2001年宇宙の旅

2001年宇宙の旅 記憶に刻まれたモノ

 さて、世界で一番分かり難い映画の話をしよう。



 1983年昭和58年

 俺が九歳の時分。

 夏の夜に公園で野外上映された「ルパン三世 カリオストロの城」を観賞して映画の凄まじさに触れた俺には、映画館で映画を観たいという欲求が芽生えた。

 だがしかし。

 交通費と映画の観賞代が、小学三年生には天文学的数字。

 親に頼むしかないのだが、母は「テレビで毎日放送されているのに? わざわざ映画館に行くの?」と、映画館の敵としか言いようのない言葉で却下。

 父に頼むと、意外な条件を付けてきた。


「行く前に、どういう映画なのか説明して。休日に外出するのに、訳の分からない映画を観に行きたくないから」


 プレゼンを言い渡されました。

 映画広告がよく載っている新聞の夕刊を広げ、旬の映画を選考開始。

 というか、九歳児の俺が説明可能な映画を選考するという、妙な選考となった。


 『ウォーゲーム』

 何となくどんな話か分かるけれど、口頭で説明すると「コンピューターが得意な少年が、何やかやで騒動に巻き込まれ、何故か世界大戦の危機に。C Mだと恋人と一緒にヘリから徒歩で逃げ回るシーンで盛り上げていた」としか説明出来ない。

 これはパス。


 『里見八犬伝』

 C Mではこの作品がダントツで面白そうだ。

 真田広之がカッコいいし。

 薬師丸ひろ子が美人だし。

 角川のフェニックスなロゴがイカすし。

 でも、説明出来るような知識がなく、何の映画なのか、全然分からない。

 面白そうなのに。

 これも断念。



 『2001年宇宙の旅』

 広告には、何だか丸味のある宇宙船が描かれている。

 何故かC Mでは観た事がない。

 初めて知った。

 この段階では、上映されたのが|1968年《昭和43年)で、何度も再上映されている名作とは知らなかった。


「お父さん、この映画。きっと題名通り、宇宙を旅する映画だよ」

「宇宙を旅する? ああ、本当だ。宇宙船だ」

「この映画を観に行きたい」

「ふうん。それでいいの?」

「うん、これでいい」


 ええ、お笑いください。

 九歳の俺は、よりにもよって『2001年宇宙の旅』を「題名通りの分かり易い映画」と判断して、観に行きました。



 父と二人だけで旅をするのは、その日が初めてでした。

 目指すは有楽町の映画館「有楽座」(現在は解体され、TOHOシネマズシャンテ)。

 都内に通勤して都会に慣れている父に旅のナビを任せながら、初めての有楽町で初めて喫茶店に入って昼食を。注文はミックスサンドと、レモンスカッシュ。

 生まれて初めて飲んだレモンスカッシュの味を、今でも覚えている。


 有楽町駅から有楽座まで、数えるのが馬鹿らしくなる程に多くの映画館が存在していた。

 その一帯は日本で最も映画館が集中している地域であり、十五年後には俺が最も利用する映画館地域になるとは知らず(予知能力は無いんだ、俺)、父に連れられて有楽座まで。

 どうも父は『2001年宇宙の旅』の看板を頼りに映画館を探していたらしく、有楽座に着くまでに多くの映画館前を通る羽目になった。

 有楽座に入ると、上映が始まってから二十分以上経っている事がスタッフから告げられます。

 次の上映時間まで他で時間を潰してきた方がいいという親切心でしょうが、こちらは『2001年宇宙の旅』に関する予備知識が全く無い父子。

 冒頭部分を見なくても何とかなるだろうと、そのまま場内に入りました。

 こちらを見送るスタッフの珍妙なモノを見る視線が何を含んでいたのか、今なら分かる。



 場内には、他の客は二十人程度しかいなかった。

 スクリーンには、上映開始から三十分経った『2001年宇宙の旅』が。

 宇宙船内で、乗務員が機内食を運ぶシーンから。

 こういう次第で、「やはり題名通りの、宇宙を旅行する映画だった」と、まだまだ思い込みは続きました。

 だって、冒頭の猿たちがモノリスに接触するシーンを、丸々観ていないから(笑)

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