第6話 冒険の指針について話し合う噺

 観光地に見つけたという、新たな秘宝に繋がる情報、それをミルに渡したのは、この地方でもかなりの大商人と謳われる男で、大抵の場合この手の商人に貸しを作ると、大きな見返りをくれるものなのだ。


 情報の出所も、商人が偶然訪れたエルフの郷だと言うのだから、真実味はかなり高い物となる。


 しかしこういった高い信憑性を持つ情報は、適当に作られた物よりも売るのが難しい事が多い。


 売り方を考えていた商人にとっては、命の恩人であるミルに贈呈するのが、最も効果的な使い方だったのだ。


「それはそうと、こうして一緒に行動をするんだから聞いておくわね」


 もう目的地はすぐと言う辺りでミルは足を止めて、ウイックが人を出し抜いてでも手に入れたい物というのを知りたいと考えた。


「狙いが被ってたりしたら洒落にならないから、今更な気もするけど確認させてもらうわ」

「そんなもんか? まぁ、いいけど」


 今まで受けた被害は実のところあまり大きな物ではない。


「私が手に入れる予定だった金品の二、三割に、何かは分からないけど、数回だけ小さい物を持って行った程度よね」

「旅費や食費とかは必要だからな。後は幾つかの練金用レア素材にそれと……」


 ウイックは鞄に手を突っ込み、中からまた小さな革製の袋を取り出した。

 中には通貨よりかなり大きめなメダルが入っており、かなり手の込んだ細工が施されていた。


「それは?」

「やっぱり知らないか。これで一安心だな」


 ウイックは多くは語らず、メダルをしまうと、道も知らないのに先に歩き出した。


「今の俺はこれ以外の獲物に用はない。だから6:4とか言わなくても、取り分は今まで通り、いくらかの金を融通してくれれば、他のお宝は全部お前にくれてやるよ」


 ウイック級の冒険者を雇おうと思えば、場合によっては全部持っていかれてもおかしくない。若輩である事を差し引いても、あり得ない報酬額だろう。


「本当にそれでいいの?」

「今までと同じくらいだろ?」

「同じって、それは私の情報を横取りしていたから、遠慮してたんでしょ」

「そうだけど、俺はそれで十分潤ってたから、別にいいんじゃあねえか?」


 本人がそれでいいのなら、ミルからは何も言うことはない。


 二人は更に茂みを進み、日差しが感じられる拓けた場所に出る。


「これか?」

「そう、これが私がもらった情報にある石碑」


 5人くらいは並んで立てそうな大きさの、きれいに表面の磨かれた石の円座には、不可思議な文様が描かれており、近くにある石柱にも同じような形の文字が描かれていた。


「なるほどな、こいつは移動用のポータルか」

「そうなの?」


 石柱にある、ミルは見たことのない文字を観察していたウイックが顔を上げる。


「お前が手に入れた情報だろ?」


 商人から受け取った情報通りにあった謎の石碑。

 ここへはミルは一人でくる予定だった。


「あんたが役に立つって事が、早めに分かって良かったわ」


 すまし顔で言えた台詞なら格好も付くが、赤らめた顔で言われたとあっては、ウイックも笑いを堪えることができなかった。


「ははは、間違いねぇよ。なるほどな。こいつで転移すれば、お宝が眠る場所があるってことだな」


 深い茂みの中に隠れている石碑は、辺りに人が入り込んだ様子もない。


 この先に何があるのか想像もできないが、行ってみる価値は十分にありそうだ。


「それは分かるけど、これどうやって使うの?」

「感謝しろよミル。こういうのは俺たち秘術士の分野だからな」


 あまりに出来過ぎた話だが、このタイミングでウイックと組めたのは、ミルにとっては強運が働いたと言っていいだろう。


「ただ一つだけ問題がある」


「な、なによ?」


「こいつは一方通行だな。行ったはいいが帰ってこれないし、到着地点の様子も分からない。正に一か八かってやつだ」


 これは確かに大きな問題だ。この先の情報が全くなくては、そのリスクも格段に跳ね上がる。


「伸るか反るかはお前が決めてくれ、俺はそれに従うからよ」


 どうも本気で言っているらしいウイックの顔を凝視して、数分固まってしまうミル。


 いともあっさり、当たり前だと言わんばかりに、運命を他者に委ねることができる神経は理解できないが、何故かその言葉は偽りないものに思える。


 だからこそ簡単に答えを出せないのだが、黙って考え込むミルの思考を掻き乱し、苛つかせたのはもちろんウイック。


「だからなんでこの状況で痴漢行為ができるんだ、あんたは!? ってあれ?」


 胸を弄ぶ手を払いのけると振り返り、剣を縦に振り下ろす。

 容赦なく一刀両断された人型のそれ。また何かの秘術で煙に巻いてくると思っていたが、頭を割られ倒れたまま起きあがってこない。


「嘘でしょ、ちょっと!?」


 これからポータルを使って移動をするのには、この男は欠かせない。さっきみたいに手応えだけで実際はノーダメージで終わるはずが何故。


 という心配は必要なかった。

 ミルはまた胸部に不自然な感触を覚え、安堵感の方が先行したので少しの間好きにさせてしまったが、我に返って今度は握り拳で振り返り様、正拳突きを喰らわせた。


「なに、これもまた幻術の類?」


 めり込ませた拳を引き抜いて、一歩後ろに下がれば、目の前に動く秘術士と、足下で肉の塊と化した小男を視界に収めることができた。


「悪かったわよ。まさかこんなに綺麗にクリーンヒットするとは思わなかったからね」


 ダメージが酷くてしゃべる事もまともにできないようだ。


「それも秘術なんだ。怪我が簡単に治るのって便利よね」


 陥没した顔面を“回癒かいゆの秘術”で回復するのを見て、こういうのを自分もできればと思うが、回復のためのアイテムというのも色々あるのだから、習得しようとまでは考えない。


「……待たせたな。それでこの先なんだが」


 ようやく見慣れた顔に戻り、脱線した話題も元に戻す。


「うん、危険かもしれないけど、やっぱり行こうと思う」

「そうか分かった。ちょっと待ってろよ」

「……何を?」


 そう言えば、ウイックが二人に増えた理由も聞かされていないが、何かに集中しているようなので、ミルには次の言葉を待つしかないようだ。


「俺が使ったのは“身断みだんの秘術”という、平たく言えば分身を作る術だな」

「分身?」


 つまりミルが切り伏せたのはその分身で、五体満足で懲りもせず、悪戯をしてきたのが本体というわけだ。


「少し違うな。“身断みだんの秘術”は文字通り、この身を分ける術なんだ。だからもう一人をそんな風にされると死ぬほど痛い。神経は繋がってるからな。そんでその更にもう一人をポータルから送ったんだが、そこはここよりも深い森なんだが、特に危険な場所ではないようだぜ」


 結果を知り、秘術の効果を解いたウイックは、死んでしまった自分に念を込めると、大地に解けて消えてしまった。


「あっと言う間に白骨化したと思えば、もうバラバラ……気持ち悪い術ね」

「生きていれば合体できるけどな。死んだ奴はこうする方が早いからな。さぁ、行くんだろ向こうへ」


 危険がないと分かれば、先に向かうのに躊躇いはほとんどなくなる。

ミルは今度こそ決断して、二人は目的地にジャンプした。

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