8 悪魔はキスをためらわない

「「アリス、ジャックが!」」


 双子の声に視線をうつすと、ジャックが鏡面に手をついて燃え上がっていた。

 ヒスイが水を浴びせかけているが、一向に静まらない。


「ふむ。強い憎しみに、怒りが暴走しているようだ」


 あごに手を当てて考察するダークに、私は焦り顔で問いかける。


烙印スティグマは、与えた悪魔を倒しても消えないの?」

「消えないさ。罪は残るものだからね」

「では、能力を収めるには、どうしたら……」

「君になら、できるかもしれない」


 ダークは、サファイアの瞳を怪しげに光らせて、私を見た。


「幸いにも、君はベルナルドから『烙印』を受けていない。そして、俺は『烙印』を与えることができる。いま、もっとも望むことはなんだい?」

「能力の解除を!」


 間髪入れずに答えると、ダークは表情をとろけさせてため息を吐く。


「では、とっておきの魔法をかけてあげよう」


 腕を伸ばして私を抱きよせたダークは、ためらいなく唇を奪った。


「!」


 唇が触れた瞬間、私の心は沸騰ふっとうした。


 内側からあふれる熱によって、閉じていた胸の扉が開く。

 そこに注がれるのは、蜂蜜を溶かしたミルクみたいに温かな愛情。


 悪魔ダークに縛られているかぎり、私は孤独ひとりではない。

 呼吸ができなくて苦しいのに、泣きそうなほど満ち足りた気持ちになる。


(これが悪魔に囚われるってことなの?)


 烙印は、つねに私に張り付いて、おかした罪を責め立てる。


 次に死ぬそのときまで。

 地獄に落ちるそのときまで。


 なんて甘美な呪縛だろう――。


 キスから解放された私は、我に返った。

 胸元に焼けるような痛みが走ったので、手で押さえて身を屈める。


「熱い……!」

「目をそらしてはいけないよ、アリス。それが君の『烙印』だ」


 はっとして手を外すと、ドレスからのぞく肌に三日月の紋章が浮き上がっていた。

 晴れて『悪魔の子スティグマータ』になった私が願うことは、たった一つだけ。


「ジャックっ!」


 私は、ドレスをたくしあげてジャックの元へと走った。

 そして、己の身が焦げるのもかまわずに、炎ごと抱きしめる。


「おねがい、鎮まって!」


 願いに呼応するように、私の烙印から、清純な光の帯が幾重いくえにも伸びる。

 繭のようにジャックをつつんだ帯は、星が弾けるように閃光を放った――。


 まぶしさに閉じた目を開けると、炎はすっかり見えなくなっていた。


「消えた……?」


 私は、腕のなかでくったりしたジャックを見る。


「ジャック?」


 頬を煤で汚したジャックは、おだやかな寝息を立てていた。

 小さな子どもみたいな、あどけない顔をさらして。


「ジャック?」

「生きてる?」


 半信半疑で近づいてくるダムとディー。

 リーズは、ジャックの手をとって、脈を図った。


「少し速いけど、大丈夫よ。お嬢は平気?」

「ええ。目覚めたら、やり過ぎはダメだって、叱って上げなくちゃ」


 そして、伝えよう。

 私は、もう守られるだけの存在ではないと。


 たとえ『烙印』を受けて、地獄に落ちると決まったって、家族がいっしょなら、怖いものなんてないってことも。


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