第四章 テコ入れ婚約者にご用心

1 おさわがせ少女探偵

 警察署をふたたび訪れた私は、正面にできた人だかりに進路をはばまれていた。


 事件が起きるとどこからともなく記者が押しよせるのが恒例こうれいだが、集まったハンチング帽の男性たちには飯のタネを持って帰ろうという気迫がない。

 熱気がないかと言われるとそうでもなく、破裂はれつしそうな期待感が満ちていた。たとえるなら、初詣はつもうでのさいに拝殿までつづく人混みの雰囲気に似ている。


「警察に人が押しよせるなんて。免罪符の安売りでもはじめるつもりかしら?」


 付き添いのリーズは、不可解そうな顔で腰に手を当てた。

 オーバーサイズのジャケットがたわんで、足の長さがより強調される。

 もしもこのゲーム内にパリコレのようなファッションウィークがあったら、ランウェイを歩いていてもおかしくないスタイルだ。


「どうせ大量に配るなら手配書にしてもらいたいわね」


 私は、列の乱れを整理していた警官に事情を話して、署内に入れてもらった。

 広い正面ホールには会見用のひなだんが用意されていて、人々はそのまえに整列していた。壇の最前にならんだ男性たちは、ハチマキを頭にしめ、法被はっぴ風のコートをまとって、カラフルに塗った警棒もどきを握りしめている。


(なんなのかしら、これ……)


 カツカツと靴音を響かせながら、仕切りロープで作られた通路を進んだ私は、署の窓口であるカウンターに申し出る。


報償金ほうしょうきんを受け取りに参りました」

「お待ちしておりました、レディ・リデル。本日は、イベントのせいで混み合っていて申し訳ございません」


 窓口業務に当たっていたのは、馴染みの女性警官だった。

 申し訳なさが半分と、呆れが半分の表情をみるに、署内一丸となっての催しというわけではなさそうだ。


「警察内でのイベントなんて珍しいですわね」

「はじめての試みです。というのも――」


 女性警官の言葉は、わっと上がった歓声にかき消された。

 壇のうえを見ると、わたあめのような色のツインテールを揺らした美少女が、笑顔で手を振っている。


 身に着けているのはプリーツスカートが印象的なケープ付きドレスだ。襟元や袖に警官の制服の名残があるからリメイク品らしい。

 大胆なアレンジが加えられているうえに、スカートはひざ丈である。

 時代背景を考えると女性が足を出して歩くなんてあり得ない話だが、乙女ゲームなので『可愛ければよし!』というところだろうか。


 これだけの人を集めていったい何を行うのか注視していると、少女は持っていた日傘を回しだした。

 バトントワリング風のパフォーマンスをしながら、器用に一回転してスカートをひらめかせ、日傘を小脇に挟みこむなり桃色に染まった頬をツンとつく。


『みんな、お待たせ^^! 少女探偵ティエラ・ロックホームズ、ロンドンの治安を守るキャンペーンアイドルとして、ただいま見参♡』


 少女――ティエラが片目をつむってポーズを決めると、集まった男性たちが『ウオオオォー!』と雄叫びを上げた。

 この光景は、前世のテレビで見たことがある。夕方のニュースで特集されていた、地下アイドルとそれを応援するファンの構図こうずだ。


「なぜに、この世界観でアイドル……?」


 あ然とする私から顔を背けて、リーズが肩をふるわせた。

 笑い上戸の彼は、必死に口をつぼめていたものの堪えきれなかったらしく、ついに「あはは!」とお腹をかかえた。

 

「署内で暴動ぼうどうみたいな大声を上げるなんて、おもしろおかしいイベントだわ。動物園の動物の方がよほど理性的よ!」

「ちょっとリーズ。失礼よ」


 私はあわててとがめたが、女性警官は怒るどころか同調して「その通りです」と頷く。


「私どもも『署内ではお静かに』と言いたいんですけどね。彼女はうちの署長の娘なので、強く出られなくて。この治安キャンペーンも突然きまったんですよ……」

「準備は大変でしたでしょう。気苦労お察ししますわ」


 壇の方では、ティエラが甘ったれた声で呼びかけている。


『みんな、ロンドンが安全になるように協力してね! このあとは、ティエラと二人でお写真カルトドヴィジットをとる時間があります。一枚につき半ギニー、サイン入りは1ギニーです。よろしくお願いしまーす♡』


