第5話 絶体絶命、最期を覚悟してしまう噺

「援軍!? 誰かが起こして回ったの?」


 表で寝ていたのだろうゴブリン達が次々と壁の穴と、ミルが封を解いた扉から入ってくる。こんな事なら時間を掛けてでも一匹ずつ始末しておけば良かった。


 22匹ほどを屠ったあたりから短刀の切れ味はみるみる落ちていく。


 秘術が使えないミルにとって命綱は手にする武器のみ。


 普段からグレートソードのような大振りの獲物を持つだけ合って、波の戦士以上の腕力はあるが、斬ると殴るでは殺傷能力に差がありすぎる。


 合わせて次から次に沸いてくる敵に、ミルは自分の浅はかさに後悔の念が押し寄せてくるが、まだ冷静さを完全に失ったわけではない。


 どうにか武器が機能している今の打ちに敵のボスを討てないか、目線を部屋の奥で鎮座している標的に向けたときだった。


「しまった!?」


 左手に持つ短刀を手放してしまった。


 27匹目を斬りつけた剣は、相手の頭部を捕らえ、そこで食い込んでしまった。こうならないように注意をしていたはずが、やはり焦っていたのか? 次いで襲いかかられ短刀を諦めるほかなかったのだ。


 しかしこれはかなり厳しくなってしまった。


 敵の粗悪な錆び付いた剣や棍棒を奪った方がまだマシかもしれない。


 しかし両手のバランスが崩れるのを恐れ、残された右手の短刀のみで戦いを続ける。


「こ、このままじゃ……」


 ミルの脳裏によぎるのは最悪の結末。


 ゴブリンのオスは人間の女を犯す。

 そうして生まれる子は呪いを受けてしまうのか全てが魔物と化す。


 弱い魔物が生き残っていくためには、一匹でも多くの同族を増やしていくしかない。


 その為に更に弱い存在である人間の女に目を付けて襲うのだ。


 ミルが直ぐに殺されることはない。ただ逃げられないように足を切り落とされ、止血の液体を掛けて切り口を腐らされる。


 ゴブリンの子を孕むと、わずか数ヶ月で出産となり、その後は死ぬまで繰り返し犯され続ける。


 あまりに過酷な状況だが、足を腐らせる液体には脳を汚染する物質が含まれており、自決をすることもできないのだと言う。


「まだ入ってくる。一体どれだけいるの?」


 劣勢に陥り冷静さを欠いていなければ、もうあと少し踏ん張れば活路を見出せる所まで堪えたというのに、ミルは絶望感に満たされると、残った右手の短刀までも落としてしまう。


「やれやれ、やっと辿り着けたか」


 ミルの目の前に立ち、彼女の短刀を拾い上げたゴブリンがそのまま絶命をしたのは、その声が聞こえるのと同時だった。


「すげーな。相手がゴブリンたって、ここまで短刀二本で戦えるもんかね」


 聞き覚えのある声、光を失ったミルの瞳に精気が戻る。


「あんたは……、ウイック?」

「よう、無事とは言い難いが、五体満足でなによりだ」


 生死をかけた戦場で動きを止めたミルがほぼ無傷でいられるのは、一体どうやったかはともかく、生き残りのゴブリン達が全て動かなくなったからなのだと理解するのには、さほどの時間は必要ではなかった。


「残るはあのデカブツだけだな」


 動揺して動けなくなっていたのはミルだけではなかった。


 群れのボスであるホブゴブリンはしばらく棒立ちしていたが、我に返ると雄叫びを上げて、ミルのグレートソードと同じくらいに大きな曲刀を振り上げて、ウイックに向かって突っ込んでくる。


「もう一度“熱挙ねっきょの秘術”で焼き尽くすのもいいが、ここは!」


 炎の固まりで殴り殺す秘術で、手下のゴブリンを一掃した技をもう一度とも思ったが、確実に仕留めるためにウイックは風の刃で相手を切り刻む技、“風刃ふうじんの秘術”を使って、いともあっさりとホブゴブリンの首を跳ね飛ばした。


「魔物はこれで片づいたな」


 ウイックは、袋の中から小瓶を取りだしてミルに渡す。


「気力回復の薬だ。少しは楽になるぞ」


 普段なら人から渡された飲食物を簡単には信じて口にすることはないが、なぜか疑うことなく渡された飲み物を一気に口に流し込んだミルは、確かに体の芯から温まる気力を取り戻した。


「お前はあれだろ。ここのゴブリンの巣を潰す依頼を受けてここまできたんだろ?」


 ウイックは今回の依頼達成金の三割を要求した。


 助けられたのに間違いはないので、素直に聞き入れることにしたミルだが、そんなことよりも何しにウイックはここに現れたのか、その方が気になった。


「俺は秘宝ハンターだからな。ここには規模は小さいがかなり古い遺跡があるのを知って探索に来たんだよ」


 報酬の取り分を一方的に突きつけて、それを不満も漏らさず受け入れたミルを信用してウイックは正直に答えた。


「じゃあ、ここにもお宝が?」


「それはこれから探すんだよ。半刻ほど時間もらうけどいいか?」

「構わないわよ。私もどんな物が出てくるか興味あるし」


 これが二人の出会いの話なのだが、この体験がミルを秘宝ハンターへの転職を促し、彼女は短期間で見事に成果を上げられる探索者に成長したのだ。

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