第9話 最後の試練に立ち向かう噺

 思った以上に長い通路を抜け、広がった空間に二人は出た。


 これまでよりも高度な結界が、ここには幾重にも張られている。


 それと同時に実際より空間を拡張されるように、恐らくは何らかの術式が施されているのだろう。演舞場と比べてかなり広い。


「さてよくも我がゴーレムを葬ってくれた。その報いは我が手で晴らそう」


 二人の前に立つのは、黄金の全身鎧に身を包んだ大柄な人型だった。


 見た目通りなら筋骨隆々の大男と言うことになるが、それもまたゴーレムの類ということもあり得る。


「ハッタリはいいから、早く出てこい」


 ウイックの声に応えて、鎧の後ろから出てきたのは小柄な影。


「女、の子?」


 ノースリーブにホットパンツ、黄色を基調に赤の差し色が入ったシンプルなデザインだが、動きやすさで言えばミルよりも快適だろう。


 脛当てと手甲をしているが、どちらにもあのゴーレム同様の精霊石が埋め込まれている。

 黒い髪の毛は肩胛骨の辺りまであるか、項の辺りで一本に絞り、その先を赤いリボンで括り、先端辺りで蝶々結びをしている。


「まるで獣の尾だな」


 そしてウイックの目が注がれたのは。


「小振りだがいい形だ。その感触、今すぐにでも確かめたいもんだ」


 頸動脈に熱い痛みを覚えるが、風の護符のお陰で怪我はない。振り返りもせずに投げられたナイフを彼女に返し、ウイックは最も特徴的な顔の辺りに目を向ける。


「獣をイメージしたのか、その仮面は?」


 露出している二の腕や太股の肌の艶や質感から言って、かなり若いように思える。


「なるほど、ここは獣王の神殿だったんだな」


 相手が付けている仮面には見覚えがあった。


「そう、そして私が現獣王だ」


 変換されていた声は、見た目に見合った可愛らしいものだった。


「獣王と言うことは、ビーストマスターの名を受け継ぐ者なんだな」

「ちょっとちょっとウイック」

「なんだよ?」


 最後の審判者を前に、状況を理解した様子のウイックに、ミルが横槍を入れる。


「ごめん、ちょっと話が見えてこなくて」

「見えるも何も判明したのは、お前が商人からもらった情報が、とんでも無く難易度の高い物だって事が実感できたってくらいだけど」


 今から相手となるビーストマスターとは、世界最強の格闘術を極める者の一人だと言うこと、大刀を振り回すミルには相性の悪い敵だということだ。


「大丈夫だ安心しろ。私が相手をするのはそちらの秘術士の男の方だ」

「むっ、なんかまだよく分かってないけど、別に私がやってもいいわよ」

「張り合わなくたっていいって、今は。ここは向こうのテリトリーなんだから、指名権は向こうに預けるべきだろ」


 それはもちろんウイックの言う通りなのだが、なんか面白くないミルはしかし、ここは大人しく引き下がることにした。


 ここまで来て、失格にでもされたら堪ったもんじゃあない。


「だがよビーストマスター。なんで俺を指名する。大技を封じられた秘術士と格闘家じゃあ、あまりにこちらに分が悪すぎるんじゃあないか?」

「お前は強い。ハンデを背負ってなお強いだろう。だからそれを見極める。それが私の使命だから」


 対ゴーレム戦を見た上での評価だろう。その口振りから言って、勝つ自信も得たようだ。


 ビーストマスターが構える。ミルが後ろに下がり、ウイックは軽く頭を掻きむしり、戦闘シミュレーションを瞬時に終わらせる。


 対戦は呆気なく終わった。


「はうぅぅぅ、あんまりです」


 一気に距離を詰めようとしたビーストマスターだったが、その勢いを利用され、ウイックが張った罠にまんまと引っ掛かってしまった。


 眼前に突如現れた赤く大きな火球。


 獣王はもちろん避けることはできた。はずだった。


 まさかあの一瞬で、あの大きさの火球が右にも左にも、上にも下にも更には後ろにも出現するとは。


 勢いを殺さず曲がることは出来た。だけど止まることは出来ず、自ら火の中に飛び込むこととなってしまった。


 ビーストマスターを飲み込んだ炎は、色濃い深紅へと変色し、堅い外郭を持った牢獄となって敵を閉じ込めた。“炎獄えんごくの秘術”は完成した。


 その中でほどよく焼かれたビーストマスターは、あっさりと降参を認めた。


「大きな術を封じたつもりだったかもしれんが、やりようなんていくらでもあるからな。お前さん俺を嘗めすぎたんだよ」


 いや、嘗めてかかる暇もなかった。


 焦がされた体を敵である秘術士に癒してもらいながら、獣王は改めて負けを認めた。

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