第4話 孤軍奮闘、快進撃を続ける噺

 その夜ミルは昔の夢を見た。

 両親と年の離れた兄、幼い妹と共に穏やかな日々を過ごした遠い昔の夢。


 目が覚めたのは明け方、まだ空は薄暗いが、焚き火が消えても辺りを見渡せるくらいには陽が差し込んできている。


 ゴブリンが巣くう遺跡は目と鼻の先だった。


 周辺の被害を受けた村落で聞いて回った情報に寄れば、ここのゴブリンは主に夕暮れ過ぎに行動をしているらしい。


 もちろん決めつける事はできないが、これからの時間、ターゲット達の大多数は休眠に入ると想定できる。


 敵の数は明確ではない。しかし一つだけハッキリしているのは、群れの中に大型の個体が存在し、それが統率して行動をしていると言うことだ。


「取り敢えずはそいつを討伐する。それで群れが散り散りになれば上々、いずれにしても統制は崩れるはず。烏合の衆なら括弧撃破になっても、対応はどのようにも変えていけるはずね」


 被害は出ていると言っても、まだ報告にあがるゴブリンの数は20~30程度、遺跡の大きさが情報通りだとすれば、相当数は大体合ってるはず。


 少し値は張ったが、ミルは眠りを誘う護符を用意してある。限定された空間を対象にするので、効果が発揮されれば、第一目標までは労なくして辿り着くことができるだろう。


 果たして効力は覿面。


 休眠時間であることも効いているのだろうが、ただの一匹も動き回る様子もなく、深い眠りについている。

 或いはこの時に一匹一匹を仕留めていれば良かったのかもしれないが、護符の効果がいつまで続くのかが分からないので、警戒はしつつ遺跡の奥へと進んでいく。


「……こいつがボスに違いないわね」


 小さな遺跡には稀に、地図が見つかっている情報が舞い込んでくるケースがある。

 ここまでは手に入れた地図通り進めた。


「大体見て回ったけど、この先にある小部屋が最後みたいだし、どうも簡単な封印がされているみたいだからここが宝物庫ってことね。ならこいつが聞いていた一番大きなゴブリンと言うことになる」


 宝物庫手前の部屋にいるのはボスらしき個体の他に4匹。先ずはそちらから首筋を静かにナイフで斬りつけ、息がしなくなったことを確認し、最後に大型の個体の前に立つ。


「案外簡単な依頼だったわね」


 ターゲットの喉にナイフを突き刺し、絶命を確認してミルは宝物庫の前に立つ。

 封印は意外と簡単だった。


 手持ちの聖水を5枚の封印札全てに掛けてしばらくすると、それらは自然に扉から剥がれ落ちて解除されていく。中は思っていたより遙かに大きな空間だった。


 火の光が届かないような場所はもっとちゃんと調べなくてはならない。いつものミルならそんな初歩的なミスを犯したりはしない。


 夕べは変な少年に絡まれたり、初めて見る懐かしい夢で気持ちが穏やかでなかったのかもしれない。


 情報は十分に揃っていた。だが自分の目で見て知っている物ではないのだから、もっと慎重にならなければなかった。


 宝物庫の扉は何ともなかったが、その横に小型の獣くらいの大きさの岩が転がっていたこと、その岩が邪魔でよく見えない空間が生まれていたこと、その影になったあたりの壁に穴が開いていたことをちゃんと確認すべきだった。


「こいつ……、他の奴らと比べものにならないデカイ」


 まさかこの群れを取り纏めているのがホブゴブリンであり、ボスを守るかのように群がる小さな個体がここだけで20以上いること、更にこの場所には眠りの護符が効力を発揮していないこと。全てが計算違いだった。


 ゴブリン達は壁の穴から出入りしており、封印が眠りの術の効果を通さず起きている。


 やはり休眠時間であるのか、半数は寝ていたが、ボスの一鳴きで全てが覚醒した。


 ミルは両手に短刀を抜き構える。

 慌てる必要はない。この数ならどうにか短刀の切れ味を落とす前に片づけることができるはず。一匹のホブゴブリンに少し驚いたが、今のミルの実力でもこれくらいなら一汗かく程度で終わらせられるはずだ。


 だったのだが、事態はそんなに単純な計算通りに収まる物ではなかった。

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