7 不良執事はうわのそら

 伯爵家の馬車でリデル邸に送り届けられた私は、家族がそろう夕食の席で説明した。


「――というわけで、ダークはロンドンから出られないの。眠り姫事件のように急いで解決するべき問題ではないけれど、鏡の悪魔が近くいることだけは覚えておいて」

「「はーい」」


 声をそろえた双子の目は、私の注意よりも火が通りすぎたローストビーフに夢中だ。空いたグラスに自分でワインを注ぐリーズは、気に入らないと言いたげに口角を下げている。


「また伯爵がお嬢の周りをうろちょろするのね。やっと遠くに行ったと思ったのに、目障りだわ。そう思うでしょ、ジャック」

「…………」

「ジャック?」


 砂時計をひっくり返して紅茶を蒸らしていたジャックは、二度目の呼びかけで気づいた。漆黒の目を見開いて、なぜか私の方を見る。


「なんか言ったか?」

「ちょっとぉ、話しかけたのはアタシよ。しっかりしてくれないと困るわ。これから伯爵の魔の手がお嬢に忍びよるんだから!」

「ああ。そうする」


 素直に返事をされたので、私とリーズは顔を見合わせた。

 普段の悪態はどこに行ってしまったのだろう。口癖である「うぜぇ」の一言もないなんて、ジャックらしくない。


 食事を終えると、家族はそれぞれの部屋で自由時間を過ごすが、私は彼の様子が気になって晩餐室に残った。


「ジャック、少し話してもいい?」


 食器をワゴンに片付けていたジャックは、布巾で手を拭いて寄ってくる。


「なんだ、お嬢?」

「最近、上の空のことが多いでしょう。心配事でもあるの?」

「明日のメニューを考えていただけだ」

「それならいいんだけど……。一つ、お願いしてもいいかしら?」


 声のボリュームを落として、私は本題に入った。


「これから夏の間はあまり外出しないで。買い物や手紙はリーズに頼んで、お料理をしたりお庭の手入れをしたり、家の中のことを優先してほしいの」

「俺はこの家の執事だぞ。隠居老人みたいに過ごすわけには――」

「いいから!」


 強く出た言葉に、ジャックの瞳が揺らいだ。動揺しているのが手に取るように分かって心苦しい。


 けれど、彼を守るために、これだけは譲れない。


「この家にいて、ジャック。それだけで私は安心できるの」

「ああ……。分かった」


 ジャックはコクリと頷いた。私はそれを見て安堵した。

 これで、あの恐ろしい事件に巻き込まれることはない。そう思ったのだが……。


 考えが甘かったと思い知らされたのは、わずか数日後のことだった。

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