第7話 神の試練に挑んでみる噺

「向こうよりも森が深いんじゃあない?」


 少なくともこの森を抜けなければ、場所の特定は出来そうにないが、二人の目標はこの辺りにある何かのはず、迷わないように注意しながら探索するしかない。


 勘を働かせ、歩き出した二人は直ぐに大きな建物に行き着いた。


「やっぱすげぇな、ミルのこういう時の鼻」


 そこにあるのは神殿造りの建物。

 庭園も綺麗に整備されて、芝生には雑草の一本も混ざっていない。


 左右対称のシンメトリーの建物は、中心に大きな二枚の開き扉、振り返れば立派に整えられた参道が延びている。


「ここはやっぱりあの観光地とは違うみたいね」


 綺麗にされてはいるが、さっきまでいた遺跡群なら、休息日でなくとも幾人かの観光客を見掛けるものだが、ここには人っ子一人いない。


「それでミルさんよ。これは一体なんだと思う?」

「何かは分かんないけど、神殿なら秘宝に繋がる何かが見つかっても、おかしくはないんじゃあない?」


 ここまで来て見ないと言う手はない。二人は自分達の身長の倍以上の高さはある扉の前に立った。


「重そうね。二人で開けられるかしら?」

「必要なのは、そっちの心配じゃあねぇよ」


 頑丈そうで重そうな金属の扉、汚れ一つ付いていない建物を見れば、さほど力を掛けなくても開きそうではあるが、ウイックが少し気になる言い方をしてくる。


「鍵が掛かってるの?」

「そうだな。扉に掛かった封印なら、鍵と呼んでいいんじゃねぇか?」

「封印?」


 まさかここでも、自分一人では途方に暮れるワードが出てくるとは思っていなかったミルは、今回こうしてコンビを組むことになった相棒の小さな背中が頼もしく見える。


「俺が封印解除を? できないよ。解除法を知らなきゃ」


 なぜだろう。男は何も悪くないのに、絶望的な失望感がのし掛かってくる。


「何か手掛かりでもあればな」

「手掛かり?」


 そう言えば商人から何か聞いていたような。ミルが記憶の糸を解く。


「もしかしてあれかな?」


 ミルは扉の前に立ち、掌を合わせた両手を頭上に伸ばし、踵をくっつけたまま膝を曲げ、顔を上に向ける。


「えっと確か、……我、理を解く」


 言葉に力が宿り、大きな音を立てて扉は内側に開いていく。


「なんだ、秘術発動の決まり文句じゃないか」


 秘術を行使するには、イメージを強く固めないとならない。


 初心者は、頭に「我、理を解き……」と付けることで理力が集まり始め、試行系統の精霊の名を呼び、力をどのように行使するのかを示し、最後に術の名前を口にすれば発動する。例えば「我、理を解き、シルフィードの名に於いて、風の刃を放つ、“風刃ふうじんの秘術”」と、唱える事で奇跡が起こる。


 中級者になれば先頭文を省き、精霊の名と事象と術の名前で発動でき、上級者は精霊の名前も唱えなくなる。更に極めれば、術の名前だけで事を成せるようになるのだ。


 まさかのワードと、普通なら恥ずかしくて取れない格好が、封印を解く鍵になっていた。


 当てずっぽうでは解除できなかっただろう。


 ウイックはミルのプロ根性を目の当たりにし、表情にも出さず感心しながら、心で爆笑しながら中に入っていった。


 最初にあるのは、二階までの吹き抜けになっている、やや広めのエントランス。


 部屋の灯りは油を使ったランプが室内を照らしている。奥には次の部屋に通ずる廊下があり、ここには誰もいないので、許可なく先に進むことにした。


「やっぱりここって神殿なんだよね?」

「だろうな。あまり見慣れない様式だけど、なんとなく神聖な空気は感じるからな」


 廊下を進にでいると、そのまま真っ直ぐ延びる廊下と、二階に上がる階段が出てきた。


 中の情報は全くない。ここで何をするのかも知らないので、どちらに進めばいいのか見当も付かない。


「ミル、この建物でアタリだよ。この奥からすんげぇプレッシャーが押し寄せてきやがる」


 ウイックの後ろから付いていくミルが、彼の視線を追って、廊下の奥に意識を向ける。


 確かにただならぬ雰囲気が感じられる。ミルは生唾が出てくる。


 程なく出たのは、エントランスのように二階まで吹き抜け、また広さもかなりある空間だった。


 二階にはどうやら観客席が設けられているようだ。段差のある座席が一階からでも一つ一つを確認できる。


「演舞場か?」


 恐らくは神事を行う為の部屋なのだろうが、ここにも人の気配を感じることはできない。


 だが代わりに舞台中央には、二体の人型をした巨像が立っていた。


 二人が入室すると、後ろの通路は格子戸が降りて、退路を断たれてしまう。


「第一の試練、ってことか」


 プレッシャーの正体は眼前の二体の人形。


「ゴーレムか?」


 鍛え上げられた鉱石で覆われた体が、理力を帯びて動き出す。


「ルールの説明はしてもらえるのか?」


 ウイックは声を大きくし、ゴーレムの後ろに向けて問い掛ける。部屋の奥には閉ざされた扉が一つある。


「ルールというほどのものではない。その二体を倒せば先に進めるそれだけだ」


 答えたのは変換されてはいるが、恐らくは女性の物と思える声。


「但し、この神殿を傷つけることは許されない。障壁はあるが、あまり強力な術や技は使わないことを約束してもらう」

「つまりここは試練の場であり、これは審判と言うことだな?」

「物分かりが良くて助かる。ここは通過点にすぎない。お前達が求める物はその先にある」


 改めてゴーレムに目を向ける。

 基礎になっているのはストーンゴーレムのようだが、その上から追加された装甲には多くの精霊石が埋め込まれている。


「頑丈そうだな。ミル、その剣に補助秘術を掛けるぞ」

「何する気よ?」

「そのまま斬りつけたら間違いなく剣の方が負ける。技術がどうとかじゃなくな」


 細かく分析するためにウイックは“鑑査かんさの秘術”を使って分かった。この二体の装甲に使われている鉱石は自ら微振動を繰り返しており、物理攻撃を一切受け付けないように設計されている。


 素直に出されたミルのグレートソードに“堅硬けんこの秘術”で強化する。


「こいつら飛び道具もあるようだから気をつけろよ」

「なんか他人事のように聞こえるんだけど、あんたも戦うんでしょうね?」

「……、当然だろ」


 ミルは透かさず補助の働く剣の破壊力をウイックの頭で確かめる。


「よし、俺は右のやつをやるから、そっちは任せるぞ」


 真面目にやれと言われ、ウイックは今度は自分の両拳に“剛拳ごうけんの秘術”を掛け、クロスファイトに備える。


 こちらの準備が調うまで待っていたかのように待機していたゴーレムは、一気に距離を詰めてくる。

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