5 誰がアリスを狙ったの?
リデル邸まで送ってくれたヒスイは、玄関先で深呼吸した。
「ふぅー。モウだいじょぶ。ガンバッタ」
そう言って、双子とぎゅーっと抱きしめ合う。
三人を横目に、私は危険がないか注意して辺りを見回した。
低級悪魔たちは、移動する私たちを付けてくることはなかったとはいえ、なにげない木の下の暗がりや門の影が怖ろしい。
分裂して襲ってこないかとヒヤヒヤする。
「ヒスイちゃん?」
「帰っちゃうの?」
不安げな双子を離したヒスイは、こくんと頷いたあとで、私に宙に浮いていた水のランタンを一つ、差しだした。
「あげる。アナタ、悪魔にねらわれてるカラ」
「私が……」
「ダケド、ココならだいじょぶ。ココは強いのがいる」
「強いって、なにがでしょう?」
首を傾げる私に向けて、ヒスイは立てた人差し指をしーっと吹いた。
「ヒミツ。ゴシュジンさま、言うなって」
「分かったわ。あとでダークには力尽くで吐いてもらいましょう。ここまでありがとうございました。ヒスイ殿。気を付けてお帰りください」
「バイバイ」
手を振りながら、ヒスイは、残り三つの炎を従えて遠ざかっていく。
彼の周囲にひそむ闇が、くすりと笑った気がした。
† † †
ジャックに叱られながら怪我の手当を受けた私は、自室のベッドにもぐった。
サイドチェストに乗せた水のランタンは、
この火があれば安全だ。そう理解しているのに、猫足デスクの下や、ダマスク織りのカーテンの裏が気になる。
百合傘がたがいちがいに灯るトールランプの影は、こんなに暗かっただろうか。
もしかしたらという不安を、腕のうずきがあおる。
「早く黒幕家業を引退しないと、私の命がもたないわね……」
もともと危険と隣り合わせの人生ではあったが、ナイトレイ伯爵――ダークと出会ってからというもの、ハラハラする事態がてんこ盛りになった。
(ハラハラするほど、心がよく動くようになったってことなのよね……)
ダークと会うまでの『アリス』は、とても乙女ゲームの主人公らしい少女だった。
誰かが敷いたレールをなぞりながら、
私はプレイヤーが感情移入するための器であり、
私がするはずだったのはプレイヤーを喜ばせるための恋だ。
乙女ゲームの中で繰り広げられる物語は、決して登場人物たちのものではない。
ダークと出会って、それが変わった。
(覚えがない死亡フラグに会うたびに、どこかほっとするのは、良くも悪くも私が誰かに操られているわけではないって実感するからね)
足元には、疲れ果てたトゥイードルズが猫のように丸くなって眠っている。
黒幕家業を引退してしまえば、もう彼らと行動を共にすることもないだろう。
そう思うと、私はなんだかさびしい気持ちになる。
「モブと結婚して、長生きする……。それって、本当に私の幸せなのかしら……?」
私は、二人の健やかな呼吸を聞きながら、じっと朝が来るのを待った。
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