6 好きだから意地悪
「試してみようか?」
ダークは、ステッキを前方に突きだした。
先端から、青白い光が流れ星のようにあふれ出て、鏡像の胸元に三日月の紋章を描きだす。この紋章は、ダークの悪魔としての印で、ナイトレイ伯爵家の家紋にもなっている。
ダークの瞳孔が開く。集まった風がダークを中心に旋回する。
紋章を形づくる光の一粒一粒が輝きを増していき、一気に鏡像を襲った。
(まぶしい!)
私は腕をかざして目を守った。閉じた目蓋の向こうにギラギラした明るさが感じられたが、しばらくすると光の猛攻は和らいだ、
「どうやら、相手は悪魔の子ではないらしい」
ダークの声に目蓋を開けると、光の粒子はキラキラと輝きながら空へ散っていくところだった。
鏡写しのダークは、相も変わらずそこにいる。
先ほどと異なるのは、鏡像の胸元に、見たこともない円形の模様が浮かんでいることだ。円の中はびっしりと文字で埋め尽くされている。
「これは?」
「悪魔の印だ。俺に嫌がらせをしている相手のね。書かれている文字は読めそうで読めないな。ラテン語に似ているけれど……」
しげしげと観察するダークの邪魔をしないように、私は鏡面の反対側に回った。
すると、印はあとかたもなく消えてしまった。鏡像のダークもいない。
「見えなくなってしまったわ。そちらからはどう?」
「印は消えたが、俺の鏡像はいるよ。鏡の効果自体が消えたわけではなさそうだ。術をかけた相手が分からないから、仮に『鏡の悪魔』とでも呼ぼうか。その悪魔は、よほど俺をロンドンから出したくないらしい」
「ダークを恨んでいるのね。嫌いなら、さっさと領地にお帰り願った方がいいのに」
「酷いな。そんなに俺を遠ざけたいのかい?」
「もちろんよ!」
私は拳を握って、胸のうちを熱く語った。
「せっかく訪れた、家族水入らずの平和な時間を台無しにされたのよ。この恨みは、山より高く海よりも深いわ。こうなったら、ダークが無事に領地へ帰れるように、リデル一家の総力をあげて調査して――」
ふいに抱き締められて、私は言葉を切った。
「どうしたの?」
「いつも俺を邪険にしている君が、力になってくれるのが嬉しくて……」
ダークの耳が赤くなっているのを見て、私の胸はきゅんと鳴った。
「べ、別に、あなたに意地悪しているわけじゃないのよ。あなたったら、ダムとディーが見ていても平気で口説くし、リーズやジャックを怒らせると分かっていて、それでもキスしようとするから、注意のつもりで冷たくしているだけなの」
ダークは、時も場所もおかまいなしに迫ってくる。二人きりのときは嬉しく感じられても、人前だと恥ずかしくて素直に振る舞えなくなってしまうのだ。
「心配しなくても、私はあなたのことをそこまで嫌ってないわ。あなたが帰ったあと、今日は言い過ぎたかしらって反省したり、嫌われたかしらって気になって眠れなかったりするんだから……」
「アリス」
呼ばれて顔を上げると、ついばむように軽いキスをされた。
「!」
「俺を好きでいてくれてありがとう。ロンドンから出られるまでは、リデル邸に通わせてもらうよ」
「せいぜい、立派なお土産を持ってくるがいいわ!」
憎まれ口を叩くと、ふわりと微笑まれた。その表情が可愛く思えるなんて私はどうにかしている。最近、ダークと二人きりでいると、いつもこんな感じだ。
(強引に口説いて来ないなら、ダークがロンドンにいるのも悪くないわね)
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