは?


「わ、私のお婿さんになってください。次代のビーストマスターをもっと強くするために、貴方の子供を産ませてください」


 これもほとんど息継ぎする事なく、一気に捲し立てて、今度こそ逆上せ上がったイシュリーはその場にへたり込んでしまった。


「あなた子供を産むって、どういう事か分かってるの?」


 イシュリーのプロボーズを聞いて一歩前に出てきたミルは、事の重大さを説こうと試みるも、悲しいかな自分にも全く恋の経験すらないことに気付く。


 だけどこの子が考えていることなら分かる。


 獣の王として称えられ、強者であることを望む者として、強い遺伝子は何よりも求める物の一つとなる。


 ここでミルは昔クエストを一緒した、ある女秘術士の言葉を思い出していた。


 剣術も体術もろくに使えない秘術士が、冒険者をするのには、せめて五種類の術が使えなくては誰も組んではくれない。


 その秘術士は三つの攻撃術と、攻撃補助術、回復術が使えた。攻撃術三つの内の二つは炎系統の術、様々な術を覚えるというのは、なかなかに大変なのだそうだ。


 軍に所属しようとするなら更に五つ。宮廷術士を望むなら十五の術は、最低求められる。


 未だどれだけの術を操れるのか、計り知れないウイックの秘術士としての実力は未知数。


 自分を負かした相手、それも絶対的な力の差を見せつけられれば、その相手を拒絶する何かがない限り、戦士たる女は強い男に惹かれるものだ。


「イシュリー、悪いがその願いを聞いてやることはできないよ」

「私のような醜女しこめで体の貧相な娘はお嫌いですか?」


 告白を受け入れてもらえず、絶望感を味わうイシュリーだが、そう簡単に引き下がることは出来ない。


「イシュリーは顔も胸もお尻も、何の不満もない良いもん持ってるぜ。だがな俺たち今日会ったばっかりで、そんな事いきなり決められないだろ?」


 このウイックの返しに驚きを隠せなかったのはミル。口をパクパクさせて言葉を失ってしまう。


 こんな可愛い子に同意を得てわいせつ行為を行えると言うのに、もしそれを望めば容赦なく斬りつけていただろうけど。思いもしない返事に、第三者の身で動揺してしまう。


「そう、ですね。では尚更ご一緒させてください。これからもっともっとウイックさんのことを知って、私はあなたの理想に近付いて見せます」


 気が小さいと自己分析していた子の台詞とは思えないが、その熱に圧されてウイックは「お、おおぅ」と少々間抜けに了解した。


 が、ここで一つ疑問が残る。


「獣王様が神殿を空けて大丈夫なのか?」

「問題ありません」


 即答で返されるが、ここは試練の場である以前に神殿なのだから、挑戦者がいなくても獣王の役割というのは他にも色々あるはずだ。


「私がいない間は先代の、お母様が代座を務めてくれますので、大丈夫なんです」


 獣王というのは世襲で受け継がれていく。

 幼い頃から厳しい修練を重ねて、成人する頃には一人前の闘士となって継承する。


 イシュリーは歴代にも類をみないほど、早くに神殿を預かる身になったが、もちろん年頃になれば、次代を授かるために、一時はこの場を離れるときは訪れる。


「なるほどね。神殿での試練は、お婿さん選びの場でもあるってわけなのね」


 お務めとはいえ、年頃の女の子が恋も知らずに強い男を待ち続ける。


「それって、必ずしも強いやつに出会える保証はないわよね」


 今回は一瞬でケリが着き、その獣王の強さを観る事はできなかったが、普段の練習相手をしているゴーレムよりも強いとなると、そのお眼鏡に適う挑戦者なんて、そうそう訪れることもないだろう。


「私が聞く限りでは、少なくとも過去五代は、未婚のまま世継ぎを決めているのだとか」


「それでメルティアンの門番をしているってことか」


「ウイック、あんたその声!?」


 女体化が完全に体に馴染み、声も高くなり、どこからどう見ても男の影も形も残っていない。


「メルティアンは女だけの世界。生物として種を残すためには雄は必須。それを超越する技術が彼の国にはあると言うことだ」


 声色が変わったことも意に介さず、ウイックは女性だけの世界に対し、文字通り膨らんだ胸を躍らせた。

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