第3話

【30年に一度、星の光によく似た赤子が現れる。星の神は、その赤子を自ら育て、暖かな祝福を与える。そして彼女は「星神の使い」としての任を賜る。それは、畏れ多くも光栄なことなのである。

 しかし、忘れてはならない。その身は常に星の神と同じ運命を背負うことを…。】

 これが私の国『エストレリャ』に伝わる伝承。と言ってもさすがに星の神のところに行けるわけでもなく、国の中心にあるお屋敷で育てられてある程度力を付けたら先代と代わるだけ。

 仕事と言うのは人の悩みを聞いて、それに対する答えを星の神に聞くだけ。人の悩みは様々で「どうしたら恋人ができるのか」という軽い悩みから今日の人みたいに「大切な人が余命わずかだが何をしたらいいか分からない」という悩みまで。まだ成人していない私にとって、日々の仕事は辛いことばかり。

 だからこそアルクトスさんはこうやって私を連れ出してくれる。アルクトスさんと出会うまでこんなことしてくれる人はいなかったからすごく楽しい。辛いことばかりだった私に光をくれたんだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ん…。」

 目が覚めると私の部屋にいた。

「お、目が覚めたか。」

「アルクトスさん…。」

「大丈夫か?やっぱり疲れてたんじゃ…。」

 心配そうにアルクトスさんが言ってくれた。そうか、私倒れて…。

「すみません、私…。」

「謝るなって。俺も、気付かなくて悪かった。」

「そんな!アルクトスさんは悪くないです。私が…っ!」

 そう言って起き上がろうとしたら眩暈がする。とっさにアルクトスさんが支えてくれた。

「おい、まだ起きるなよ。」

 そう言って寝かせてくれる。

「すみません…。」

「だから、いちいち謝るな。」

 そうそっぽ向いてしまった。怒ってる、よね…。

「安心しろ、お前に怒ってるわけじゃない。」

「え?」

「お前は顔に出すぎだ。」

「あ…。」

 ばれちゃった…。そんなに顔に出るかな…?

「気付かなかった俺自身にイライラしてる。」

「え?」

「俺がもっと早くお前の不調に気付いていれば…。」

「そんな!私が言えばよかったんです。ほんとは最初から体調が悪かったのに…。」

「いや、俺が…。」

「私が…。」

 そんな言い合いを繰り返してるうちになんだかおかしくてお互い笑ってしまった。

「まあ、こんなことしてても仕方ないな。」

 そう言ってアルクトスさんが立ち上がる。

「ど、どこ行くんですか?」

「従者の人たちに目を覚ましたって言ってくる。皆心配してたぞ。」

「そうですか…。その、えっと…。」

 早く帰ってきてほしいけどそんなこと言えないし、どうしよう…。そう思ってるの変わったのかアルクトスさんは私の頭をポンとした。

「大丈夫だ、すぐ戻る。」

「…は、はい!」

 そう言うと少し笑って出ていった。やっぱり私って分かりやすいのかな?