 ティエラが治安維持への思いもほどほどに、自分とのツーショ撮影の注意事項を話していく。任務より金とは、しょうもない広告塔だと言わざるをえない。


 ちなみに、このゲーム内の物価はベースとなっているヴィクトリア朝に合わせて設定されている。

 労働者が一週間で得られる給料がおよそ1ギニーだから、ティエラと写真をとり、サインを入れてもらうだけで七日分の労働が消しとぶ。


 もしも私に前世の記憶がなかったら、なんて無駄なことをと思ったかもしれない。

 だが、『悪役アリスの恋人』にはまり、アクリルキーホルダーやタペストリーといったグッズを取りこぼしなく蒐集しゅうしゅうし、ファンブックやキャラクターソングCDは全て初回限定版(付録があって通常版より少し高い)でそろえてきた私には、他人ごとではなかった。


「金額じゃないのよね。しは推せるときに推さないと。その気持ち、よく分かる……!」

「拳をにぎりしめてどうしたの。お嬢?」

「はっ! なんでもなくてよ、リーズ。受け取り手続きをしてもよろしいかしら?」

「はい。どうぞ、こちらへ」


 女性警官の案内でホールからつづく廊下に案内された私は、会議室のまえでオペラグラスを掲げていた男性に声をかけられた。


「やあ、また会えたね」

「ダーク……。あなた、どうしてここに?」

「ここの署長からイベントへの招待を受けたんだ」


 楽しげに語るダークは、王冠と星の刺繍ししゅうが入った帽子をかぶっている。つばの上にのっている手錠や牢屋のオブジェを見るに、今日のために特注したようだ。

 服装は、帽子とそろいのストライプ生地を使用したフロックコート。ボタンがそれぞれ星や王冠、三日月の形をしていて、過剰装飾やりすぎここに極まれりという感じだ。


「ティエラ嬢は、先月からここのカウンターで働いていてね。ときを同じくして、急に町中での窃盗事件が増えたんだ。気になって調べたら、彼女に一目惚れした男性たちが気を引くために町でスリをはたらいては自首していたと分かった」 

「彼女自身が、軽犯罪を増やす原因だったわけね」

「その通り。そこで俺は考えた。人に犯罪を起こさせるほどの魅力を、治安を守る方向に使えないかとね。キャンペーンを啓蒙けいもうする顔に立てば、少なくともファンは従うだろう。イベントは大成功のようだ」


 この騒ぎは、ダークの発案だったらしい。道理で派手なわけだ。


 ティエラという登場人物は、『悪役アリスの恋人』にはいなかった。

 物語に絡んでくる名前のないモブはたくさんいるが、アイドル風という唯一無二の個性が作り込まれている彼女が、ただの通りすがりとは思えない。


(続編である『悪役アリスの婚約』での新規登場キャラクターなのかしら……)


 女性キャラクターに個人ルートが用意されることはまれだ。

 つまりは、誰かのルートで、何かしらの役割を与えられているということ。


 乙女ゲームで主人公以外に同い年くらいの少女が出る場合、『親友』か『好敵手ライバル』かの二択だ。

 親友枠は、本編にいなければわざわざ作られることはない。

 ということは――。


(製作者め! 『アリス』の恋路こいじ邪魔じゃまする、テコ入れキャラを投入してきたわね!!)


 ただでさえ事件と死亡フラグ回避で忙しいのに、馬鹿げたラブコメ要素に付き合っている暇はない!


 私は、ダークから距離を取るように後ずさって、他人行儀に手を叩いた。


「キャンペーンのご成功おめでとうございます、ナイトレイ伯爵。私は報償金を受け取りにきただけですので。それでは、ごきげんよう」

「ロンドン塔放火犯の? 待ってくれ。それについて話が――」


 立ち去ろうとすると、私に伸ばされたダークの手が急に止まった。

 見れば、手首に白い指がからみついている。


「どうされたの、伯爵さま?」

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