7 たいせつなお友達

 その男の子は、リデル邸に来てから、ずっとゲストルームに閉じこもっていた。

 私は、探検のつもりで仕掛けが満載の屋敷を歩いて、彼のもとに行った。


「ずっとお部屋にいるからつまらないでしょう? わたしと遊びましょう」


 四歳の子どもは、初対面の相手に勇敢だ。

 私がずんずん近づいていくと、頭からシーツをかぶった彼はひどく慌てた。


『こ、こっちにきちゃダメだよ。ぼくにかかわると悪いことが起きるから』


 声は小さく、さらに布を隔てているからくぐもっていた。

 私は、逃げる男の子を狭い歩幅で追いかけながら言い返す。

 

「わたしは、リデルの子よ。あなたのことなんて、ちっともこわくないわ」

『こわがらないとダメだ。だって、お母さまはぼくのせいで……』

「あなたのお母さんの話はしてないわ。あなたはどなた。なんて名前なの?」

『こ、来ないでっ!』


 男の子は、部屋の奥に下がっていき、大窓のしたで体を丸めた。

 シーツがめくれないように抑える手は、震えて真っ白だった。


 部屋の中ほどまで歩み寄った私は、しゃがんで両手を頬につき、彼のことを観察した。


 シーツを被った頭はてろりとしていたが、床におちる長い影には、長い二つの耳がある。

 ジャックと庭で追いかけっこしていたときに見た、野ウサギみたいだ。

 飛びはねる背中を思い浮かべた私は、とてもいいことを思いついた。


「教えてくれないなら、わたしが名前を付けてあげる。あなたは『ウサギ』よ。わたし、ウサギを追いかけるのは得意なの。よーい、どん!」


 全力で窓際まで掛けよった私は、シーツごと『ウサギ』を抱きしめた。


『きゃっ!?』

「つかまえたわ。ウサギ、わたしと、ともだちになりましょう!」

『だ、ダメだよ。何か起きたらどうするの』

「何か起きたら、二人でかいけつしたらいいのよ! この国は女王さまが見守っているんだから、そうそうこわいことは起きないわ。ゆうこうのあくしゅよ!!」


 私がシーツの間に手を入れると、ウサギは、恐る恐るといった感じで握りかえした。


『……うん』


 そのとき、布の端から美しい銀髪が見えた。

 私が追いかけた野ウサギとちがって、『彼』は白くなかったのだ。



† † †



「……ウサギ」


 遠い記憶から目覚めると、部屋は窓から差す西日でオレンジ色一色だった。

 水のランタンは燃え尽きてしまい、サイドチェストがしとどに濡れている。


「もう夕方なのね。すっかり寝過ごしてしまったわ」


 トゥイードルズの姿もなかった。

 リーズとジャックは、もう帰って来ただろうか。


 ベッドから両足を下ろすと、足元に落ちていた夕陽が唐突にかげった。


(なにかいる)


 私は、枕のしたに隠していた拳銃をつかみながら窓を見た。

 そこには人影があった。


 ジャックでもリーズでも、はたまたダムでもディーでもない。侵入者だ。

 まるで部屋のなかを覗きこむように、ガラスに手をひたひたと付けている。


 頭には二本の角がある。悪魔の証拠!


 侵入者が窓を開けようとしたので、私は引き金を引いた。

 パンという銃声と同時に、ガラスが割れる。

 侵入者の影はあわてて身を引いた。


「「「アリスっ!」」」


 物音を聞きつけて、四人が駆けつけてきた。

 いち早く窓を確認するリーズに、ベッドの両脇を守るトゥイードルズ。

 ジャックは、くぐってきた扉に向けてサーベルを構える。


「相手は?」

「逃げたわ。もう日が落ちるから、追わないで。屋敷周囲の確認だけしてちょうだい」


 私は割れた窓に近づいて、身を乗りだした。

 手がかりがないか探すと、窓枠に引っかかったキラリと煌めくものがある。


 つまみ上げると、サファイアがはまった懐中時計型のピンブローチだった。


「隙が多いこと。どうしてやろうかしら……ふふっ」


 ブローチを振りながら笑い出した私を見て、四人は困惑したように顔を見合わせたのだった。

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