 少ししてアルクトスさんは帰って来た。その手には二つのお膳を持って。

「おかえりなさい、アルクトスさん。」

「ああ、ただいま。夕飯もらってきた。起きれるか?」

「はい、ありがとうございます。」

 そう言って起き上がる。今度は眩暈が起きなかった。良かった…。

「うん、顔色もいいな、よしよし。」

 そう言って私の前にお膳を置いた。

「わあ、おいしそうですね!いただきます。」

「ああ、いただきます。」

 そうして私たちは食べ始めた。うん、いつも通りおいしい。

「そう言えば、太司様はどうされましたか?」

「ん?…ああ、客間で休んでもらってる。安心しろ、儀式は明日ってことになったから。」

「そうですか…。」

 悪いことをしてしまった。すぐに聞いて欲しいって言っていたのに…。

「どうした?」

「いえ、何でもないです。少し気になっただけです。」

 いけない。アルクトスさんにあまり心配を掛けてしまっては。

「いいから言え。何かあるからそんな顔してるんだろ。」

 やっぱりアルクトスさんには敵わないな。なんでもお見通しなんだもん。

「…悪いことをしてしまったと思いまして。すぐに聞いて欲しいって言っていたのに…。」

「そのことなら問題ない。お前が体が弱いことを話したら、納得した。」

「そう、ですか…。」

 それならいいのかな?いや、でもやっぱり…。

「そんなに気に病むな。また倒れるぞ。」

「そ、そんなことありません。倒れません。」

「そうか。まあ、今は休むことだけ考えろ。いいな。」

 そう言ってアルクトスさんお膳のほうを向いてしまった。

 ぶっきらぼうで怒ってるみたいだけど、そうじゃないことを私は知ってる。心配してくれてるんだ。そんな優しい所が、私は大好きなんだ。

 私たちは恋人同士で、国の皆も知っている。

「アルクトスさん。明日、また街に連れて行ってもらえませんか?」

 だから、街に出かけるのはアルクトスさんと一緒が良い。

「明日、体調がよかったらな。」

「…はい!」

 そう言うとお膳を下げてくれる。

 その時だった。

『アステールよ、星神の間へ参られよ。』

 星神様の声が聞こえた。

「どうした?」

「今、星神様のお声がしたんです。『星神の間に参られよ』と。」

 私が答えるとアルクトスさんは少し考えてから頷いた。

「分かった、俺も行こう。何かあったなら一緒のほうがいいだろう。」

「はい、ありがとうございます。」

 そう言って二人で星神の間に急いだ。星神の間に入ると、星神様が依り代に使う人形が淡く光っていた。星神様が降りてきている証。

「星神様、アステールです。アルクトス様も一緒です。どうされましたか?」

 私がそう尋ねると、人形から星神様の声が聞こえた。

『ああ、アステール。すまない、本当にすまない。』

「何を、謝っているのですか?」

 そして、決定的なことを星神様が告げた。

『どうやら、〈その時〉が来てしまったようだ。』

 その言葉に、呆然としてしまった。〈その時〉とはつまり…

「異の神様が、動き出した、という事ですか…?」

 その問いに、人形は静かに頷いた。

「そんな…!」

「陽神様!!」

 そう叫んで入って来たのは驚くことに太司様だった。

「太司様、どうしてここに!?」

「陽神様にここに呼ばれたのだ。」

 陽の神様までいるの?と言うか、この方陽神様の使いなんだ。声が聞こえるという事はそう言う事。それなのに、私は何と無礼な…。

「あなたこそ、身体は大丈夫なのか?」

「はい、休ませていただいたので。…私も星神様に呼ばれてきたのです。」

「何?星神様がいるのか?」

 そう言ってキョロキョロとあたりを見渡す。そして、人形に目を向けるとそれに近づこうとする。止めようとした時、アルクトスさんが太司様の腕をつかんだ。

「…放せ、巫女ではない者よ。なぜここにいる。」

 太司様は冷たく言い放った。

「…巫女を守るためにここにいる。」

 その言葉に臆することなくアルクトスさんが言う。守るため、それだけで嬉しかった。

「その人形に触れていいのは、星神の巫女だけだ。」

 その通りなのだ。その人形触れられるのは私だけ。でないと汚れてしまう。

『アステールよ、二人に伝えてくれ。〈その時〉が来たと。』

「はい。分かりました。…お二人とも、お聞きください。星神様は…〈その時〉が来たとおっしゃっています。」

私の言葉に太司様は首を傾げ、アルクトスさんは目を見開き、つかんだ手を放した。

「それは、本当か?」

 アルクトスさんは呆然と呟き、私は頷いた。

「なあ、〈その時〉とは何だ?」

 太司様はそう聞いた。

「ご説明します。」

 そう言って私はこの国に伝わる伝説を話した。

【30年に一度、星の光によく似た赤子が現れる。星の神は、その赤子を自ら育て、暖かな祝福を与える。そして彼女は「星神の使い」としての任を賜る。それは、畏れ多くも光栄なことなのである。

 しかし、忘れてはならない。その身は常に星の神と同じ運命を背負うことを。】

 これが一般的に伝わる伝説。でも、これには続きがあった。

【異の神が動き出す時、星の神は使命を全うする。一人だけ異端神とされた異の神は復讐のために必ず動き出す。それを止めるとされるのは星の神のみ。星神の使いはその時星の神と共に消え去る運命なのである。】

 これが伝説の全文だった。

「つまり、〈その時〉っていうのは…。」

「異の神様が、復讐のため、動き始めたのです。」

「なんてこった…。」

 太司様はそう言って頭を抱えた。そして、俯きながら話してくれた。

「俺がこの国に来たのは恋人が急に意識を失ったからなんだ。それで…陽神様に相談したら、星の神のもとへ行けって言われて…俺、こう見えても巫女だから…。」

 きっと、陽の神様は分かっていたんだ、それがすべての始まりだって。

「異の神様の巫女に選ばれたものは意識がなくなり、目を覚まさないと聞きます。おそらくは…。」

「巫女に、選ばれたんだな…。」

 そう言って項垂れる。巫女に選ばれるのは、この国には栄光とされてきた。でも、異の神様の巫女になるのは、栄光なのだろうか?

『アステールよ。』

「はい。」

 星神様に呼ばれて、人形に向き直る。

『お前だけでも助かる方法を探しに行くぞ。』

「え…?」

 予想外の言葉に驚く。私が、助かる方法?

「そんな方法があるのですか?」

『分からない。だが、他の神に聞けば分かることもあるかもしれない。…一週間後に出る。準備をしておけ。』

「はい、分かりました。」

 そう言うと人形から光が消えた。星神様がお離れになった合図だ。それを見てアルクトスさんに向き直った。

「一週間後、私が助かる方法を探しに行くそうです。」

「そうか、分かった。」

 アルクトスさんはそう頷いた。

「それに合わせて俺も出よう。いいか?」

 太司様は項垂れた顔を上げるとそう言った。

「はい、もちろんです。…今日の所はもう寝ましょう。明日、色々と考えるという事で。」

「ああ、分かった。」

 そう言って太司様は部屋に帰って行った。

「私たちも戻りましょうか。」

「ああ、そうだな。」

 アルクトスさんとそう言って部屋に戻る。

 運命を共にする、か。という事は…。

「アステール。」

 その声にハッとする。振り返るとアルクトスさんと部屋にいた。

「あ、いつの間に…。」

「ついさっきだ。どうした?様子がおかしいぞ。」

「いえ、なんでもありません…。」

 そう言って私は俯く。いやだ、こんなところで運命を終えたくない…。まだ、アルクトスさんとやりたいことがいっぱいあるのに…。

「…っ!」

 そんなこと思っていたら、急にアルクトスさんが抱きしめてきた。ダメ、ここでそんなことされたら泣いてしまう。本音が、出てしまう。でも、抵抗してもアルクトスさんは放してくれない。

「ア、アルクトスさん…。放してください。」

「いやだ。お前が話すまで、落ち着くまで放さない。」

 そう言われると涙が出てくる。でも、泣いちゃいけない。泣いたら、アルクトスさんに迷惑をかける。

「ダメなんです…。」

「いいんだよ。こういう時くらい素直になれ。」

 そう言って優しく髪を撫でられる。もう、我慢なんて出来なかった。

「いやです!こんなところで、運命が終わるかもしれないなんて!そんなの…。」

「ああ。」

「私、もっと、もっといろんなことがしたい。」

「ああ。」

「もっと、アルクトスさんと、一緒にいたい。もっと、もっと…!!」

 それ以上は言葉にできなかった。私が泣き止むまで、アルクトスさんは抱きしめてくれた。

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